「これをやっていけば成長する」堂安律を変えた独名伯楽の妙案 日本代表にも好影響を与える“10番”の成長曲線【現地発】
フライブルクの攻撃の起点となる堂安。(C)Getty Images
「目の前の敵を抜けばいいだけ」
昨シーズン限りで惜しまれつつもフライブルクの監督を辞したクリスティアン・シュトライヒ。育成年代の指導者時代も含めて29年もフライブルクで指揮を取っていた名伯楽だ。些細な妥協も許さず、常に全身全霊でサッカーと向き合う59歳のドイツ人指揮官の薫陶を受け、フライブルクでも多くの選手が素晴らしい成長を遂げた。
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そんなシュトライヒが日本代表MF堂安律の話になると嬉しそうに語る姿を、筆者は昨日のことのように思い出す。
「リツには非常に満足している。彼は大事な成長プロセスの中にいるんだ。自分がやるべきことに非常に興味を持って取り組んでいる。積極的に多くの質問をしてくるし、ビデオ分析にも精力的だ。非常にプロフェッショナルな人物だよ。とてもオープンな人柄で、よく話をするし、ディスカッションをする。彼のような選手、人間とともに仕事ができることは喜ばしいことだよ」
かくいう堂安もそうだ。シュトライヒの話になると、「いっぱいどやされてます」「きついっすよ」と言いながらも表情はいつだって明るく充実感に満ち溢れていた。
日本代表では10番を背負う堂安だが、昨季はレギュラーから外される時期もあった。どうにもギアが上がらない。不調の選手が出たら他の選手と交代して対応する監督も少なくはない。だが、シュトライヒは、堂安を起用しながら復調するためにどうしたらいいかを模索し続けた。そして見出したのが、5バックの右ウイングバックでの抜擢だった。
堂安の本職は攻撃的な2列目。これまでプレー経験がないポジションでの起用は驚きでもあった。ある試合の記者会見後に、シュトライヒに直接、ポジション変更の意図を尋ねたことがあった。
「シンプルにプレーできるには何が必要かを考えたんだ。リツにはサイドラインを背負う形でプレーをしてもらおうと思ったんだ。彼にはそうしたラインが必要で、そこからゴールへ向かうというプレーのイメージだよ。そうすることでプレーがわかりやすく、やりやすくなると思ったんだ。うまく機能するかはわからなかったが、試してみようと思った」
堂安もシュトライヒの決断を当時から前向きに受け止めていた。次のように心境を明かしている。
「監督は自分の特徴を生かしたいと。調子が悪いときは真ん中でボールをもらうのが難しい。サイドで受ければシンプルに、目の前の敵を抜けばいいだけなので、監督のアイディアも理解してます。もちろん守備でのタスクは増えますけど、そのおかげでサイドの攻防も強くなってると思うんで、メリットもあるかなと思います」
フライブルクに来てからの堂安はチーム内における守備のバランスや、ボールを奪いに行くタイミングにかなり気を配っている。試合後もその点に関する言及が少なくない。それはひとえに高い意識で取り組めている表れなのだろう。
そうした精力的に汗をかくプレーはブンデスリーガのみならず、ヨーロッパの舞台で戦うためには必須。一方で負荷の高いダッシュを繰り返し、長い距離を走る中で、オフェンス面で変化をつけられ、最後のところで相手を上回るプレーが求められている。
「後ろで守りながら出ていくというのはやっぱ強度も高いです。ただ、これやっていけば成長すると思うんで」
守備面でも成長を実感する堂安。その姿はなんとも頼もしい。(C)Getty Images
考えるより先に身体が動き、アクションがリンクする
より厳しい環境に身を委ね、短期的な結果に振り回されずに常にその先にあるものへ向けてアジャストしていく。これによって堂安は、ある時に「きつい」と思っていたことが、自然と「当たり前」になってきているに気づいた。
考えるより先に身体が動き、一つひとつのアクションがどんどんとリンクする。そうしてウイングバックからゴール前への飛び込む頻度も増え、昨季終盤にはゴールも増えだした。
すべては繋がっている。ゴールを決めたある試合後、堂安はこんな話をしてくれた。
「右サイドで崩して中に入っていくのが、ポジションがウイングバックで少し下がり目であっても意識はしてるんで、よかったかなと思います」
今シーズンはユリアン・シュースター新監督の下、また本来のポジションである攻撃的MFへ戻った。ただ、ウイングバックでの経験が備わり、今までよりも幅広いプレーができるという感触をつかんでいる。
「プレー範囲は広がっていると思います。守備の仕方のところでもいろいろ学びました。本来自分の生きるポジションはウイングなので、そこはこれからまた伸ばしていきたいなと思います」
選手としてのスタンダードレベルはぐっと上がり、「シュート数というのは今年一番意識しているところ。そこの質ももちろん大事ですけど、50%のシーンでもシュートを狙っていくとかは意識していこうかなと思っています」という堂安。ゴールへの意識も変化している。
これまでは右サイドからカットインをして左足シュートというパターンが強みだった分、相手に警戒された。シュートに持ち込もうにも守備陣にコースを消されてしまう。だがサイドでの起点作り、逆サイドに展開されたときの飛び込み、ビルドアップ時に外だけではなく中に入ってもらう動き出し、味方との連係プレーなど、プレーの幅と質がアップしたことで相手も絞り切れない場面が増えた。
そうすることで、得意だったカットインのシュートパターンも生きてくる。実際、今シーズンのブンデスリーガ4節のハイデンハイム戦では、元オランダ代表FWアリエン・ロッベンを彷彿とさせる見事な左足シュートでゴールをマークした。
たしかに成長はしている。だがここで満足はしない。貪欲に、さらなる成長を目指して堂安は今日も走る。
[取材・文: 中野吉之伴 Text by Kichinosuke Nakano]