格闘技界最初のサブカル前田日明。ヤンキーとサブカルが同居する「THE OUTSIDER」

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昨年の大晦日、ならびに12月29日にフジテレビで放送された格闘技イベント「RIZIN」は、やはり各所で話題になった。青木真也vs桜庭和志で切なさを喚起されつつ、エメリヤーエンコ・ヒョードルの復帰やボブ・サップvs曙で「ハレ」の気分を味わいつつ。
結果、平均視聴率(関東地区)は7.3%となったが、一説によると関係者が設定する及第点はクリアしているという。もしかしたら今年の大晦日でも、テレビで格闘技の生放送を鑑賞することができるかもしれない。

「今は、元不良が社会人として立ち直る環境が日本にはない」(前田日明)



一方、決してテレビで放映されないであろう格闘技イベントも存在する。格闘王・前田日明が主催する、その名も「THE OUTSIDER」。
なぜ、テレビ放映が難しいのか? 理由はいくつかあるのだが、その一つとして「出場選手の大多数が、体にタトゥー(というよりも入墨)を入れている」が挙げられる。


大晦日のTBSでは山本KID徳郁が全身タトゥーまみれの肉体を披露していたものの、やはりコンプライアンス的には難しい線だと思う。

知らない人のために敢えて説明するが、「THE OUTSIDER」のリング上では暴走族、チーマー、ギャングのリーダーといった不良たち(のみに限定しているわけではないが)が己の腕力と胆力を頼りにぶつかり合っている。キャッチコピーは「不良たちよ、覚醒セヨ」。
このキナ臭さ、独特の雰囲気に惹かれ観戦に訪れるファンは少なくないが、出場者を不良から募るのには理由がある。
「『THE OUTSIDER(ジ・アウトサイダー)』とは、リングス・前田日明が現代版『明日のジョー』を探すため立ち上げた、アマチュア格闘技イベントです。青少年健全育成を主たる目的としており、暴走族をはじめ、不良達の更生の助力となるべく前田日明が2008年3月に旗揚げしました。(中略)世間一般で見向きもされなかった不良少年たちに活躍の場を与え、格闘技を通じ更生を促します」(「THE OUTSIDER」を運営するRINGSホームページより)

以下は、前田日明による発言だ。
「少年の犯罪が目立ってきて、少年法の改正なんていう話題も出てきた。そこでいろいろ調べていくと、これは社会全体の問題なんですよ。昔は、不良だった人間、少年院に行った過去がある人間でも面倒を見る大人がいたんですよ。過去は過去としてね。それで出世することもできたんだけど、今はヘタしたら六大学出てもまともな就職がないとかね。そんな時代だから、元不良が社会人として立ち直る環境も作れてない」(「高収入求人情報マガジン ドカント」インタビューより)

一度、失敗を犯してしまったらもうアウト。そんな日本の社会のなか、更生の機会と社会復帰のチャンスを与える。それが、前田の考えるコンセプトである。

会場内は「ヤンキー」と「サブカル」が同居する


2008年に開催された旗揚げ戦は、何しろ凄かった。はっきり言って、一般客はほぼゼロ。会場の10割は、出場選手の応援団。自分の仲間が試合に負けたら居ても立ってもいられず、リング上へ雪崩れ込んで相手選手へ詰め寄る不良たち。このような状況を運営側も憂慮していたのか、不測の事態に備えて観客席入り口には金属探知機も設置された。
会場前にはいかにもな車が何台も横付けされ、危険な観客層に狙いを定めクルマ雑誌やタトゥー雑誌が取材に足を運ぶ。そんな、イベントであった。

あれから8年弱が経った昨年の12月13日、大田区総合体育館で開催された同イベントへ、私も足を運んでいる。
果たして、会場の雰囲気は当初よりかなり変容しているように感じた。もちろん、通常の格闘技イベントと比較すると客層はかなり違う。「マイルドヤンキー」なんて生温かい言葉で表現できるレベルではなく、老若男女問わずバリバリの現役が開場前に列をなし、館内では黒人セキュリティたちが安全を保つべく目を光らせている。必要以上に熱のこもった応援団も多い。
しかし、純粋に観戦目的で来場するファンの存在も見受けられる。この観客の正体だが、まず「前田日明ファン」であることが容易に推測できるであろう。


そして、「THE OUTSIDER」というイベント自体の噂を聞きつけ来場したファンもいるはずだ。ある意味、サブカル的な興味で吸い寄せられてきた層である。今さら両者に境界線は存在しないような気もするが、「ヤンキー」と「サブカル」が同居するのがTHE OUTSIDERの会場である。

そういえば、1988〜1990年に活動した前田日明率いるプロレス団体「新生UWF」もサブカル知識人らから多大な支持を受け、一世を風靡した運動体であった。
というか、中学時代に小林秀雄を読破し、シュタイナーを語り、パソコン通信黎明期にマッキントッシュを導入し、養老孟司や荒俣宏らと対談をし、糸井重里や篠原勝之らとの親交を持つ前田日明こそ、“格闘技界に現れた最初のサブカル”であった。

