アンダーワールド(Underworld)のニューアルバム『Strawberry Hotel』は、デビューから30年以上経った今もなお彼らが未知の領域を開拓し続けていると同時に、特定のジャンルに縛られない自由な精神を持っていることを改めて証明するような作品だ。アルバム前半は90年代の黄金期を彷彿とさせるアンセミックなテクノトラックで固められているが、中盤以降はニューウェイヴやアンビエントやオペラなど、様々なジャンルにインスパイアされた楽曲が並ぶ。特に鮮烈な印象を残すのはアルバム冒頭2曲で、ここで展開される空高く舞い上がるようなボーカルハーモニーは完全なる新機軸だ。

そして『Strawberry Hotel』でもうひとつ目を引くのは、これがアンダーワールド史上もっとも収録曲数が多いアルバムであること(過去作は平均10曲前後なのに対し、本作は16曲収録。さらには、アルバム未収録のシングルも並行して幾つかリリースしている)。一年間に渡って毎週一曲ずつリリースするという過酷な修行のようなプロジェクト『Drift』(2019年)を経て、今の彼らはその創作意欲に一層の拍車がかかっているようだ。この充実期に生み落とされたアルバムの背景を探るべく、カール・ハイドとリック・スミスにZoomにて話を訊いた。

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テクノを愛しているし、音楽を愛している

―『Strawberry Hotel』は、アンダーワールドが持つ音楽的なエクレクティシズムを改めて証明した作品だと思います。そして、ひとつのスタイルに留まらず変化し続けるからこそ、30年以上も音楽シーンをサヴァイヴすることが出来たのだと知らしめる作品でもありますよね。

リック:(笑顔でこぶしを突き上げる)

カール:(満面の笑みで親指を立ててグッドサイン)

―(笑)じゃあ、あなたたちとしては、『Strawberry Hotel』はアンダーワールドの何を表現しているのだと思いますか?

カール:ひとつ言えるのは、僕たちは自分たちを制限していないっていうこと。自分たちはああだとか、こうだとか、決めつけないんだよ。もちろん、それはエクレクティックだっていうことでもある。でも僕の言葉で言えば、自分たちが作りたい音楽を何でも自由に作るっていうことなんだ。

―本作の音楽性は本当に多様ですが、なかでも「Black Poppies」や「denver luna」など、美しいボーカルハーモニーが多用されている曲がまず耳を引きました。

リック:(嬉しそうな顔で両手を突き上げながら)イエス!

―まさにあなたたちの自由な精神が感じられて、とても新鮮でしたが、これはどういったアイデアから生まれたのでしょうか?

リック:気づいてくれてありがとう! おそらく、カールと僕、エスミ(・ブロンウェン-スミス。今作の共同プロデューサーで、リックの娘でもある)では、3人それぞれ違う回答をするだろうね。曲を構築するにあたって、ハーモニーやメロディっていうのは3人ともすごく大事にしているんだ。今回は、3人それぞれが独自の方法でハーモニーの追求をしたと言えるね。

カール:そうだね。僕たちは昔からコーラスのある音楽やハーモニーが大好きだった。ゲオルゲ・リゲティであれ、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングであれ、とにかく素晴らしいよね。

リック:うん。

カール:(美しいハーモニーを聴くと)ワオッ、ハレルヤ! って気持ちになる。で、それをテクノと組み合わせると、これまた素晴らしいものになるんだ。

―こんなにボーカルハーモニーを使うのって、これまでアンダーワールドではやったことないですよね?

リック:ないね。ロンドンオリンピックの開会式用の音楽では使ったかもしれないけど。(開会式をやるような大会場では)音の厚みという点でも、演劇性という点でも、ボーカルは重要だったから。でも、そうだね、こんなにもボーカルを前面に押し出したことはなかったよ。

―新しい挑戦で、刺激的でした。『Strawberry Hotel』のリリースにあたって、「シャッフルしないで聴いてほしい(Please dont shuffle)」というメッセージを出していますが、実際このアルバムは最初から最後まで通して聴きたくなるような、非常に美しいフロウを持った作品だと思います。『Drift』という実験的なプロジェクトを経て、今回、ある意味でオーセンティックなアルバムの美学に立ち返ろうと考えたきっかけを教えてください。

カール:君が「立ち返る」という言葉を使ったのは興味深いね。だって、僕たちは「前に進んでいる」と考えていたんだから。これまでとは別の方法で自分たちを表現しようとしていたし、これまでとは違う方法で前進しようとしていただけだよ。

―ええ、もちろん。ただ、アルバムらしいアルバムを作るという点に関してはどうですか?

