アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究グループが、光の照射により形状を変えて神経細胞や神経線維を包み込むことができる柔軟な薄膜素材を開発したと発表しました。絶縁体として機能するこのポリマーフィルムは、ニューロンの損傷が引き起こす神経疾患の治療用途に有望なほか、将来的には回路を組み込むことでニューロン用のウェアラブルデバイスとして機能し、神経活動のモニタリングや調節、失われた神経機能の修復などができるワイヤレスなサイバネティック技術などに発展する可能性もあると期待されています。

Light-induced rolling of azobenzene polymer thin films for wrapping subcellular neuronal structures | Communications Chemistry

https://www.nature.com/articles/s42004-024-01335-8

“Wearable” devices for cells | MIT News | Massachusetts Institute of Technology

https://news.mit.edu/2024/wearable-devices-for-cells-1031

MIT develops tiny devices to monitor and heal individual cells - restoring lost brain functions - The Brighter Side of News

https://www.thebrighterside.news/post/mit-develops-tiny-devices-to-monitor-and-heal-individual-cells-restoring-lost-brain-functions/

Researchers Create Cell-Level Wearable Devices to Restore Neuron Function - Neuroscience News

https://neurosciencenews.com/neuron-function-device-neurotech-27970/

科学者らは長年にわたり、脳などの神経組織の機能は神経細胞が基本単位だと考えてきましたが、研究の進展によりニューロンの働きは軸索や樹状突起、細胞体といった細胞内区画の活動により成り立っていることがわかってきました。

ニューロンを構成する個別のパーツの機能に関する理解を深めたり、個々の細胞間の神経伝達を調べたりできれば、脳の働きの解明や神経疾患の治療に役立ちますが、ニューロンの組織は形状が複雑かつ多様でデリケートだという課題があります。



今回、MITの研究グループはアゾベンゼンと呼ばれる有機化合物を含んだ柔軟なポリマー「Poly(Disperse Red 1 Methacrylate):pDR1M」を薄膜に成形した「pDR1Mフィルム」を開発しました。

以下はpDR1Mフィルムの製造工程の概略図です。pDR1Mフィルムは犠牲層の上にできたポリマー溶液の液滴を、金型のような形状のシリコーン素材で成形し、犠牲層を溶解することで得られます。この製造技術により、pDR1Mフィルムは半導体クリーンルームを必要とする従来の手法より安価でスケーラブルな生産ができるとのこと。



pDR1Mフィルムの重要な特性は、ニューロンの複雑な構造を傷つけることなく包み込む柔軟性と、光によって構造が変化するアゾベンゼンの光異性化がもたらす変形機能です。

この性質により、pDR1Mフィルムは光を当てることで細胞に巻き付いたり貼り付いたりすることが可能です。また、フィルムがどのように細胞にフィットするかは、光の強度や向き、フィルムの形状を変えることで正確に制御することもできます。



研究グループは、実際に培養したラットのニューロンにpDR1Mフィルムを導入することにも成功しています。研究グループによると、pDR1Mフィルムは生分解が極めて遅く、また、光が当たらなければ異性化が起きないので所定の位置からずれることも起きにくいとのこと。



pDR1Mフィルムは、数千枚単位で溶液に溶かして体内に注入し、体外から照射した光で変形させてニューロンを包装して使用することが想定されています。

その主な用途は、ニューロンをつなぐ軸索を保護するミエリンの破壊によって引き起こされる多発性硬化症(MS)などの神経変性疾患の治療です。

アゾベンゼンは絶縁体として作用するため、電線を絶縁テープで巻くようにしてpDR1Mフィルムを軸索に巻き付ければ、損傷したニューロンの機能を回復させる人工ミエリンとして機能することが見込めます。



また、将来的にはフィルムに回路パターンを刻印してニューロンの信号をモニタリングするセンサーや、信号を調整する細胞レベルのウェアラブルデバイスとしての用途も考えられます。



by Pablo Penso, Marta Airaghi