『大人の肉ドリル』松浦達也/マガジンハウス

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人は、なぜもこう「肉」でアガる生き物なのだろうか。ステーキ、ハンバーグ、生姜焼き、鶏のから揚げ……こうした肉メニューへの欲望は、一度芽生えたら最後、それを胃に収めるまで消えることはない。

それじゃあと、お気に入りの店に行くことになるわけだが、肉好きが、肉を食べたくなる度に外食していたら、財布が大変なことになるだろう。となると、家でもうまい肉が食べたい!という願望を抱くのは自然な流れだ。だが、現実には「理想の味」を家庭で再現することは、なかなか難しい。なんせ、舌が記憶しているのは「プロの味」なのだから。そこでつい「家は家、そこそこ食べられればいいではないか」と妥協してしまったりする。

今回紹介する松浦達也の『大人の肉ドリル』に収められたレシピの特徴は、その焼き方にある。ごく短時間焼いたらフライパンから引き上げ、コンロのまわりなどの温かい場所で休ませるのだ。これを数回繰り返す。言ってしまえば、それだけである。余熱を利用することで、過剰に火が入るのを防ぐのである。

焼き上がりの目安となるのは、手でOKサインを作った時の、親指のつけ根のかたさである。

レア=親指と人差し指でのOKサイン、ミディアムレア=親指と中指、ミディアム=親指と薬指。

といった具合で、ひじょうに明快で分かりやすい。ただ正直に告白すると、ちょっとの間、OKサインを親指を立てるGOODサインと勘違いして「?」となっていたりした(劇場版『妖怪ウォッチ』の予告編で、『ターミネーター2』の、シュワが親指を立てながら溶鉱炉に降りて行くクライマックスシーンのパロディとおぼしきものを偶然見たのが原因と思われる)。そんな情けない勘違いをするのは、まあ私だけだと思うが……。

肝心の焼き上がりだが、ミディアムレアを狙ったところ、見事大成功(焼きは5回行った)。断面の赤色が美しい。パサパサ感ゼロ、噛めば肉汁のうまみがじわっと口中に広がり、「ああ、肉食べてるな〜」という幸せな気分に。「本当にうまく焼けるのか?」という不安が拭えず、ひよって手頃なオージービーフを選択したのだが、それでも十分美味しかった。次回は奮発して、少しいい肉で試してみようと思います。

そして、次に挑戦したのも、またまた王道。著者曰く「すべての行程を、いちから洗い直した」という、「肉味濃厚ハンバーグ」である。

最大の特徴は、つなぎの卵を使用していない点である。そもそも、卵を入れる理由は、肉の結着力不足を卵のたんぱく質で補うためだ。だが、低温の状態で、塩とともに挽肉をしっかりこねれば、卵なしでも十分結着するという。そのため、肉をこねる際は、手ではなく木べらを使用し、ボウルも冷やしながら行う。この「こね」の行程が最大の肝だ。脂身が混じっていると決着力が落ちるので、最初は赤身肉+塩でこね始め(塩分が高めのほうが、たんぱく質の結着性が高くなる)、他の材料は、赤身肉がしっかりと結着してから加える。私の場合は、最初に脂身の少ない牛挽肉を塩とともにこね、その後、脂身多めの豚挽肉を加えることにした(割合は、牛7:豚3とした)。

こねるに従って、肉が結着し、手応えが重くなっていく。よって、ものすごく疲れる。腕がプルプルすのに耐えながら、こねること20分以上(こね時間の指定はなかったので、これが適切かどうかはわからない)。翌日、筋肉痛になったのは言うまでもない。

そうした苦労の果てに完成したハンバーグは、確かにいつもの家ハンバーグとは別物であった。食感ねっちり。「肉味濃厚」と謳うだけあり、ものすごく肉々しい。ステーキハウスで供されるハンバーグに近い印象を受けた。この味が家庭で味わえるのなら、腕をパンパンにしながら頑張った甲斐もあるというもの。

そうそう、些細な点かもしれないが、作る過程で感動したことをひとつ報告しておきたい。木べらでこねたタネを手で整える段になり、レシピに「手に付かないよう、サラダオイルを塗る」という文章が見当たらず、「『常識』として省略されているのか?」とちょっと不安になった。おそるおそるオイルなしで成形したのだが、タネはまったく手に付かなかった。「手でこねる(手の熱で脂が溶ける)」「つなぎに卵を使用する」という、日本における一般的なレシピゆえに生まれたのが、「オイルを手に塗る」という行程だったのだ。なるほど納得。
(辻本力)