リック:今回の共同プロデューサーであるエスミがかなり早い段階でアルバムのマテリアルをざっと聴いたときに、曲の並びに興味をそそられたらしくて。それで、もうちょっとそこで起こっていること、隣り合っている曲同士の関係を追求してみようって決めたんだ。個々の曲を練っていくときも、そこを念頭に置いていた。それで、ひとつの輪が出来たっていうわけだよ。

―なるほど。

リック:『Drift』と今作の違いっていう君の質問の意図は、よくわかる。だって、実際に全然違うアプローチの作品だからね。でも、僕たちはこれまでもずっとアプローチを変えてきたし、それってかっこつけているわけでもなくて、特に理由があるわけでもないことが多いんだ。つまり、これが僕たちの作品の作り方っていうことだよ。本当にね。

―本作はアンダーワールド史上もっともトラック数が多いアルバムで、曲調もとても多彩です。その点では、『Drift』で火がついた創作意欲が持続したまま完成したアルバムだとも感じられたのですが、自分たちとしてはどのように捉えていますか?

リック:「火がついた」って、すごくいい言葉だね。うん、すごく素敵だ。つまり、(『Strawberry Hotel』ができたのは)『Drift』での旅に対する反動であり、その結果でも間違いなくあるから。で、僕たちは、今回のレコードでまた別の冒険を一緒にしているというわけだ。一緒に、というのが大事かもしれないね。

―というと?

リック:今回のレコードは、カールが持ち寄ってきたマテリアルが本当に素晴らしくて。それが僕には嬉しいサプライズだった。これまでで一番素晴らしい歌詞だと思ったし、一番インスパイアされたね。だからこそ今回のレコードは、これまでのほとんどの作品と較べて、(ボーカルの)エディットが少なかったりする。今回の歌詞やその歌い方には、本当に特別なものを感じたから。

―『Strawberry Hotel』は、これまで以上にカールから受けるインスピレーションが大きかったんだと。

リック:で、明らかに、エスミの存在も僕にとってすごく大きかった。っていうのも、これが彼女が僕たちと完全に一緒に制作した初めてのアルバムだから。それが変化の大きなきっかけにもなったんだよ。

―カールは、リックが今言った「一緒にやること」の重要性については、どのように感じているんですか?

カール:僕たちは一緒に仕事をするのが好きなんだ。一緒にやっていると、本当に思いがけないことが起こる。僕がどんなものを持ってきても、リックはそこから自分の予想を遥かに超えたものを作ってくれるんだよ。喜びという言葉を使うと安っぽいかもしれないけど、リックの手にかかって音楽がどんなふうに変化したかを聴くのは、僕にとって喜びだね。まるで巨大で、魔法のように加工された、美しい場所に連れていかれるような感じだよ。だから、リックと一緒にいて、一緒にものを作るのが好きなんだ。

リック:そう、それが一緒にいるということなんだよ。実際、僕たちはしょっちゅう意見が食い違うんだけど――。

カール:いや、そんなことないね。

リック:(一瞬黙って、カールと顔を見合わせる)

―(笑)。

リック:ごめん、一旦最後まで言わせて(笑)。カールって、常に自分の周りで起きたことを記録しているんだ。執拗なほどにね。で、彼はそれを持ち寄ってくる。それって、僕にとってはすごく異質なものなんだ。僕は自分の周りの世界にインスパイアされているからね。

カール:リックは常にサウンドやリズム、ランドスケープを探求しているんだ。だから、この2つのプロセスは同時進行なんだよ。

リック:僕はテクノを愛しているし、音楽を愛しているし、サウンドを愛している。僕にとってはそれが全てなんだ。しかも、歳を取ってから、僕はそこにまた新しい喜びを見つけている。これまでよりも、ずっと大きな喜びをね。で、僕はそういった個人的な感情をカールとシェアするし、カールもそうしてくれる。そういうふうにずっと続けていられるのって、本当に素敵だよね。僕らはこれを何十年も続けているんだよ。僕は今、アンダーワールドとして活動することがこれまでで一番エキサイティングだって心から思っているんだ。だって、これ以上のモチベーションになることってある?

『ストロベリー・ホテル』の真実

―じゃあ、さっきリックが少し話してくれた、エスミが今作に与えた影響について、もう少し具体的に教えてもらえませんか?