恐らく、選手は前田日明の現役時代を知らない


THE OUTSIDER初期は「喧嘩自慢の腕試し」的側面が特に強かったため、あえて練習をせず試合に臨む選手も少なくなかった。「練習? 喧嘩ってそういうもんじゃないだろ」というノリである。
しかし現在では、“知っている”動きを見せる選手を見つけることは難しくない。いや、ほぼ全ての選手が何らかのトレーニングを積んでいることは明白だ。打撃にしろ、グラウンドにしろ、全試合で理にかなった動きを目にすることができる。

もちろん選手らの体を見ると、尋常ではない面積にタトゥーが施されていたりする。しかし、数分も経てばそれらも気にならなくなってくる。ゴングが鳴るとハイタッチして健闘を称え合ったり、必要以上にフェアに振る舞ったり、選手らによるそんな振る舞いを見続けているとタトゥーが視界に入らなくなってくるのだ。(いや、感覚的に)
これを「物足りなくなった」と思うか進化だと捉えるかは人それぞれだが、イベントの意味合いが次ステージへ移ったという証ではあると思う。

そして、何度も言うが「THE OUTSIDER」には「不良の更生」という正義が大きく掲げられている。そのコンセプトに則り、毎試合が終わるごとに律儀に赤ブレザーを着た前田が登場し、勝利選手に勝利者メダルを渡してあげる。
これは確信が持てるのだが、選手の大部分は世代的に前田日明の現役時代を知らないはずだ。それでいて、このヤンチャ者たちから前田がリスペクトされている電波はビンビン感じる。
「(選手の中で)俺のことを『親父』って言う奴は、いっぱいいますよ」(ニュースサイト「R-ZONE」前田日明インタビューより)
観客席からも、前田に対しての声援が数多く飛ぶ。それは、前田現役時代に飛び交った「前田―!」というものではなく、父親的存在に投げかける「前田さーん!」的な呼びかけであった。

画像をご覧いただければ一目瞭然だが、選手の中に交じると前田の体格は飛び抜けて大きい。


この大きさだけで、選手らが前田に畏怖している状況がある。しかも、その大物(「存在」「体格」、2つの意味で)が、自分たちに道筋を示してくれている。リスペクトすべき関係性は、滞りなく出来上がっているのではないだろうか。
辛い終わり方をしたUWFについて、前田は「いまだにUWFのことが夢に出てうなされる日がある」と発言したことがあったが、THE OUTSIDERは前田にとっても気持ち良く運営できるイベントなのではないだろうか。また彼自身が2007年に長男を授かったという事実も、このイベントにやり甲斐を感じる大きな要因だと思う。

前田日明が認める逸材・朝倉兄弟を観ないのは損


「THE OUTSIDER」のコンセプトは、不良の更生だけではない。「不良の中から、矢吹丈や力石徹のような金の卵を発掘したい」という目標を、かねてから前田は掲げていた。
RINGS時代にはエメリヤーエンコ・ヒョードルやアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラといった世界のトップ選手を発掘した実績を持つ前田である。目利きの確かさには定評があるが、同時にそれは前田が設定するハードルの高さも表している。

そんな彼が「逸材だ」と目を細めるのが、朝倉兄弟(兄:未来/23歳、弟:海/22歳)だ。
「久々にOUTSIDERで見た天才です。もうちょっと基礎体力を積み上げて、いろんな技術を覚えれば、プロでも簡単にチャンピオンになれますよ」(ニュースサイト「R-ZONE」前田日明インタビューより)
前田は朝倉兄弟のことを「努力次第ではUFCも狙えなくはない」と認めるまで、高く評価している。

ジャズミュージシャンであり前田ファンでもある菊地成孔氏は、朝倉兄弟について「デビュー時の山本KIDのような勝ち方をする」「普通の動体視力で見てもKOパンチが見えない」と絶賛だが、その褒めようが凄すぎるだけに、筆者は眉唾的なものを感じていた。
が、生で観るとこれが凄い。対戦者はもちろん、遠くから観ている観客でさえよくわからないうちに、相手のいいところへパンチやキックがヒットするのだ。まるで見えない。
そして若さゆえか、攻め気も凄い。隙あらば、僅かな距離でも飛び蹴りを放ったり。それでいて、相手からタックルを狙われても全く体勢を崩さない体幹の強さ。ボトムがしっかりしているから、トリッキーな動きも際立つ。
最終的には噂通り、観客の目が追い付かない打撃でKOしてしまう。菊地氏は朝倉兄弟を山本KIDに例えていたが、筆者の第一印象は「若い頃の辰吉丈一郎みたいな勝ち方をする」であった。年齢的にアスリートとして上昇期であろうだけにTHE OUTSIDER以外の舞台でもドンドン活躍してもらいたい人材だ。またこの時期の彼らの試合を目にしていないのは損だとも確信した。ピュアな格闘技ファンにとっても“買い”の逸材であろう。

先程も述べたが、会場の雰囲気は初期と比べかなり変容している。普通の人(という言い方も変だが)が観に行っても、身の危険を感じることは恐らく無いだろう。
前田ファン、ヤンキー文化に興味あるウォッチャー、サブカル好き、そしてピュアな格闘技ファンにもアピールする総合格闘技イベントである。
(寺西ジャジューカ)