慶應幼稚舎の正門

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慶應義塾幼稚舎──。東京都渋谷区・天現寺交差点のすぐ脇に位置する日本最古の名門私立小学校のことだ(幼稚園ではない)。慶應義塾大学まで無試験で進級できるエスカレーター式を採用しており、小学校受験では最難関校だと言われている。

“合格”に欠かせない幼稚舎同窓会への出席

 平成29年6月4日。

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 東京・広尾の天現寺の交差点は、日曜日だというのに人通りが多い。外苑西通り沿いの路上パーキングや周囲の駐車場には高級車がズラリと止まり、どこも満車状態だ。

 いったい何が起こっているのか。

 この日は、慶應幼稚舎の“同窓会”とも呼ばれる、幼稚舎の卒業生のみが参加を許される一大イベント。誰でも出入りができる連合三田会大会(すべての慶應義塾の卒業生とその家族を対象とした大規模な同窓会)とは様子がまったく異なる。

 校庭には、幼稚舎ゆかりの飲食店が模擬店を出し、“遊園地”と呼ばれる遊具が集まるエリアでは在校生や卒業生の子どもたちが遊んでいる。

 グラウンドの中心部では恩師の先生と輪になり、リトミックをするご高齢の卒業生の姿も。そして、“慶應ダービー”と称されるクイズ大会や、卒業生や関係者が提供する豪華な商品の大抽選会が行われる。

 このイベントは、11月に実施される幼稚舎のお受験を迎える子どもたちにとって特別なものだ。恩師や舎長(校長先生)に幼稚舎出身の両親、あるいは祖父母たちと一緒に挨拶をすることができる、お受験の前哨戦と位置付けられている。

 毎年、11月の第1週に行われる幼稚舎の入学試験では、そこから約2週間で合否がわかる。早くから幼稚舎受験を意識する親のなかには妊娠後すぐに有名お受験塾の席確保のために動き出す人もいるという。

 それもそのはず、これで合格さえすれば、ほとんどの場合、大学までエスカレーター式で進学できるのだ。

 命がけで挑む、幼稚舎という“魔物”。親たちは何にとりつかれ、そこを目指してしまうのだろうか。

 6歳にして手に入れる、慶應大卒という肩書のため? 

 中学・高校・大学受験を6歳までに終わらせてしまおうという考えから?

 そもそも自分が幼稚舎出身で幸せだったから?

 いや、自分が中等部や塾高(慶應義塾高校)からの慶應生で、幼稚舎上がりの同級生へのコンプレックスがあるから?

 あるいは通学圏内の子どもを持つ親であれば、一度は考えてみるものだろうか。

 今回は、そんな狭き門を親たちがどのように勝ち抜くのかをサラっと見てみたい。

10.4倍の狭き門

 幼稚舎では男子96人・女子48人・合計144人の募集枠に対して、毎年1500人ほどの出願があるという。

 7月初旬に行われる入学説明会は2週間にわたり土曜の午前・午後の枠があり、この4枠は常に満席だ。特に初日の午前の部は第1回となるため、朝から長蛇の列をつくる。

 学校を一般公開する行事はこれ以外に一切ないので、校舎などを見学することができるのはこの説明会のみに限られる。

 説明会参加者は、本年度受験の幼稚園年長に当たる子ども以外にも、まだ生まれたばかりの幼児から年中の子どもの保護者もいる。特に入場制限は設けられていない。

 この説明会で出願書類の配布日時が発表され、10月1日の当日消印有効の締め切りまでに、説明会で聞いた話をもとに願書の内容を練ることになる。

 幼稚舎の場合、横浜初等部(2013年開校、幼稚舎とは教育方針や進学先が異なる)と違って願書を出せば全員が受験できる。

 ただし、個人情報保護の観点からか、保護者の年齢・職業・出身校などは記入できない。そのため、備考欄に無理やり、出身大学や会社名・役職を書く人もいるそうだ。

 この願書の自由記述部分では、福沢諭吉の『福翁自伝』をいかに理解しているかも問われている。幼稚舎の使命は“慶應義塾子弟のための学校”という要素が色濃く現れているのだ。

 親子何代かにわたって幼稚舎出身ともなれば「3代目の塾魂が息子には間違いなく流れていることを確信しております」などと書く親もいるという。

 保護者面接がないので、願書でしか保護者の「思い」を告げることができないのだ。

 次に待ち受ける考査では、持参する体操服に着替えて挑む。このとき、幼稚舎登竜門と呼ばれる御三家幼稚園(すべて港区にあり、若葉・愛育・枝光会がそれに当たる)や、体操教室の規定体操服を着ていると合格率が上がるという噂(うわさ)も。

「これまでどれだけの時間、労力、お金を費やしたのだろうか」

 しかし、そんなことに思いをはせる時間もなく子どもたちは考査からあっけなく戻ってくる。

 試験時間はたったの1時間半程度。筆記試験(ペーパー)や面接がないぶん、ほかの受験校とくらべて試験が終わったという達成感があまりないのだ。

いったい何で見分けているのか

 ここまでの選考過程で、学校側に親のステータスをアピールできるのは願書と体操服くらいだろう。一見、フェアにみえる選考過程だが、蓋をあけてみると入学する生徒の半分以上は、両親のどちらかが幼稚舎出身なのだという。

 それはなぜか。

 一説によると、願書の選別段階で「塾長箱」「幼稚舎箱」「塾員箱」「その他箱」が用意されており、箱担当の職員が願書の内容などについて関係者に事実確認を行ったりもするそうだ。

 そして冒頭の同窓会、塾長・舎長や関係者に直接ご挨拶済みの子どもたちは、考査でつけるゼッケンの番号で区別され、監督官の持つ評価表に既にチェックが入っているという。そのため、考査当日の結果で「大きく」左右されることがないと言われている。

 また、合格者のうち、普通部や中等部(いずれも慶應義塾の中学校)、塾高、志木高、湘南藤沢中等部・高等部、大学を卒業し、慶應義塾に貢献している卒業生や、政財界・スポーツ界からの強力なコネクションをもつ関係者がさらに残りの半分を占めているそうだ。

 つまり、“フリー枠”と呼ばれる、慶應OBでもなく、何の「コネ」もない生徒は男子が20人、女子が8人ほどしかその席が用意されていないというのが幼稚舎受験の実態だと考えられる──。

 次回は入学試験で行われる考査内容について詳しく見ていきたい。

<著者プロフィール>
いとうゆりこ◎お受験コンシェルジュ&戦略プランナー。港区で生まれ育ち半世紀を過ごしている。自身の経験から美容や健康・芸能・東京に関するマネー情報まで幅広い記事を各媒体で執筆中。