寺地はるな最新作 進学、就職、結婚、離婚──中学の同級生4人が過ごした30年間を逆再生する大人の青春小説
以前、タレントが自分の人生を折れ線グラフで振り返る番組を観たことがある。ブレイクしたけれど、その後どん底まで落ちた人、長い低迷期を経て、今を謳歌している人、ゆらゆら揺れる波のように好不調を繰り返してきた人。芸能人でなくても、山も谷もない凪のような人生を送ってきた人はいないだろう。生きることは選択の連続であり、その積み重ねが今を作っている。そして、折々の選択は、知らず知らずのうちに周囲の影響を受けている。寺地はるな氏の新作『雫』(NHK出版)は、そんな当たり前だけれど大切なことを思い出させてくれる一冊だ。
物語は2025年4月から始まり、5年ずつ過去へとさかのぼっていく。15歳の頃、中学の同級生だった4人の男女は、どんな道を進み、今にたどりついたのか。30年間を逆再生するように、その時々の出来事が語られる。
高峰が、45歳という若さで「ジュエリータカミネ」を畳むと決めたのはなぜなのか。しずくが珠に見せたハンドサインは、どんな意味を持つのか。上司のパワハラで会社を辞めた森は、どのように自分を回復させたのか。章が進み、時をさかのぼるにつれて、彼らに起きた出来事が種明かしされていく。そこには、伏線をたどっていくような気持ちよさがある。
進学、就職、結婚、親の介護。人生の節目となるライフイベントはいろいろあるが、思い通りに行かず、時にはつまずくこともある。むしろ「こんなはずではなかった」という未来が待っていることのほうが多いかもしれない。中学卒業後、しずくが地金職人の道を選ぶ時。専門学校を出てバイト生活を送る珠が、将来を考えた時。森が上司のパワハラに心折れかけた時。高峰が結婚生活に悩んでいた時。4人は視界の端っこでお互いの様子を気にかけ、必要だと感じたら言葉をかけたり行動を起こしたりする。がっつり肩を組むのではなく、適度な距離を保った4人のゆるやかな関係が心地よい。いつも一緒にいなくても、しょっちゅう連絡を取り合わなくても、心のどこかでお互いを思っていればそれは友達。そう気づかされ、ふと自分の旧友に連絡を取りたくなってしまった。
珠に影響を及ぼすのは3人の友達だけではない。中学の美術教師・田村先生や「ジュエリータカミネ」の客の言葉も、珠の心にすっと沁みこみ、いつまでも記憶に刻まれる。こうして各年代で出会った人たちから、その時に必要なものを受け取り、珠は自分を形づくっていく。30歳で「ひとりで生きるのもひとりで死ぬのも、ちっとも不幸なことじゃない」と確信し、40歳で「人は人。自分は自分。あなたたちは好きにしろ。わたしも好きにする」というスタンスを得る。45歳になって初めて気づくことも、まだまだある。余計なものをそぎ落とし、どんどん身軽になっていく生き方が、自分が大人たちから渡されたものを、形を変えて次の世代に受け継ぐ姿が、まぶしくも頼もしい。
1995年までさかのぼったところで、一気に時を越え、ラストは2025年10月の4人が描かれる。30年の道のりを共にたどってきたからこそ、彼らの新たな門出がひときわ感慨深い。最後まで読んだあとは、答え合わせのようにもう一度最初のページに戻りたくなる。何度でも読み返し、いつまでもこの世界に浸っていたいと思わせてくれる一冊だ。
文=野本由起