89歳と82歳の多良姉妹「布を織り、早逝した娘が遺したピアノを弾く。やるべきことはやったから、あとはおおいに人生を楽しみたい」
団地の暮らしを紹介するユーチューブが人気の多良美智子さんと、妹の多良久美子さんは、近況を伝えあう仲。戦争や家族との別れなどさまざまな苦境を乗り越えてきたが、それぞれ自分らしく80代の時間を充実させている(構成=上田恵子 撮影=林ひろし)
【写真】美智子さんの食事は、簡単においしく。お気に入りの器に盛って
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<前編よりつづく>
朝起きてから寝るまで充実のスケジュール
美智子 私たち、趣味が多いし、料理好きなのも似てるわね。祖母と母は裁縫や編み物、料理が得意で、父も食道楽で料理上手だったし。高校生から料理していたので、料理歴は70年。65歳で調理師学校へ通い免許を取りました。
久美子 私は、息子の身のまわりの世話で外出できなかったので、家の中に楽しいことを増やしてきた。庭の花を生けたり、籠を編んだり、お菓子を焼いたり。自宅で楽しめて、心も落ち着くの。
美智子 私が、お稽古ごととしてやっているのは、まず絵手紙。これは教えているというほどではないけれど、みんなで集まって描いています。あとは写経、ヨガ、着物を洋服に作り替えるリメイク教室、そして麻雀。結構忙しいわね(笑)。
午前と午後に予定が入っているときは、おにぎりを1個持参して、それを食べてから午後の部に移ります。だから一日中家にいない日もあるの。
「たくさんの趣味があったおかげで子どもたちにもベタベタせず、巣立っていくときも淡々と送り出せたと思う」(美智子さん)
久美子 私の趣味は、織り機を使って布を織ること。それでコースターやランチョンマットを作ったり、頼まれてエプロンを作ったり。織り物は、53歳のときに始めて、義両親の介護で一時中断したこともあったけど、自由な時間が持てるようになったいま、思う存分楽しんでいます。お裁縫も好きで、自分が着る服を作ることも。
美智子 器も好みが似ていて。昔、姉妹たちで骨董市や窯元へ旅行をしたこともあったわね。こうしてたくさんの趣味があったおかげで子どもたちにもベタベタせず、巣立っていくときも淡々と送り出せたと思う。いまは私一人だけど毎日充実しています。
久美子 あとは健康でいたいね。自由気ままとはいえ、毎日規則正しく起きるのがいいみたい。
美智子 私の場合、朝は6時前に起きて、お花の植木鉢に水をやり、6時半にラジオ体操。その後しばらく近所をお散歩して、帰宅後はスムージーの朝食。掃除して洗濯機を回したりしても9時頃には終わるので、支度してお稽古に出かけます。
夕方4時頃に帰宅して、夕食はごく軽く、枝豆とか冷ややっこをつまみにお酒を飲むくらい。あとは寝るまでユーチューブを見たりして、ベッドに入るのは10時頃かしら。それから1時間くらい、本を読んで寝ます。
久美子 私は朝6時半に起きて、まず洗濯機を回します。その間に朝食の準備をして、7時に夫と朝食。9時まで家のことをやって、以降は私の時間です。近所の方がお茶を飲みに寄ってくださったらおしゃべりしたり、ピアノを弾いたり。
お昼は12時に食べますが、私が家を空けるときは、夫は好きに食べています。現役時代は毎日お弁当を持たせていたけれど、定年退職と同時に、私の留守中はお昼を用意しない約束に。(笑)
美智子 ふふふ。(笑)
久美子 あとは好きな織り物をしたり、テレビやスマホ、パソコンを見たり。ユーチューブや映画を観ることもあります。夕食は6時で、寝るのは12時くらいかな。
調味料が入っていたガラス瓶を利用して草花を飾る(美智子さん)
美智子 あなたはピアノが弾けるからいいわね。
久美子 ピアノは48歳から始めたんよ。もともとは娘が弾いていて、東京の学校に行って就職し、弾き手がいなくなったから、「そうだ、弾いてみよう」と軽い気持ちで始めました。
その娘もがんで、46歳という若さで早逝。本当に悲しかった。けれど彼女の願い通り、終わりの日々をこの家で一緒に過ごして。安らかに逝けたので、幸せな最期だったと思います。
美智子 私は自分が生活するうえで、「風通しのいい家にしたい」というのが一番にあるのね。だから子どもが巣立つたびに、心の中で「万歳!」と言いながら、机やベッドなどをどんどん捨てていきました。夫が亡くなったときも、彼が愛用していたソファを即処分。狭い3DKには邪魔だったの(笑)。捨てられないのは、自分の洋服くらい。(笑)
