南アジアの人々の暮らしや、日本との意外なつながりも分かります。

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「インド」と聞いて思い出すものは?
「カレーやスパイス」「ウシ」「神様」、近年では「IT」に「数学」、さらには映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』などの影響で「突然みんなが踊り出す」なんてイメージを思い描く人もいるかもしれない。

そもそも「神様←→IT」のイメージの距離がありすぎるし、どうにもとらえどころのない感じ。
それもそのはず、ヨーロッパが丸ごと入ってしまうほど広大な国土に、12億人以上の人々が暮らし、砂漠がある一方で世界で最も雨の多い地域もあるという多様な風土。さらに、5000年以上にもわたる、地域ごとに異なる歴史があるのだ。

そんなインドをなんとか見渡し、さらにその根底に流れているものを探ろうとした「力作」が登場した。
『綿・家畜からみる南アジア インド北部〜西部・パキスタン』『香辛料からみる南アジア インド南部〜東部・バングラデシュなど』(小峰書店)だ。

著者は、南アジア地域を50年以上にわたって研究している立教大学名誉教授の小西正捷先生。高いところから見下ろす「調査」ではなく、長期に滞在して「留まって学ぶ」ことにより、そこに住む人々の行動様式や思考パターンを理解しようとしたという。それだけに、図書室にある普通の事典系の本に見えて、内容は相当奥深い。一部をご紹介したい。

●インドの人々が手で食べる理由
舌で味わう前に「手で味わう」ことが欠かせない。さらに、ヒンドゥー教の信者にとって、「手は神様からいただいた自分だけの食器で、これ以上に清らかなものはない」と考えられているため。つまり、「不衛生を避ける」ということよりも、「浄・不浄」という宗教的な考えからきている。
また、ウシは聖なる存在として信仰されているため、ウシの糞尿も不浄な状態を浄めるものと考えられ、人々はウシの糞を床に塗りこめたり、尿で生まれたての赤ちゃんの体を洗ったりする。

●インドの「国語」とは?
インドには「国語」がない。数百もの言語があるため、「公用語」としてヒンドゥー語と英語が定められている。また、ひとりの人が3つ、4つの言葉を使いこなすのが珍しくない。
インドには30近い州があり、国の公用語とは別に州の公用語が定められているうえ、自分の家族や友人と話すのはまた別の言葉というケースも多く、いくつもの言葉を使わなければいけない環境がある。そのせいもあり、インドの人たちが外国語を身につけるスピードは他国の人々より格段に速いと言われる。

●ベジタリアンなのに、太った人が多い
インドの菜食の人々は、野菜や豆類に加え、ミルクやバター、チーズ、ヨーグルトなどの乳製品をたっぷり食べる。重要なのは、「ほかの生き物の命をとらない」こと。だから、「菜食メニュー」というよりも、「不殺生メニュー」というほうが当たっている。

●「カースト制」への誤解
授業で習った「カースト制」。社会的な差別のイメージばかりがあるが、一方で、人々の生活を支えてきた側面もある。たとえば、壺作り師や織り師などの職業集団のカーストに生まれると、技術が親から子・孫へ正確に受け継がれる。また、結婚相手は同じカーストのできるだけ遠い地域の人から選ぶ傾向があるが、これは市場のネットワークを広げ、同じ職種の人同士が助け合うことにつながる。カーストは職業の世襲が基本となる「ジャーティ制」と、宗教的な身分の区別「ヴァルナ制」が複雑にからみあっており、一概に「悪いもの」と決めることはできない。

その他にも、数々のインドの「なんで?」を、人々の暮らしの中や、背景にある考え方から深く追究していくインド本。

じっくり読み、考える事典として、のぞいてみては?
(田幸和歌子)