打者に有利なヤンキースタジアムの構造

 ヤンキース入団が決まった田中将大投手(25)は、新たな環境に適応できるだろうか。特に重要となるのは新たな本拠地だ。1年の半分を戦うスタジアムを自分の「庭」にできるかどうかで、成績も大きく変わってくる。では、田中の主戦場となるヤンキースタジアムとは、どんなところなのか。松井秀喜の活躍などで日本のファンにも馴染み深い球場だが、その特徴を知る人は意外と少ないのではないだろうか。「球場ガイド」も兼ねて紹介してみよう。

 ヤンキースが現在のスタジアムを本拠地として使用し始めたのは2009年。1923年に開場して「ルースの建てた家」と呼ばれた旧ヤンキースタジアムの老朽化にともない、約15億ドルをかけて建設された。こけら落としとなった4月3日のオープン戦では、松井が右翼ポール直撃のホームランを打っている。その年には、いきなりワールドシリーズを制覇。MVPに輝きながらチーム残留が絶望視されていた松井が、グラウンド上でのインタビューを受けて「とにかくニューヨークが好き」と答えた場面は、多くの人の心に刻まれていることだろう。今年で6年目と新しく、綺麗なスタジアムだ。

 さて、肝心な構造上の特徴だが、田中にとっては厳しいものと言える。旧ヤンキースタジアムと同様にホームランが飛び出しやすく、打者有利の典型的な「ヒッターズパーク」だ。しかも、新スタジアムの方が、その傾向はより顕著になっている。広い左中間に比べ、右中間は膨らみがほとんどなく、左打者にとっては特に有利。2012年の夏にイチローが移籍してきた際には、守備で左翼を任されることが多かった。これは、右翼にスウィッシャーというレギュラーがいたことや、当時、レギュラーだったガードナーが負傷で離脱していたこともあるが、左翼の方が守備範囲の広さが必要とされるからだった。それほど特徴的な作りだ。

 右投手には極めて厄介なスタジアムということになる。左打者に対する投球で間違いがあれば、命取りになる可能性があるのだ。しかも、本塁から右翼に向けては強い風が吹き抜けているとも言われている。同地区にはデビッド・オルティス(レッドソックス)やクリス・デービス(オリオールズ)といった左打ちの強打者もいる。そう考えると、ここで結果を残す黒田博樹の偉大さが、改めてよく分かる。

 ただ、田中にはスプリットという絶対的な決め球がある。メジャーではまず見ることの出来ない大きな落差のあるボールを左打者の外角低めに制球することが出来れば、空振りを量産できるだろう。黒田もドジャース時代に比べてスプリットを投げる割合が圧倒的に多くなっている。対応するには、やはり先輩右腕の助言が貴重なものとなりそうだ。

冬は寒く夏は蒸し暑い、気候的にも厳しいスタジアム

 気候的な特徴も厳しい。温暖で安定した気候の西海岸に比べて、ニューヨークには投手の敵となる要素が幾つもある。まず、冬は寒く、夏は蒸し暑い。開幕直後の4月の気温は、ナイターになると0度前後まで下がることも珍しくない。その寒さは、楽天の本拠地である仙台よりも厳しいと言えるだろう。デビュー直後の田中には最大の敵となるはずだ。

 夏になれば、これが強烈な蒸し暑さに変わる。冬が寒い代わりに、夏は涼しい仙台とは大きく異なる。立っているだけで汗が溢れ出てくるような気候だ。しかも、メジャーでは真夏でもお構いなしにデーゲームを開催する。ダルビッシュ有の所属するレンジャーズの本拠地アーリントンのように、40度に達することはないが、十分に過酷な環境だ。

 しかも、天気は安定せず、雨も多い。先発の予定がずれたり、試合開始を数時間遅らせることもよくある。先発投手としては、調整が難しい。黒田は「ドジャースの時は雨で遅れることもなかったですし、中止になってスライドしたり、日にちがずれたり、変わったりというのはあまりなかった。東と西でのピッチャーのコンディションの作り方は、こっちの方が難しい部分はあると思います。特にここ(ヤンキースタジアム)は屋根がないので」と話している。メジャーへの適応というのは、ボールやマウンド、登板間隔といった要素だけでなく、こういった部分も大きいのだ。

 一方、スタジアムの施設自体は「さすがヤンキース」と思わせる部分も多い。まず、クラブハウスの広さはメジャー屈指。1人1人のロッカーも大きく、引き出しや、個人用のPCまで付いている。メジャーでは、ベテランに2つ分のロッカーを与えられることが多いが、その必要がないほど余裕のある作りだ。報道陣は立ち入ることは出来ないが、トレーニングルームなどの施設もメジャー随一の充実度だという。選手にとっては贅沢な環境が整っている。

アクセス抜群、特徴的な応援

 ファンにとっては、アクセスが抜群であることも嬉しい。スタジアムはマンハッタンの北側にあるブロンクス地区にあるが、目の前の駅まで電車一本で行くことが出来る。3本の路線が乗り入れており、タイムズスクエアやグランドセントラルがあるミッドタウンからでも所要時間は20分ほどだ。

 センター付近には「モニュメントパーク」があり、ベーブ・ルースやルー・ゲーリッグといった往年の名選手の偉大さを改めて確認できる。左中間には永久欠番のボードが掲げられているが、その数は16個(18人)にも及ぶため壮観だ。球場内の食べ物も、メジャー観戦に欠かせないホットドッグなどは充実しているが、他球場に比べて全体的に高いとされている。

 ブリーチャーと呼ばれる熱狂的なファンの応援も特徴的だ。彼らは右翼席に陣取り、試合開始と同時にサッカーの応援のように選手のチャントを始める。守備に就いているヤンキースナインは、これに1人ずつ手を挙げたり、頭を下げたりして応える。メジャーには日本のように鳴り物での応援がないことが有名だが、これはヤンキースタジアムでしか見られない景色だ。

 さらに、7回の攻守交代の際には毎試合、第2の国歌と言われる「ゴッド・ブレス・アメリカ」が場内に流される。選手もファンも、これを起立して聞き、終了後に日本でもすっかりお馴染みとなった「テイク・ミー・アウト・トゥー・ザ・ボールゲーム(私を野球に連れていって」をスタジアム中で合唱する。他球場では、いきなり「テイク・ミー・アウト・トゥー・ザ・ボールゲーム」が流れることがほとんどだ。また、試合終了後に聞けるフランク・シナトラの「ニューヨークニューヨーク」でも、ヤンキースタジアムにしかない雰囲気を味わえる。

 田中の加入によって、球場まで応援に駆け付ける日本人ファンは増えるだろう。ただ、仮に活躍できなかった場合は、見る目の厳しいニューヨーカーからの容赦ない罵声やブーイングが待っている。ファンを味方に付けられるかどうかは、すべて入団後の活躍次第。ヤンキースタジアムで、田中はどんな歴史を刻んでいくのだろうか。