『朝日新聞』2005年12月15日付

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 2005年6月20日、東京・板橋区の建設会社社員寮で突然爆発が起こり、管理人室から管理人夫妻(夫44、妻42=当時)の遺体が発見され、その遺体には刺し傷があったことから殺人事件での捜査が始まりました。

 外部からの侵入者の形跡がないことや、この管理人室に一緒に住んでいた高校1年生の長男(15=当時)の行方が分からなくなっていること、長男のものとみられる血の付いた服などが発見されたことから、捜査本部は2日後、群馬の旅館に潜伏している長男を逮捕しました。   
 少年は事件の日の朝、父親を鉄アレイで殴り、母親を包丁で刺して殺害。夕方にはタイマーに接続した電熱器を使って、管理人室に充満させた都市ガスを引火させて爆発させたとして、殺人罪、激発物破裂罪で逮捕されました。逮捕後は家裁の少年審判で、東京地検に送致することが決まり、公開の法廷で裁かれることに。

 そんなわけで、東京地裁で開かれた裁判を当時傍聴していましたが、やはり被告人が少年だということで色々と通常の裁判とは違うことが多かったです。

 まず異様に弁護人が多い。あまりの多さに数えてしまったんですが初公判で22人ほどいました。その割に書類の送付なんかが遅くて裁判はのろのろと進行します。おしゃべりも多く、裁判長によく注意されていました。

 次に、被告人は通常、開廷までは弁護人の席の前に備え付けられた長椅子に座るのですが、この裁判では、被告人が証言台の前に座ってから傍聴人を入れさせていました。被告人の後ろにはバリケードを作るように3人位の職員が横に並び、傍聴席のどこから見ても被告人の顔が見えないようになっています。なんだか公開の法廷で裁いてるのに中途半端な印象を受けました。被告人は微動だにしませんでした。

「お前は工業高校だから」長年蓄積されていった殺意

 逮捕当時の報道では「前年9月頃から父親を殺そうと思っていた」と殺意が長期間にわたって形成されていったような話でしたが、そうなるに至った経緯などが冒頭陳述で明らかになりました。この公判の様子も当時かなり大きく報じられていたのでご記憶の方も多いかもしれません。  

 父親は被告人である息子の部屋に『完全自殺マニュアル』を置いたり、私物を全て廊下に出して、部屋に南京錠をかけて入れなくさせられたり、ダンボール箱に被告人と犬をいれて、犬に襲われている被告人を笑って見ていたとか。また、被告人は小学5年生の頃から両親の仕事の手伝いをやっていたそうです。

 当時の被告人の精神状態についての意見書を出した小児精神科医も、父親の不適切養育を指摘します。

「父親は、子供を小さな頃から働かせ、自分はバイクを買って楽しんだりパソコンをやっていたりした。それなのに、子供を押入れに入れたりゲームを取り上げたりしていた。少年が大事にしていた近所のおじいさんと別れるときにもらったおもちゃまでも父親が壊してしまった」  
「殺人は『お前は工業高校だから』などと父親に言われたことがきっかけですが、おそらくそれまでに父親からそのようなことを言われつづけていたのだろう、この件は原因ではなくて、今まで我慢してきたものが崩れてしまうきっかけにすぎなかった」  

 同じく証人出廷した被告人の叔母は、家族に関するこんな不思議なエピソードを披露していました。

「平成14年に行なわれた兄弟の結婚式に、被告の家族全員『息子の制服の採寸があるから』と言う理由で欠席しました。でも、逮捕後に接見したときに彼にその話をすると、『母は確かに結婚式に行きました』と言われた。そのとき母はどこにいっていたのだろうか……という話になりました」

 制服の採寸で結婚式を休む家族もすごいですが、母親は一体どこに行っていたのでしょう……。また、毎年被告人の家から、被告人の母親の筆跡で年賀状が届いていましたが、事件数年前まで差出人に家族全員の名前が書いてあったのに、平成15年には被告人の名前が消え、次の年には母の名前が消え、その次の年から年賀状がこなくなったことなどさらに不思議満載なエピソードも語られました。

 少年が起こした事件は動機がよく分からなかったのですが、なぜ母親まで殺害したのかということも、私には最後まで理解できませんでした。ただ家族に自分を理解してほしいという気持ちは強かったのかもしれません。少年は家族を捨てて家出する、という選択肢を取らず、家族を殺してしまいましたが、自分の感じた苦しい気持ちを味わせたい……そんな気持ちがあったのでしょうか。

「お父さん、お母さんには、本当のごめんなさいを言いたい。人の道を外れてしまったけど、頑張っていきたい」と語った被告人。一審判決は懲役14年。被告側はこれを不服として控訴。2007年12月17日の控訴審判決では、一審破棄、懲役12年の判決が下されています。

著者プロフィール

ライター

高橋ユキ

福岡県生まれ。2005年、女性4人の裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。著作『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)などを発表。近著に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)