2008年にモーニングで連載開始された『宇宙兄弟』は、宇宙を目指す、兄・南波六太と弟・日々人の物語だ。少年時代、「一緒に宇宙飛行士になろう」と約束を交わした南波兄弟。19年後の2025年、弟は約束どおりNASAの宇宙飛行士となり、兄・六太は会社をクビになる。しかし、弟からの一通のメールで幼い頃の誓いを思い返し、弟の遥か後ろから宇宙飛行士を目指し始める兄・六太。アニメ映画『宇宙兄弟#0』は、そんな六太がまだサラリーマンだった時代、そして日々人が新人宇宙飛行士として苦闘する姿を描いた「宇宙兄弟 第0話」だ。

写真拡大 (全2枚)

公開中の劇場版アニメ『宇宙兄弟#0』は、原作者の小山宙哉自身が脚本を書き下ろしたことでも話題を集めている。なぜ「第0話」なのか。六太がまだサラリーマンだった頃を描いたその背景を、テレビアニメ版から携わる読売テレビの永井幸治プロデューサーに聞いた。

《実際にあった事象を元にすると、その時の気持ちがリアルになる》

─── 今回「夢の原点」を描くというテーマで映画は作られています。その企画の発端について教えてください。

永井 この『宇宙兄弟』というアニメ作品は、もともと僕が大好きで、この作品をアニメ化したい! と思ったところからスタートしました。実はその時からもう、映画にしよう、映画を作ろう、という気持ちがあったんです。じゃあ、どこの部分を映画にすれば『宇宙兄弟』のファンは喜んでくれるのか、と考えたとき、第1話で日々人が、「僕より先に月面を踏むはずだった人が、今この場にいないのは残念です」と記者会見で喋ったのはなぜか? その背景を描けたらな、というところから、じゃあ1話目の前の「ゼロ」を作ろう、ということになりました。

─── じゃあ、もう2年近く前から映画化の動きが?

永井 そうですね。2年以上前からの話なんですけど、シナリオを作るのに結局2年かかりました(笑)。まあそこがキモの作品ではあるので。ストーリーをしっかり作ることができれば成功する、という確信みたいなものはありましたので、そこにはしっかり時間をかけました。

─── 今回脚本を担当した原作者の小山さんとは、映画化にあたってどのようなディスカッションを重ねましたか?

永井 小山さんって、実際にあったことやエピソードを組み込んでストーリーを作るのがとても巧い方なんですね。実際に『宇宙兄弟』の原作でも、これはあの時のこういうエピソードが元、っていうのが結構あるそうなんです。たとえば……1巻で宇宙飛行士の毛利衛さんが少年時代の六太と日々人の背中に手を当てている場面があるんですが、あれは、小山さんが井上雄彦さんと一緒に写真を撮ったときに実際に井上さんにされたことなんだそうです。

─── おぉ!

永井 そういう、実際にあった事象を元にすると、その時の気持ちがリアルになる。リアルなものが表現できるっていう考え方なんですね。ですので、映画化にあたっては小山さんから僕らスタッフに宿題が出たんです。子供の頃からのエピソードをいろいろあげてください、と。たとえば、今回の映画のなかで描かれた豆腐屋のくだりは、渡辺歩監督のエピソードなんです。

─── ものすごく大事なシーンじゃないですか。

永井 「勇気のポーズ」はもちろん小山さんのオリジナルですが、「勇気を持って来てください」というフレーズは渡辺監督のエピソードから。そういうのは結構ありますね。スタッフそれぞれが5個ずつくらいエピソードを出し合って、その中から小山さんが選んで、使えそうなものを膨らませて、という感じです。あぁ、初めて喋ってしまった(笑)。

─── 豆腐屋の親父を演じたさだまさしさんも印象的でした。

永井 あの豆腐屋のシーンで車のスピーカーから流れる曲は、さださんが作ったんです。その曲をフルコーラスで聴くと、今回の映画のストーリーがすっかりわかってしまうという(笑)。9月に発売されるさださんのアルバムに収録されています。

《今のテレビってせっかちになり過ぎ》

─── 『宇宙兄弟』のアニメに関しては、テレビ版のときから時間軸がゆったりと、丁寧に描かれているな、という印象を受けていました。それは、アニメに限らず、登場人物が多くて急展開やエピソードをたくさん描こうとする最近のエンターテイメント作品とは一線を画している部分だと思います。アニメ化にあたって、特に気をつけたことや意識したことは何でしょうか?