カール:リックが答える前に一言いいかな? この質問は、リックにぜひ答えてもらいたいからね。今回はアルバムをまとめあげるっていう恐怖のような作業をリックが一人で抱え込むことにならないとわかって、とても嬉しかったよ。もちろん、それでも大変な作業には変わりないけどね。素晴らしいのは、今回はリックとエスミが一緒に作業して、見事にまとめ上げてくれたことだ。じゃあ、どうぞ(とリックの方を向く)。

リック:エスミと一緒に仕事をするのは、彼女がそこらの凡人じゃなくて、素晴らしい才能を持っているからだよ。エスミには才能がある。彼女は本当に音楽を理解しているんだ。

カール:彼女は僕たちのことも理解しているしね。

リック:だから、カールと僕は、彼女と一緒に仕事をするのがとても楽しいんだ。それに最近は、若い人たちとコラボすることが多くなってきてね。彼らは、僕たちにとってすごく新鮮なエネルギーをもたらしてくれる。そこには何か新しいものが感じられると同時に、自分たちにとって親しみのあるものも感じられるんだ。本当に奇妙な矛盾だよね。素晴らしいよ。

―近年のアンダーワールドは、下の世代とコラボレーションする機会がかなり増えましたよね。アルバム未収録の「Fen Violet」は、ケッタマとのコラボでしたし。

リック:誰かとコラボレーションすればするほど、それは本当に素晴らしいものになるんだ。誰かと一緒に仕事をすると、自分が与えた以上のものが返ってくる――そんなふうに、いろんな人が言うよね? 実際、僕たちもそう感じているんだ。それって、他の誰かとのハーモニーだよね。よく言われることだけど、コロナは僕たち全員、世界中の人たちに影響を与えた。人間としてお互いをどう思うかということに影響を与えたし、お互いに一緒に何かをやりたいっていう気持ちを高めたんだと思う。で、そういう気持ちに僕たちもさせられたっていうことだよ。


Photo by Jon Gorrigan

―なるほど。今作の最初の方には、フロアの熱狂が目に浮かぶような、アンセミックなダンストラックが並んでいますよね。2010年代のアンダーワールドはクラウトロックやニューウェイヴ色を強めていましたが、フロアユースでありながらポップソングとしても聴けるという、アンダーワールドならではのダンストラックを再び作るようにあなたたちを後押ししたものは何だったのでしょうか?

カール:僕のパートナーであるリックは、いまもコンテンポラリーなエレクトロニックダンスミュージックに対して、すごく情熱を持っているからね。僕はそのことにとても感謝しているんだ。だって、そうじゃなかったら、おそらく僕は別の惑星の音楽でも聴いていただろうから。つまり、リックが僕たちを駆り立てて、この素晴らしい旅を続けさせてくれているんだよ。それは僕たちのライブにも絶大な影響を与えているし、ライブは曲作りに大きな影響を与えている。僕たちはこの世界にフィットしないような、とんでもないものを書いてしまうこともあるけど、彼は信じられない方法で、それをこの世界にフィットするように解釈する道を見つけ出すんだ。僕はいつも驚かされているよ。

リック:僕たちは音楽を作るのが大好きだし、レコードを作るのも大好きだ。そして、ライブでたくさんの人の前で演奏すること――例えば(今年のソニックマニアのような)幕張での経験みたいなものは、僕たちにとって本当に大切なんだ。プライスレスだよ。大勢の人々の前で演奏するチャンスが与えられているのは、僕たちにとって最高の贈り物だね。そこに素晴らしいハートを持った人たちが集まれば、音楽のリズムに乗って、すごいことが起きる。美しくて、ポジティヴな、素晴らしいものが生まれるんだよ。それが僕たちの原動力なんだ。「一緒に踊りたいかい? さあ、一緒に踊ろう!」ってカールがライブで言うよね。僕たちがそういった気持ちをずっと忘れないのは、ライブで最高の経験をしているからだよ。これって僕たちに与えられたギフトなんだと思う。

―先ほどリックが今回はカールの歌詞が素晴らしいと言っていましたが、私も同感です。特に「Black Poppies」の歌詞はとても印象的で、ダンスフロアに集まったオーディエンスや、いつまでも変化をして前に進み続ける自分たちを祝福しているようにも感じられました。実際はどのような意味合いで書かれたものなのでしょうか?

カール:誰かの解釈に対して、自分の解釈を言うのって、犯罪みたいなものだよね。僕たちはそんなことしたくない。だって、誰かの解釈を聞いたときの僕たちの反応って、基本的に「ワオッ、なんて美しいんだ! なんて素晴らしいんだろう!」ってものなんだから。

リック:うん、すごく美しいって感じたよ。

カール:僕の解釈は、君のとは異なる可能性がある。でも、それぞれが独自の解釈を持っているって素晴らしいことじゃない?

