初任給を18万5000円に上げて週休2日を実現…”若者が足りない建設業”が直面している現実

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なぜ給料は上がり始めたのか、人手不足の最先端をゆく地方の実態、人件費高騰がインフレを引き起こす、「失われた30年」からの大転換、高齢者も女性もみんな働く時代に……

話題書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。

(*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)

完全週休2日制への移行と大幅ベースアップの実施

地域の経済では、若者の人口減少と高齢者のなかでもさらに年齢が高い層の増加という問題が生じている。こうしたなか、地方中核都市における中小・中堅企業はどのような課題に直面しているのだろうか。

私は、企業経営者の方々に地方都市における労働市場の実情についてヒアリングを行った。このうち『ほんとうの日本経済』で紹介するのは、建設業、サービス業、卸・小売業で、古くからビジネスを行っている地元の中小・中堅企業である。

まず最初に紹介するのは、創業90年以上の老舗の建設会社である。創業当初は、護岸工事などで使用する石材、木材、粗朶を馬車で運搬する業務が主だったが、その後、河川工事や鳥海山麓の道路工事などで多くの実績を残してきた。同社の事業の柱は公共工事であり、国の案件や地方自治体などから多くの案件を受注し、施工実績を上げている。

建設業界は厳しい労働環境で知られている。報酬水準も他業界と比べて決して良いわけではなく、若い成り手が急速に減少し、人手不足が深刻化している。

この会社の従業員数は114人。同業他社や他業界に人材獲得競争で劣後しないよう、近年、労働条件の抜本的改善に力を入れている。他の建設業の企業例にもれず、長らく週休2日の実現が難しい状況にあったが、5年前までは100日程度だった年間休日数を段階的に121日まで増やし、週休2日を実現した。担当者に話を聞いた。

「以前は土日に仕事することも多々ありましたが、いまは日曜日は完全休みで土曜日もほぼ出社はありません。当時は同業他社でも年間休日100日は多い方だったのですが、他社が一気に増やしてきたのです。このご時世、地元の高校に求人票をだすと休日数は非常にシビアに比べられます。私たちの時代は学生は初任給だけを見ていましたが、いまの若い人は休日の数を非常に気にしています。少ないと真っ先に就職先の候補から外されてしまいますよ。人員確保のためにも、休みは増やさざるを得ません」

この建設会社の採用は大半が高卒である。毎年3名から5名ほどの高卒人材を採用しており、大卒の採用は5年に一人いるかいないか。人員確保のため、労働環境の改善だけではなく、最近では報酬水準の引き上げも大胆に進めている。

「弊社も近年はベースアップを積極的に行っています。金額も毎年増やしていて、今年の4月には5000円程度のベアを実施しました。特に、高卒の初任給は大幅に引き上げています。5年前くらいには16万円くらいでしたが、足元では18万5000円まで引き上げました。これに連動して若い人の給与を上昇させ、少し前の世代の先輩方にはちょっと申し訳ないというくらい抜本的に上げています。

それでも高校生を採用できるかどうかと言えば、簡単ではありません。高校生の進学率が上がって東京に人材の流出が続いていますから、今年の夏も何人来るかはひやひやしています。入った後も、毎年給与が上がっていくと感じてもらわなければやめてしまう。弊社としても、人材の引きとめには全力を尽くしています。

これとは別に、除雪作業の方では、農家の方を臨時のアルバイトとして雇っています。こちらも時給水準が数年で15%くらい上がっています。除雪作業のバイトは会社間の取り合いなんです。引き抜きでこういう条件を持ちかけられたぞとアルバイトの方の間で話が回っているようです」

発注者に事業者が選ばれる時代から、事業者が案件を選ぶ時代に

人手不足が深刻化することで、各社が競って働き方の見直しを進め、報酬水準を引き上げる状況に変わった要因として、担当者は建設業界全体の構造変化をあげる。

「今は人手不足で受注を取りたくても取れないという会社が増えています。利益を見込めそうな工事は15社とかいきますが、そうでない案件は1社入札とかもあります。たとえば橋梁の補修工事などは利益が出にくく、入札不調の工事がどんどん増えてきました。最近は発注者から取ってくれという電話がかかってくることもよくあります。建設会社が十分な人材を獲得できない中、事業者が案件を選ぶ時代に変わってきているのです。

時代をさかのぼると、リーマンショック後、民主党政権になったころは公共事業が大きく減り、安い案件を企業が取り合っていた時代がありました。昔はどの会社も人手が十分にあって、なりふりかまわず案件を取りに行っていました。その時代からすると今の状況は考えられないことです。建設業界全体の局面が変わってきたのは、おそらく平成25〜27年(2013〜2015年)頃が境目だったと思います。そのくらいの時期から急速に人手不足感が強まってきて、現在もなおその流れが続いています」

政府や地方自治体の公共事業関係費は1990年代後半から2010年代の初めころまで減少傾向にあったが、近年ではやや回復している。今後の建設投資の需給はどのように推移していくだろうか。

人口の長期的な減少が確実視されるなか、道路や橋梁などインフラの新規投資の需要は減少していくと見込まれる。一方で、日本の社会資本ストックは高度経済成長期に集中的に整備され、今後急速に老朽化することが懸念されている。

そうなると、既存インフラの維持・修繕のための需要は引き続き底堅く推移していく可能性が高いだろう。生産年齢人口が急速に減少してサービスの供給主体の人口も減っていくなかで、経済の需要の減少と供給能力の低下はどちらが速いスピードで進むのか。

「今後、人口減少が進んでいくので、工事の数自体も減っていくと思います。ただ、工事数の減少よりも、建設業の成り手の不足の方が間違いなくスピードが速いです。実際に、地域に暮らす若者の数がすごいスピードで減っていますから。

今の時代は幸いなことに工事の数が多いので、工事を受注できなくて経営が危機に陥ることはなくなっています。ただ、他社の話では人手が不足しているせいでこれまで3つの工事を組めたのが一つしか組めなくなっているというような話も聞こえ始めています。いくら案件がたくさんあっても、仕事を請けられなければ売上が立ちません。賃金水準が上昇する中で、利益水準が下がっている会社もあるようです。

これからの時代、工事が受注できなくて倒産する企業はないでしょう。しかし、人手が確保できずに倒産するということはありうると思います。現在はまだ同業者が倒産したみたいな話は出ていないのですが、今後は間違いなく人手不足倒産が多発すると踏んでいます」

つづく「日給9000円、高齢者が多い「警備会社の実態」…生き残る企業と廃業する企業の「決定的な差」」では、若い従業員が激減した警備業において、豊富な人手が過当競争とサービス価格低下を引き起こした実態などを見ていく。

日給9000円、高齢者が多い「警備業の実態」…生き残る企業と廃業する企業の「決定的な差」