永井 僕がプロデューサーとしてこの作品で大事にしたかったことは、原作で描かれていることに足すことはあっても削ることはやめよう、ということでした。

─── 確かに、ビックリするくらい削る作品もたまにありますね。

永井 それは、原作の小山さんの漫画の作り方にも通ずる部分なんですけど、小山さんは連載の1話20ページを描くのに、実際にはもっとたくさんのエピソードを考えて、そこから削って削って削って20ページに落とし込んでいる。そこまで考え抜かれたストーリーをさらに削ることはやめよう、と。だってそこには大事な要素が詰まっているんだから。そのことはずっと心がけていました。その結果というか、全部をちゃんと表現しようとすると時間軸がゆっくりに感じた、という評価につながるのかもしれません。

─── なるほど。

永井 でもそのおかげで感情移入がしやすかったり、泣きどころでちゃんと泣けたりするのかなぁと思っています。反対に「テンポが悪い」と評する方もいらっしゃるんですが、むしろ今のテレビってせっかちになり過ぎなんですね。情報番組やバラエティ番組のテンポにつられて、ドラマなんかでも急な展開やセリフ回しになることも多いんですけど、一度それを忘れてみよう、と。それでもちゃんと表現できるよね、という点はこだわった部分でもありますね。

─── 周囲の作品と逆のことをする。冒険ですよね。怖くなかったですか?

永井 そこはもう、監督に委ねて、監督を信頼して任せているところではありますね。監督の渡辺歩さんは『ドラえもん』シリーズでも監督を務めてきた方ですので、「誰もが見やすいものを」という僕の意図も理解してもらえていると思います。

《あえてターゲットを絞る必要なんてない》

─── テレビアニメから変わらずに大事にしてきたものとは反対に、映画化にあたってあえて変えてみたところはありますか?

永井 テレビのときに比べたら、若干、話の内容が難しいかもしれません。

─── 映画では場面転換も多いですよね?

永井 場面転換よりもセリフ部分ですね。テレビの時は、小学校低学年でもわかるようにセリフを噛み砕いていこう、という約束事がありました。でも、映画版ではそのことはあえて意識していません。まあ、何度も観てください、観ているうちに分かります! っていう狙いもあるんですが(笑)。

─── でも、テレビ版がセリフを噛み砕いていた印象はほとんどありませんでした。

永井 わからないでしょ?(笑)。そこは、気づかれないように工夫してますから(笑)。一番多いのは専門用語的なところですね。これがたとえば、深夜アニメだとしたら逆に難しくてもカッコいい言葉のほうがよかったりもするんですが、『宇宙兄弟』では先ほども言ったように「誰でもわかるように」という狙いがありましたから。それと、『宇宙兄弟』という作品は原作がまだ終わっていませんので、どこかのタイミングでもう一度映画を観る機会があるかもしれない。その時に改めて「あ、こういうことだったんだ」と、何度も観て、噛み砕いて理解してもらえたらいいかな、と考えたところではありますね。

─── 「誰でもわかるように」というお話がありましたが、メインターゲット、みたいなものも意識はしていない?

永井 それ、よく言われるんですけど、僕は作品を作る上でターゲットは絞っていません。内容的に、小学校高学年からお年寄りまでみんなが観ているもの、と思ってやっています。『宇宙兄弟』は全国ネットのアニメなので、誰もが観ることができるものじゃないと全国ネットでやる必要がなくなるんですね。特に『宇宙兄弟』の場合、テーマが「宇宙開発」とはいいながらも主軸は人間ドラマだったりするので、ちゃんと観てもらえたら誰でも感動できる作品です。それは、NHKの朝の連続テレビ小説でみんなが感動するのと同じことだと思っています。感動するところって万人一緒だと思うので。そこを大事にしていれば、あえてターゲットを絞る必要なんてないですね。

(後編へ続く)

『宇宙兄弟#0』全国公開中
(C)宇宙兄弟CES2014
公式サイト: http://www.uchukyodai-movie.com
原作:小山宙哉(講談社「モーニング」)
監督:渡辺歩/脚本:小山宙哉/音楽:渡辺俊幸
主題歌:ユニコーン「早口カレー」「Feel So Moon」(Ki/oon Music)
アニメーション制作:A-1 Pictures  
声の出演:平田広明(南波六太)、KENN(南波日々人)、有本欽隆(エディ・J)、大塚明夫(ブライアン・J)ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画