施川ユウキ『鬱ごはん 1巻』(ヤングチャンピオンコミックス烈 秋田書店)
就職浪人生の鬱野が鬱々と黙々と食事をする。食を楽しめない人の食事はこんな感じなのではないでしょうか。読むと食欲がなくなる料理漫画です。ちなみに作中で最初に登場したときの鬱野は22歳なのですが、1巻の終わりには26歳になっていることが判明。次巻は4年後なのでしょうか。

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料理漫画として、やってはいけないこと。それは読むと食欲が無くなるということじゃないでしょうか。

もちろん今までの料理漫画にも、ちょっと食欲がなくなるような描写の作品が過去にもありました。汗が入って偶然塩味がちょうど良くなったり、審査員の飼い犬をこっそり鍋に入れたり肉にさしを入れるために蛆を使ったり。でも、それらの作品も、その部分だけが強調して語られがちではありましたが全体的には美味しそうだったりしていたのです。でも、今回紹介する料理漫画「鬱ごはん」は違うのです。

「食事とは本来排泄と同じく隠されるべき行為ではないだろうか?」
と言っちゃう主人公は就職浪人中の鬱野(ウツノ)たけし。とにかく食が楽しめない性格をしています。

「何を食べても美味しく感じられない自分が最も食欲の湧かない食事がある。他人の家で食べる飯だ」
どうですかこの台詞。普通の料理漫画では「みんなで一緒にご飯を食べるのが一番美味しい」とか言って、どんなに贅沢なものを食べていても一人のご飯は美味しくない、というのが定番なのに人とご飯を食べることを拒絶しているんですよ。さらには「選びたくない」と言ってドーナツ(ミスタードーナツのようなお店)を選ぶのも苦労するし、「食券は良い。店員とコミュニケーションをとらずに済む」と言っては店員と話すことを拒絶します。そのせいで、お店ががらがらなのに順番待ちの紙に名前を書き店員さんからいつまで経っても名前を呼ばれないということもあります。いわゆるコミュ障と呼ばれるものですね。

食事を楽しもうとしていないわけではないのです。後半になればなるほど色々と創意工夫をして、少しでも美味しく食べようとしているのですね。でも、失敗ばかりしてしまうのです。

・アルミホイルでミニ揚げ鍋を作り、ポテトチップスを作ってみたらアルミホイルが溶けていて変な臭いになりトイレで吐く
・クリスマスにチキンを買いに行くも、一人であると悟られたくなかったから「6コで!」と頼んだら店内で食べることにされて泣きながらむさぼり食う
・外で花火を見ながらカップ焼きそばを食べようとし、川で湯切りをしていたらカップルから「誰か立ちションしてる!」と言われてしまい泣きながら物陰で食べる

すごい前向きになればなるほど失敗してしまいます。他にもコンビニで買ってきたざるそばを食べようとしたらつゆにセミが飛び込んでくるとか、本人のせいではないはずなんだけれどもトラブルが起きたりします。これはもう、同じ一人で黙々と食事をする料理漫画でも孤独のグルメや花のズボラ飯とは正反対としか言いようがありません。彼らは前向きに一人ご飯を楽しんでいるのに対し、ウツノはとにかく後ろ向きなのですね。

さらに、余計な妄想力も非常にたくましいのです。食べるのが好きな側からすると、どうしてそんなに食欲が無くなる方へ妄想するのか? と小一時間ぐらい問いただしたいぐらい、食欲を無くすような妄想を次から次へとしていくのです。ホットケーキの空気穴で色々と連想するのはやめましょう。

そんな風に鬱野が毎回一人で鬱々とした思いをめぐらせながら食べているだけではありません。ツッコミ役がいたりします。イマジナリーフレンド(空想上の友だち)である黒猫です。関西弁で的確にツッコミを入れていたりします。これにより、読んでいて食欲は無くなるし悲しいんだけれども、悲しすぎて笑えるのです。

食事をとにかく楽しめず、妄想過多で自意識過剰。楽しむべく多少の調理工夫をしようとすると大抵失敗する。でも、あまり料理をすることが好きでは無い一人暮らしの男子の食事ってこういうものなんじゃないでしょうか。食べたいんだけど、面倒さが勝ってしまい、いい加減な食事になるんだけど、これじゃちょっとなあと思って少しだけ工夫をしようとする。そして失敗する。意外と共感する人が多いというのも納得です。最も、共感しすぎて読むのがつらいという評判も高いのですが。ちなみに後書きによると、半分ぐらいが作者の実体験とのこと。無茶をやりつつもリアルなのはこの辺からきているのでしょうか。

でも、鬱野は別に不幸せなわけではありません。鬱々とした部分も含めて、それはそれで人生を楽しんでいるのですね。花火を見に外に出るし、クリスマスにはチキンを買ったりするし、年越し蕎麦はきっちり年内に食べようと努力するし、鏡餅には刃物を入れないということを忠実に守ったりします。なんだかんだ言いながらイベントが好きで、人が苦手なのに自ら人の多いところに行ったりするのです。後書きにある「鬱野の意見を代弁させて頂くと『オレは全然可哀想でも悲惨でもないので、哀れみの眼で見ないでくれ』」ということなのですね。

そんな鬱野の日々を、少しだけ試し読みもすることができます。ちょっと癖がある作品ではありますので、買う前には是非一度試し読みすることをオススメします。

この作品は施川ユウキ作品3冊同時発売記念「鬱ノジ曰く。」フェアの1冊だったりします。「鬱ごはん」「オンノジ」「バーナード嬢曰く。」ですね。この3作品の中では、一番笑いが少なかったりします。でも、施川ユウキ作品に通じる、日常の細かいところを独特の感性でとらえ、表現するという部分は一番味わえるでしょう。
(杉村 啓)