NASAのT-38ジェット練習機に乗る油井飛行士。航空自衛隊勤務時代にも米軍機で訓練した経験を持つ(写真出典:JAXA)。

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ソユーズで宇宙へ向かった油井亀美也宇宙飛行士は、航空自衛隊でテストパイロットを務めていました。“宇宙飛行士に向いている”ともいわれるテストパイロット、その実力はどのようなものなのでしょうか。

航空自衛隊で最も厳しいパイロット訓練コースを卒業

 2015年7月23日(木)、JAXAの油井亀美也宇宙飛行士がロシアのソユーズ宇宙船に乗り、カザフスタンのバイコヌール基地から国際宇宙ステーションへ向かいました。日本の宇宙飛行士としては、初のテストパイロット出身です。元自衛官が宇宙飛行士になった例も初めてのことですが、テストパイロットとは、一体どのような能力・資質が求められる職種なのでしょうか。

 テストパイロットは、航空自衛隊が定める「試験飛行操縦士」と呼ばれる資格のひとつです。選抜されるには、パイロットとして中堅以上の経歴を持ち、さらに理科系の学歴が求められます。選抜後1年間のテストパイロットコース(通称TPC)に入らなければいけません(1期6名のみ)。通常のパイロットとしては経験豊富ですが、TPCでは特別な座学と飛行訓練で、さらに厳しい教官の指導を受けることになります。岐阜基地の飛行開発実験団には、空自が保有するほとんどの航空機が配備されており、それらの機体を使って教育が行われます。

 今日は「戦闘機」、明日は「輸送機」といった具合に、どんな航空機でも乗りこなせなければいけません。自分が過去に操縦経験のない機種でも、「操縦方法は誰も教えてくれない」と言います。自分でマニュアルなどを見て研究し、一発勝負で離陸するのだそうです。また、操縦技術だけでなく、設計者の考えを論理的に理解する能力、試験飛行の結果を他人に説明できる言語、文書能力がなければ、テストパイロットにはなれないのです。

 TPCを卒業すると「新米テストパイロット」としての勤務が始まり、実際の開発・試験飛行の現場で経験を積むことになります。空自の場合、常に新しい航空機や装備品の開発、評価を行っており、日々テストパイロットが活躍しています。

誰も操縦したことのない航空機を自分が初めて飛ばす「難題」

 油井飛行士は、TPCに入校する前、F-15戦闘機パイロットとして国防を担う実働部隊で勤務していました。F-15もそうですが、どんな航空機にもマニュアル(いわば取説)が既にあって、パイロットはそれを熟知した上で操縦します。

 しかし、新しく開発する航空機には、まだマニュアルがありません。これから新しい航空機を操縦する人たちのためにマニュアルを作らなければいけないのです。設計された航空機の性能は確かなものか、状況によってどんな操作を行い、どんな操作をしてはいけないのか。性能限界ぎりぎりを飛行して、航空機のデータをひとつひとつ取っていく必要があります。それがテストパイロットの仕事です。

 いまでこそコンピュータ技術が発達し、地上のシミュレーションで航空機の諸元をある程度はじき出すことができますが、実際にそのデータが本当なのかどうかは、飛んで確かめるしかありません。

 例えば、「マッハ1.0の速度が出せる」という航空機を開発したのであれば、実際にその速度を出して確認しなければならないのは当然のことです。その航空機の設計に誤りがあり、強度がマッハ1.0に耐えられなかったら、機体は上空で壊れるかもしれません。テストパイロットの仕事は、こうしたリスクと常に隣り合わせなのです。しかし、上空で想定しない事態に及んだとしても、通常のパイロットとは異なる、あらゆる対処法を学び、回避する訓練を積んでいます。

 油井飛行士は、映画「ライトスタッフ」を見てテストパイロットに憧れたと語っていますが、作品では宇宙飛行士を目指す米軍のパイロットが飛行中に制御不能で墜落、奇跡的に生還するシーンもあります。

 こうした高度な操縦技術を持つパイロットは、宇宙飛行士に向いているといわれます。アメリカのNASAでは宇宙飛行士を選抜する際、以前はテストパイロットの割合が高いものでした。危機に対処する能力、数値で状況を判断する能力、強靱な体力や精神力など、宇宙飛行士にも通じる資質・素養を持ち合わせているからです。油井飛行士は、JAXAにとって宇宙へ行く初の「パイロット」であり、まさに期待の人材といえるでしょう。