こうした”むし歯治療の洪水時代”が到来することは被せ物、入れ歯もどんどん増やす原因となり、結果的に歯がない人を増やしてしまう恐れもあるのです。

◆歯周病の正しい理解を得るか、年に一度の歯石取りの快感を得るのか

歯周病は今や国民病であり、毎日歯周病の患者さんで歯科医院の予約は溢れていると言っても過言ではありません。歯医者に行くことが億劫だった人が、国民皆歯科検診をきっかけに歯科医院に行き、自分のお口の中の状況を正確に理解して、歯周病に関する事柄を正しく理解して治療に臨めるようになる。患者さんの意識が変わって、歯科医院としっかりと協力関係を結べるなどの行動変容が起きたとしたら、国民皆歯科健診は成功と言えると思います。

しかし、検診結果をあまり理解しないまま、歯石の除去のみを受け、また来年も検診を受けた際に歯石を除去しようと思って帰ったとしたら、これは大失敗です。

むし歯や歯周病は、お口の中の歯周病菌を減らし、どれだけ歯周病の進行を止められるかが重要となります。1年に1回の検診と歯石除去だけでは、毎年歯医者さんに自分の歯周病がどれだけ進行したのかを見せに行っているだけです。

歯周病は進行抑制のために、症状や進行程度に応じた間隔で検診、治療を受けなければならないため1年に1回のみの来院では進行抑制や改善は期待できません。

◆“その場しのぎ”では意味がない

国が補償してくれる範囲というのはまだ詳細に発表されていません。私たちが予防を行う際には、様々な検査を時間と費用をかけてしっかりと行った上で、その結果リスクとなる事柄を理解してもらい、長期的に改善と維持をしていくものです。

1年に1回、さらっとした検診とその場しのぎの治療を行うことでは患者のお口の健康を責任を持って守ることはできません。もし、患者さんが1年に1回の検診とその治療のみで来院されたとしたら、最初から患者さんのお口の健康を維持するという責任を果たせないことがわかっているのに、受け入れてしまっていいのだろうかという疑問もあります。しかし、1億人以上もの人がいれば、それだけ沢山の生活、考え方や価値観が存在しているものです。

これは歯医者のエゴだと感じる人もいるでしょう。

1年に1回のさらっとした検診と“その場しのぎ”の治療では責任を負えないと感じる歯科医院は、国民皆歯科検診は行いたくないと拒否をするかもしれませんし、どんどん検診で疾患を見つけてすべてのむし歯を治療したいと感じる歯科医院は、積極的に集客を行うかもしれません。

患者さんにとって、歯科医院の選択が今よりも難しいものとなることが考えられます。

◆国民皆歯科検診の正しい利用法とは?

私は国が歯科に対して積極的な考えを示しているのはとても良いことだと思います。

しかし正直なところ、内容はしっかりと考えたものにしてほしいなと感じています。歯科医師を含む国民の間違った理解を生み出しかねないからです。

そして、こうした施策が行われる今だからこそ、国民のみなさんもしっかりと歯科について学ばなければなりません。

かかりつけの歯科医院は、できることならば国民皆歯科検診が始まる前に見つけておくのが得策です。定期的なお口の管理を信頼のおける歯科医院で行っている中で、1年に1度国が負担してくれる検診をどう活用するか、その歯科医師としっかりと相談をして考えることで、間違った理解、間違った治療を生み出すリスクは限りなく減るはず。

そうすることで、国民皆歯科検診は国民の声で、全ての人が平等に質の高い予防医療を受けられる最善のものに進化していけるのではないかと思います。

みなさんの身体の管理者はみなさん自身です。自分の健康のために必要な手段を学び、自分で健康行動を選択することが生涯自分らしく生きていけることに繋がります。国民皆歯科検診が始まる前に、自分の歯やお口にとっていちばん重要なことは何なのか、それを守るためにはどんな選択を自分はすべきかをぜひ今一度考えてみてください。

<文/野尻真里>

【野尻真里】
一般診療と訪問診療を行いながら、予防歯科の啓発・普及に取り組んでいる歯科医師です。「一生涯、生まれ持った自分の歯で健康にかつ笑顔で暮らせる社会の実現」を目標にメディアで発信をしています。X(旧Twitter):@nojirimari