魅了された沖縄尚学の個人技

 沖縄の高校野球には本土にない野球環境がある。 離島ならではの八重山交流、宮古交流、沖縄でキャンプを張る本土の学校との大がかりな交流試合(一部の野球ファンは「海邦リーグ」と呼んでいる)、さらには新人中央大会、1年生中央大会があり、1月には野球部が8つの競技で順位を競う野球部対抗競技大会がある。1年を通して温暖な気候の沖縄だからこそできることである。

 こういう野球環境をマイナス視する向きもある。私が取材した高校野球の有名監督は「だから肩・ヒジを壊す選手が沖縄には多い」と言った。オフはプレーではなくランニングやウエートトレーニングなどで体作りをする期間、という指摘で、それは十分に説得力があった。

 しかし、肩・ヒジのケアに十分配慮すれば、実戦形式の練習をオフの間にすることはマイナスではない。 それは近年の沖縄勢の活躍が証明している。とくに春に行われる選抜大会での活躍は顕著で、99、08年には沖縄尚学が、10年には興南が優勝している(興南はこの年の春・夏を連覇)。4回の甲子園大会優勝のうち3回が春に集中しているのは、こういう背景があることも見逃せない。

 まだ肌寒い3月なのに、沖縄尚学の選手たちの動きは、白鷗大足利の選手たちを上回っているように見えた。 1点リードされた1回裏には打者7人を送る攻撃で1点を奪い返したが、「たった1点しか取っていなかったの」と言いたいほど、1四球に3安打をつらねる攻撃は見ている者をも高揚させる独特のリズムがあった。

 この沖縄尚学の強力打線を白鷗大足利の先発、比嘉 新(3年)はよく抑えた。ストレートの速さは120キロ台がほとんどで、攻略は難しくないと最初は思ったが、2回以降しばらく沖縄尚学打線のバットからは快音が遠ざかった。

 大きく縦に割れるスライダーや90キロ台前半のスローカーブを交えた高低の攻めに2〜5回までの4イニング、1人の走者も出せないという翻弄されぶり。この間の12アウト中、8個はフライアウトだった。比嘉の術中にはまった様子がよくわかる。 

 それに対して白鷗大足利打線は沖縄尚学先発の山城 大智(3年)をよく打った。 1、2、4回には得点圏に走者を送り、1回には大下 誠一郎(2年)のタイムリーで先制している。惜しむらくは、この押している展開の中でもう1、2点加点したかった。

 1対1の均衡が破れたのは6回裏。 5番上原 康汰(3年)の犠牲フライで勝ち越すと、沖縄尚学各打者の全身を強張らせていた緊張感が一挙に溶け、1回裏に見せたイケイケのリズムが蘇ってきた。

 7回には二死一、二塁の局面から2番久保 柊人(3年)、3番西平 大樹(3年)が連続長打を放って3点奪い、8回には1番赤嶺 謙(3年)、2番久保の長短打でさらに3点加え、一挙に勝負を決めた。

 この試合を中継したGAORAで解説を務めた松本稔さん(前橋高校時代の78年に高校野球史上初の完全試合を達成。現中央中等教育学校教諭)は、「沖縄尚学の選手たちの動きが違いますね」とひとしきり感心したあと、ショートを守る砂川 修(3年)の守りに目を奪われたと話してくれた。

 私も初戦の報徳学園戦で砂川のフィールディングに魅了された人間で、過去に執筆した記事で、砂川を「注目選手」として紹介したこともある。安打を1本も打っていない選手なのに、である。

 ディフェンス面でよかったのは3回表。強打に定評のある大下が放った三遊間への鋭い打球はショートバウンドで砂川の顔面付近を襲うが、これを中腰のような格好で好捕するとすぐ体勢を立て直して一塁に送球してアウトを取っている。 松本さんは「あれは難しい打球ですよ」と感に堪えないような表情で話してくれたが、私もまったく同意見である。

 沖縄尚学の選手は砂川以外では前で紹介した山城、赤嶺、久保に安里 健(3年)、西平 大樹(3年)の合計6人。これは智辯和歌山(初戦敗退)の5人を上回る最多人数である。いかに沖縄尚学の個人技に魅了されたかおわかりいただけると思う。

(文=小関 順二)