久美子 私も家族構成が変わっていく過程で、その都度持ち物を整理してきた。とっておきたいものは、義父母のものでもとっておく。みっこ姉ちゃんの部屋はいろいろな作品が飾ってあってカラフルね。
うちは生活が複雑だったので、無意識にインテリアに心を落ち着かせてもらおうと思ったのか、全体的にシンプルで色のトーンもシック。でも、色が恋しいときもあって、少し華やかにしようかな。
美智子 いいじゃない。うちも少しずつ片づけてきたとはいえ、「置いといてもしょうがないな」と思うものがまだまだある。でも、もう整理する気力がない(笑)。だからあとは子どもたちがなんとかしてくれればいいなと思ってるの。
最近では、「お母さんが死んだらこの籠ちょうだいね」とか「この額は僕がもらうよ」とか言ってくれるので、もらい手があるならよかった、とちょっと安心しています。
食事はとにかく簡単においしく。お気に入りの器に盛って(美智子さん)
老いの不安はあるけれどこの暮らしを続けたい
久美子 私は子どもに頼れないぶん、自分がしっかりしなきゃと思ってきたから、「気持ちが先」で元気なのかもしれない。明日の用事を考えて、前向きな気分で眠るんよ。みっこ姉ちゃんも一人暮らしだから元気なのかな。
美智子 そうね。いまやっているお稽古ごとがいつまで続けられるだろうかというのはちょっと考えるけど、自分の足で歩けるうちは頑張ろうと思ってます。
久美子 人とのつながりがあって、孤独ではないのがいいね。
美智子 私はいま、特別に親しくしている人はいないけれど、お稽古ごとのお仲間がいい人ばかりなの。年下の彼女たちの話を聞いているだけで、アンテナにビンビン引っかかるものがある。それが楽しくてせっせと通っています。
久美子 私は、子どもはいるけど頼れないし、夫も86歳だからいつ介護が始まってもおかしくない。いわゆる「安泰な老後」ではないけれど、そういう状況で《第三の人生》をどう過ごしたらいいんだろうとよく考えるのね。
美智子 そうね。
久美子 そこで思うのが、家族だ他人だというのは抜きにして、身近に家族みたいな関係性が持てる人が何人かいたらいいんじゃないかな、と。ご近所の方でもお友達でもいい。
私の身内は近所にいないけれど、玄関から家族のように普通に上がってくるお友達が何人かいる。そういう人たちとコミュニケーションをとりながら、「亡くなるまでこの生活を続けていけばいいんだわ」と思っています。
息子の今後のことは、福祉の知識や人に頼って、決めることは決めたのでひとまず安心。50代でこの家に来たときは不安だらけでしたが、いまは大丈夫に。
美智子 過去のいろいろな出会いや経験が糧になっているわね。
「布を織ったり、ピアノを弾いたり。私の贅沢時間です 」(久美子さん)
久美子 私は、嘘っぽく聞こえるかもしれないけど、最近はもう落ち込むことがないの。毎日とても楽しいです。ピアノと織り物はもっともっとやりたいなと思っているから、これからも続けたい。
美智子 ようやく自分の時間が、何の心配もせず持てるようになったのね。
久美子 これまで頑張ってきたのは間違いじゃなかったんだなと、あらためていまの状況に感謝しています。老後、これから大変なことがあるかもしれないけれど、いいことも悪いことも、人生はその繰り返し。やるべきことはやったから、あとはおおいに人生を楽しみたい。
美智子 私もそう。これからも一人を楽しむ工夫を続けます。私は築57年の団地住まいだけど、団地って本当に楽なのよ。いろんなところを無料で補修してくれるし、家賃は安いうえにそんなに上がらないし。このへんの家賃を比較したらうちの団地が一番安かったそうで、そういうのを若い人はちゃんと調べて引っ越してくるのね。若い住民が増えました。
久美子 最近は、若い人が団地に憧れているらしいね。
美智子 そうなのよ。孫のあーすもうちの団地に住みたがっているの。古いところが「エモい」んですって。「来てもいいのよ。でも自分でちゃんと別の部屋を借りなさい」と言っています。(笑)
久美子 そういうやりとりも楽しいね。お互い体に気をつけて、これからも自分の時間を楽しみましょう。また旅行にも行こうね。
美智子 行こう行こう。次に会える日を楽しみにしてるわね。