リック:僕もカールの歌詞については、自分にとって何らかの意味があるということ以外はわからないんだよ。そこにどういった意味が込められているかとかは、わからないんだ。でも、僕たちがずっと一緒にやっていくには、それが本当に大切なことだった。だってカールは、「僕はこの言葉をこういう意図で書いたから、こういう音楽をつけてくれないと困る」っていうリクエストはしてこないし、むしろ、僕に自由に言葉を解釈させて、自由に音楽を作らせてくれるんだから。それがカールの凄いところで、だからこそアンダーワールドのマジックが生まれるんだと思う。僕はカールみたいに解釈の自由を与えてくれるアーティストは他に出会ったことがないね。

―「Ottavia」では、モンテヴェルディ作のオペラ「ポッペーアの戴冠」の英訳が朗読されています。「ポッペーアの戴冠」は愛が人々の人生の歯車を狂わせていく物語ですが、この作品のどのようなところにインスパイアされたのでしょうか?

リック:(この曲で朗読している)エスミが近くにいるから、彼女に訊かないとね。エスミはオペラ歌手なんだよ。(エスミに向かって)ちょっと話しなよ!

カール:彼女は僕たちのマネージャーの一人でもあるんだ。

*エスミがZoomの画面に登場

エスミ:急いで説明しますね。私に話を訊くための取材じゃないでしょうから(笑)。私がオペラを歌った経験、「ポッペーアの戴冠」を歌った経験、そしてイタリア語でアリアを歌った経験から2人に話したのは、1500年代に生きた昔の男性が書いたものであっても、その言葉の意味は現代社会でも女性にとって依然として重要だということでした。この曲は最初のオペラのひとつのようなものですが、それなのに、女性とはどういう存在なのか、現代社会で存在するとはどういうことなのかについて、驚くほどの洞察力に富んでいるんです。だから、そのことについて彼らと話し、ただ、それがどんなにクレイジーで、どんなに興味深いものかをしゃべりまくりました。このとき、リックは既に「Ottavia」のバックトラックを作っていたんです。で、それからこの歌詞について話し合っていたら、「Ottavia」のトラックにこの歌詞を乗せるのはどうか、というアイデアが出てきました。全体として、とても自然にまとまったと思います。私たちがアルバムの他の曲から見つけ出したテーマと同様に、コーラス的な側面、ハーモニーやオペラとテクノの融合というアイデアは、最高にイカレてるものでした。だから、基本的にそのアイデアを採用したということです。じゃあ、さよなら!(と一気に話し、画面の前から立ち去る)

カール:(テレビ番組の司会者を真似て)スポンサーによる幕間劇でした、どうもありがとう。

リック:じゃあ、今夜のショーに戻ろうか。

―(笑)いや、とても参考になりました。エスミによろしくお伝えください。では、『Strawberry Hotel』というアルバムタイトルに込めた意味合い、そして本作におけるストロベリーとはどういったイメージなのか、教えてもらえますか?

カール:アルバムのタイトルは、毎回、思いつきで決めてるんだよ。昔からそうしてきた。実際、僕らのアルバムのタイトルは、ほとんどリックが考えたものだね。で、みんなで、「うん、これだ!」ってなるっていう。もともと「Strawberry Hotel」っていうのは、僕たちが書いたもののタイトルだったんだけど、それが気に入って(*本作収録の「Gene Pool」は、正式な曲名が発表される前は「Strawberry Hotel」というタイトルでオーディエンスショットがアップされていた)。最終的にそれが定着したような感じなんだ。その言葉が喚起するイメージが気に入ったんだよ。言葉の響きも好きだしね。

リック:その通り。サンフランシスコでその曲を書き始めたんだけど、本当にひどいホテルの部屋でさ。

カール:ひどいホテルって(笑)。

リック:2016年頃の話だね。

カール:確か、茶色いホテルだった。茶色で、何の特徴もないようなホテルで。ほとんど地獄のような場所だったね。

―(笑)プレスリリースを読むと、この『Strawberry Hotel』というアルバムは実際のホテルに見立てられていて、個性豊かな楽曲群はホテル内の様々な部屋として考えられている、と解釈できますよね。

カール&リック:そうそう!

―じゃあ、アルバム制作にあたって、そのようなアイデアがあなたたちにあったということ?

リック:いや、そうじゃない。アルバムを作り上げてから考えたものなんだ。そうするべきだしね。

カール:僕たちは『King Arthur on Ice』(*リック・ウェイクマンのアルバム『アーサー王と円卓の騎士たち』にアイスショーを融合させたライブアルバム)のようなコンセプトアルバムを作っているわけではないからね。物事を進めてみて、この総称は何だろう? 今の僕たちにふさわしいタイトルは何だろう? って考えるんだよ。

―でも、アルバムがホテルで、曲が個性豊かな部屋という捉え方は、今作ではしっくり来ますよね。

カール:うん、それって素晴らしいよね? 素敵だよ。

リック:そんなホテルがあったら泊まりたくない?

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アンダーワールド
『Strawberry Hotel』
2024年10月25日(金)発売
日本盤:SHM-CD/ボーナス・トラック1曲収録/解説付
再生・購入:https://virginmusic.lnk.to/UW_SH