SFの物語をつくることで、建築家が手に入れるもの

写真拡大

シアトルの建築家アラン・マスキンがつくったのは、SF小説だった。彼が企図したのは、フィクションをフィルターとすることで建築という領域を超え、大きな視点で“未来を描く”ことにある。

SLIDE SHOW 「SFの物語をつくることで、建築家が手に入れるもの」の写真・リンク付きの記事はこちら
maskin02

2/5PHOTOGRAPH COURTESY OF OLSON KUNDIG

maskin03

3/5PHOTOGRAPH COURTESY OF OLSON KUNDIG

maskin04

4/5PHOTOGRAPH COURTESY OF OLSON KUNDIG

maskin05

5/5PHOTOGRAPH COURTESY OF OLSON KUNDIG

Prev Next

シアトルの建築事務所・OLSON KUNDIGに所属する建築家アラン・マスキンが書いたSF小説『Welcome to the 5th Façade(第5ファサードへようこそ)』は、名もない男が低温冷凍の眠りから目覚めるところから始まる。

時は21世紀半ばのある日。彼は、何十年も前に重い心臓発作に襲われて以来、いわゆる“冷凍睡眠”の状態にあった。“再生”のためのリハビリののち、男はシアトルの自宅に戻ってくる。帰ってみると、何事も大きく様変わりしていた。かつてあったネオクラシカル様式のレンガづくりの建物が可動式農場になっている。その世界には農場や公園、エネルギー生産装置といった新しい都市のレイヤーが生み出され、新たな高層の都市景観をつくっている。

物語は、次のようにはじまる。

わたしが眠っていた何十年もの間で、シアトルの建物屋上の様子は変わった。灰色をした防水膜や暖房換気空調設備やエレヴェイターの機械室、もう長いこと水の入っていない給水塔や何マイルも続く配管などは、広大な田園風景になっていた。なだらかな緑の丘陵、市民公園やプール、家畜のいる牧草地、野菜農園が巨大な集水設備やソーラーパネル群、風力発電タービンとともに共存している。関節をつなぐ腱のように、橋が1つひとつの建物をつないで連続した景観をつくり上げている。どこまでも歩き回れそうで、実際にわたしは歩いてみた。

マスキンは、OLSON KUNDIGの代表を務めている。ほかの建築事務所と同じように、彼らはフィクションを書くことをビジネスにしているわけではなく、普段は住宅やオフィス、美術館などの実用的な建物をつくっている。

『第5ファサードへようこそ』はマスキンと建築家チームが、第3回となる「Fairy Tales」コンペのために生み出した、例外的なプロジェクトだ。

このコンペは、Blank Spaceという団体がコーディネイトしており、あらゆるデザイナーから建築的なおとぎ話、つまり“業界の未来を描いた物語”を募集するのだ。OLSON KUNDIGのマスキンらチームは1,500の競合作品を破り、1位に輝いた。

「フィクションやストーリーテリング、話術、文章表現は、建築家が得意とする分野ではないのです」と、マスキンは言う。実際に、建築家は建築面積や予算の見積もりといった数字だったり、広く知られていない専門用語で語ることが多い。

RELATED

マスキンの言うとおり、フィクションを書くことは、建築家にとってよい訓練になりえるのかもしれない。「わたしたちは映画作家が物語の起承転結を描くのと同じように、“神話”をつくり上げるのです」と、彼は言う。

ロサンジェルスにあるスカーボール・カルチュラル・センターも、そんなプロジェクトの1つだ。

2014年、マスキンらチームは、このミュージアムの子ども向けスペースに、巨大なノアの方舟のレプリカを完成させた。彼らが提案したのは、聖書の物語に「15組の動物の彫刻が動き出す」という生命を吹き込み、このユダヤ人のためのミュージアムを来場者それぞれが自分の生まれた起源を讃える場所にするプロジェクトだ。マスキンによれば、OLSON KUNDIGが他の数社と競っているベルリンのユダヤ博物館の子どもセンターにも、このノアの方舟のテーマを応用した洪水神話を提案しているという。

『第5ファサードへようこそ』では、もう少しディストピア的なアプローチがなされている。

この物語は、都市の未来像(マスキンに言わせると“都市の忘れ去られたレイヤー”)に焦点を当てている。そのため、この物語では、最大限に太陽光を得られるよう建物を回転させる機械仕掛けの垂直農場などといった、いくつかの想像しやすいシナリオが展開されている(ちなみにマスキンによると、彼らはこの農場を表現すべく、植物学の専門家にアドヴァイスを求めたそうだ)。

さらに、主人公にもフォーカスする。何十年もの人工的な眠りから目覚め、この新しい都市を支えることになる男だ。ストーリーのなかでは、彼もほかの登場人物も、拡張現実(AR)ヘッドセットをつけている。

わたしの最初の仕事は、ワシントン製靴ビルのガラス窓越しに食糧を収穫することだった。もともとあった手吹きガラスの窓は、ずいぶん前に撤去されている。かつて建築家としてその窓から外を見ていたわたしは、農夫となってそこから手を伸ばしている。「この冬は、どうなるのかな」とつぶやく。すべての疑問に説明が得られるわけではないが、「これを摘めばいい?」と訊くと、ヘッドセットからアニメーションがすべてのステップを指示してくれた。すぐにカブの葉1枚を、迷うことなく摘むことができた。あらゆる動作を指示されるので、失敗することはまずない。

この物語には、2つのポイントがある。まず、『第5ファサードへようこそ』はSFであるという点だ。

「SFは、いつの時代も未来がどうなるのかを想像する手助けをしてきました」とマスキンは言う。たしかに、スタンリー・キューブリックは『2001年宇宙の旅』のなかでわたしたちが今日使っているガジェットの多くを登場させていたし、スパイク・ジョーンズの『Her』は、人工知能(AI)の対話型ユーザーインターフェイスでもってテクノロジーが日常生活に溶け込んだ未来の姿を見せてくれた。

2つ目として、そこに住む人の視線で未来の光景を見通すことで、うまくはいかない部分を予見しやすくなることを、マスキンは挙げる。これは実際にプロジェクトを進めるうえでも役に立つ視点だ。

「プロジェクトを客観的に見ることには、非常に大きな価値があります。つねに意図した通りに物事が進むと決めてかかるのは、甘すぎます。少なくともわたしにとっては、落とし穴がどこにあるかを想像することに意義がありました」とマスキンは言う。

SFといった推測から価値ある洞察をすくい出す能力も、OLSON KUNDIGが(コンペにおける)勝因のひとつだ。

「おとぎ話は非現実的で、社会から乖離していると思われがちです。が、実際には社会全体として難しい問題に立ち向かうために有効なフォーマットなのです」とBlank Space創設者のマシュー・ホフマンとフランシスカ・ジュリアーニが、メールで語ってくれた。「OLSON KUNDIGは、“建築”が意味するものが単なる建物ではなく、人の住まう環境、そして未来だということを証明しています」

建物をつくり、そこに新しいテクノロジーを実装することを“革命的”と呼ぶのは簡単だ。未来のヴィジョンを描くことは、それよりもっと難しく、そして悩ましい。しかし最終的には、そこにこそ、より充実した世界をみることができるのだ。