アナ・ケンドリックがシリアルキラーもので初監督 『アイズ・オン・ユー』で貫いた“意志”
『マイレージ、マイライフ』 (2009年)、『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』(2010年)、『ピッチ・パーフェクト』シリーズなどで知られる、アメリカの俳優アナ・ケンドリック。その初監督作となる映画『アイズ・オン・ユー』が、Netflixで配信リリースされた。
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その題材となったのは、実在の連続殺人事件だ。本作の殺人鬼のモデルとなった犯罪者ロドニー・アルカラは、日常的に殺人を犯す「シリアルキラー」として、裁きを受けた複数の殺人事件以外にも、100人を超える被害者を出した可能性があると見られている凶悪な人物だ。このアルカラの悪名をさらに有名なものしたのは、犯行を続けていた時期に、なんとTVの人気バラエティ番組「デートゲーム」に恋人候補として出演していた事実だ。このことから彼は、「デートゲーム・キラー」との異名でも知られている。
当初は主演のみを務める予定だったというアナ・ケンドリックは、なぜシリアルキラーの物語を、自分の初監督作に選ぶことにしたのか。それは、本作『アイズ・オン・ユー』を観れば理解できる。ここでは、本作に活かされた彼女ならではの視点とは何だったのかを、作品の内容や背景事情を明らかにすることで解説していきたい。
1970年代を舞台にした本作でアナ・ケンドリックが演じるのは、ハリウッド俳優志望の女性シェリル。オーディションになかなか受からず、厳しい状況にあった彼女は、仕事としてTVの生放送番組「デートゲーム」への出演を受けることにする。この番組は、恋人を探している出演者が、3人のデートを希望する恋人候補の中から相手を選ぶという内容だ。恋人候補たちの容姿は衝立によって隠されているので、質問によってデート相手を選ぶという趣向となっている。
ダニエル・ゾヴァットが演じるシリアルキラー、ロドニーは、シェリルの質問に対し、機知に富んだ受け応えをして、他の候補をリードしていく。そして、ついに彼はデートゲームの勝者の座を手に入れるのである。3人のうちからわざわざ選んだ人物が、まさか連続殺人犯だったとは……皮肉な話である。
本作のモデルとなった犯罪者ロドニー・アルカラは、この番組への出演時、驚くことに、8歳の少女を強姦した事件や、客室乗務員を強姦し殺害した事件の容疑で、FBIの最重要指名手配リストに記録されるばかりか、逮捕されていた経歴もあったのだという。TV局は、出演者についてろくに調査もせず、そのような危険な人物を「恋人候補」として出演者に紹介していたのである。
このロドニー・アルカラの犯行内容は、あまりにもおぞましいものだ。彼は被害者の首を絞めて瀕死の状態にし、レイプをするだけでなく、息を吹き返すところを観察しては、また首を絞めるという、残虐な行為を楽しんでいたのだ。
本作がとくにフォーカスしていくのは、そんな犯罪者ロドニーの異常な心理よりも、彼の周りの状況の方である。ニコレット・ロビンソン演じる女性が、番組に出演しているロドニーが殺人犯だということに気づいて、それを伝えようとする展開における描写を見ると、そのことが最もよく分かるだろう。
勇気を振り絞って、番組責任者に取り継いでもらうように願い出た女性に対して、局の男性警備員は、彼女の言葉を全く信用しないばかりか、侮辱的な扱いをするのである。凶悪犯罪者がTVのバラエティ番組に出演し、女性にアプローチをするという異常な状況は、社会全体の性犯罪に対する無理解や関心の低さ、女性軽視などが重なった結果だというのが、本作の解釈なのだ。そう考えると、意識の低い社会こそが、シリアルキラーの犯行を長引かせる大きな要因になっていたのではないかという疑問を抱いてしまう。
もちろん、憎むべきは犯人であることは間違いない。だが、大勢の人々が社会を構成する状況において、異常かつ凶悪な人物を全くのゼロにすることは、現実的には難しいといえる。その上で、とくに被害を受けやすい女性を守るために、犯罪の厳罰化や、犯罪を抑止するべく、社会や個人が協力することが必要なのも確かではないのか。そうでなければ、社会は殺人犯や強姦魔にとって過ごしやすい環境を与えることになる。
主演俳優でもあるアナ・ケンドリック監督は、本作で得た報酬全てを、暴力や性的虐待の被害者を支援するアメリカの団体に寄付しているという。この事実からも、監督が社会にうったえようとしているメッセージが伝わってくる。あくまで監督は、被害者の側、そして犯罪抑止の観点から、この事件を描いているのである。
彼女自身が演じる主人公シェリルは、役のオーディションの場面において性的な質問をされるなど、劇中で侮辱的な扱いを受ける。じつはここでのやり取りは、ケンドリック自身がオーディションで実際に経験したことを再現しているのだという。事件に絡む女性蔑視だけではなく、それが看過されてきた社会背景に潜んでいる女性蔑視を掘り起こすことで、事件と社会を包括的に描いているということなのだ。とくにこの部分にこそ、アナ・ケンドリックが監督を務めた意味があるというものだろう。
そして、「デートゲーム」の生放送中、シェリルが番組の台本を無視して、番組自体の女性蔑視的な性質を皮肉る言動や質問をする場面では、強いカタルシスを感じさせる演技と演出をおこなっている。ちなみに、実際の番組に出演した女性は、このような態度をとったわけではなかったが、アナ・ケンドリックは「デートゲーム」の他の回で、ある女性出演者が番組の女性蔑視的な性質に抵抗する姿を見たことで、本作にもそれを採用することにしたのだという。
本作は、このような男性による女性の無理解を現在まで継続する問題として描いているが、それを男性嫌悪にまで結びつけようとはしていない。それは、女性の主張を聞き入れようとしない男性たちが描かれる一方で、一部の男性が女性の言葉に耳を傾けたり、ロドニーの異常性を察知した男性が、シェリルにそのことを知らせようとする描写によって理解できる。本作に多くの男性スタッフや出演者がかかわっているように、そして少年もロドニーの被害に遭っていた事実を作中で伝えることで、女性だけが社会の蔑視的な状況を変えていくのではないというメッセージを作品に込めているのである。
本作で殺人犯と対峙する、もう一人の主役といえる少女を演じているのが、オータム・ベストだ。彼女は左手が親指のみという特徴を持っているため、そういった特徴を共有していない実在の人物の役を勝ち取ることには不安があったらしい。しかし今回、役に抜擢されるとともに、自身の特徴がとくにクローズアップされないという経験ができたことを非常に喜ばしいことだったと語っている。障がいがあることを必要とされる役も重要だと彼女は言うが、一方でそことは別の部分で評価されることは、彼女にとっても、映画界にとっても意義のあることだったのではないか。
女性がいまよりも軽視されていた年代の俳優の境遇や、残虐な犯罪の被害に遭った人々を描いた本作において、オータム・ベストの飛躍のきっかけとなる選択をしたことは、作品自体の趣旨にも適っている。俳優の立場から映画界を、そして女性の立場で社会を眺めてきたアナ・ケンドリックは、そんな本作において、劇中で自己主張をしたシェリルのように、自分の意志を監督という立場でも貫いているといえるのである。
(文=小野寺系(k.onodera))