大谷翔平がイチローや野茂を超え到達した「地点」
(写真:AP/アフロ)
今となっては、よく思い出せないが、今年の春先、今年からロサンゼルス・ドジャースと10年1000億円を超す超大型契約を結んだ大谷翔平に対し、我々はこれほどの活躍を予想してはいなかったのではないか?
大谷翔平は前年9月19日に2回目の右ひじ側副靭帯の修復手術を受けている。今回は、自分の身体の他の部位の靭帯を移植する単純なトミー・ジョン手術ではなく、トミー・ジョン手術とインターナルブレース(人工靭帯)を組み合わるハイブリッド手術だったとされる。この手術は成功率が高いうえに、リハビリ期間が短くなるといわれている。
それにしても、今季はその「リハビリ期間」に当たる。大谷にとっては2025年の投手としての再生を目指して自重すべき時であって、打者一本でいくにしてもその活躍は「限定的」ではないかと思われた。
水原一平通訳の解雇もあったが…
今年のドジャースのペナントレースは、韓国の高尺スカイドームでのサンディエゴ・パドレスとの開幕戦でスタートしたが、この直後に大谷の水原一平通訳が違法賭博に関与したとしてドジャースを解雇された。
大谷翔平と水原一平は、大谷が2018年にMLBに挑戦して以来、一心同体のようだった。大谷に寄り添う水原の影響は絶大だと思われていた。その水原の突然のスキャンダルは、移籍したばかりの大谷に黒い影を投げかけたと思われた。
大谷は開幕直前の2月29日に真美子夫人との結婚を発表していたが、とにかく移籍に加えてあまりにも身辺があわただしく「野球どころではない」印象を与えた。
事実、開幕から自己ワーストの40打席無本塁打も記録し、多くのファンは「今年はリハビリ途上なんだから、打者として規定打席に到達して、そこそこの成績を上げてくれればいい」と思ったのではないか。
前人未到の「50-50」を達成するまで
しかし大谷翔平本人はそうは思っていなかったのだろう。ムーキー・ベッツ、フレディ・フリーマンという2人のMVP受賞者に挟まれて、大谷は次第にこの2人を凌駕する成績を上げるようになるのだ。
ベッツが死球で戦線離脱、フリーマンも故障やプライベートの事情で試合を休みがちになる中、大谷はほぼフル出場を続け、オールスター戦でも初ホームランを打つ。
7月ころには、走塁に文字通り加速がつき始める。MLBでは同一シーズンに30本塁打30盗塁することを「30ー30」という。パワーとスピードを併せ持つスーパーアスリートにしかできない大記録とされるが、大谷は8月3日、史上最速の108試合目で30-30を達成すると126試合目の8月23日には過去に5人しか達成していない40-40をサヨナラ満塁ホームランで達成。
それから1カ月足らず、150試合目の9月19日には6打数6安打3本塁打10打点という歴史的な打棒大爆発で、前人未到の50-50を達成した。
終わってみれば「二刀流の大谷翔平が、バットだけに専念すれば、こんなにすごい記録が達成できるんだ」ということではあるが、日本のみならずアメリカの野球ファンも、唖然としながら大谷の大活躍を見守った。
日本では大谷が移籍した2018年以来、スポーツニュースのトップで大谷を報じてきたが、今年はMLBの公式サイトも、ESPNなどのスポーツサイトも、トップの大見出しで連日、大谷の活躍を報じるようになってきている。ちょっと信じられないような事態になっているのだ。
大谷翔平は、競技でものすごい記録を次々と打ち立てているだけではない。観客動員という点でも、すさまじい数字を叩きだしている。
大谷は敵地の試合でも観客を集める
記録サイト「Baseball Reference」によると、今季から所属するロサンゼルス・ドジャースは、昨年の段階でも主催81試合で383万7079人、1試合平均4万7371人を集客した。これはMLB30球団でトップの数字だ。
今季のドジャースは、同じく主催81試合で394万1251人、1試合平均4万8657人を集めた。昨年より2.7%の増加だ。
これも「大谷効果」かもしれないが、もともと連日満員に近い本拠地ドジャースタジアムでは、大谷人気による動員増はあまり感じられない。実は、大谷は敵地の試合(ロード)でも、大観客を集めているのだ。
昨年からMLBはインターリーグ(交流戦)の枠を広げ、各チームは両リーグのすべてのチームと対戦することとなった。
ドジャースは、ロードで22チームと対戦した。それらのチームの平均観客数(A)と、大谷が出場した試合の平均観客数(B)を並べるとこうなる。(%)は、大谷出場試合と、すべての試合の平均観客数の比だ。
大谷の出場試合はどれほど観客が集まるのか
対戦した22チームの内20チームで、大谷が出場した試合の観客動員が、平均の動員数を上回っている。それも大きく上回っているチームが多い。
激増しているのがオークランド・アスレチックス。このチームは本拠地をラスベガスに移転することが決まっているため、ほとんどマーケティングを行っていない。平均観客数はMLB最下位の1.1万人。一部のチケットが1000円程度で投げ売りされているが、大谷が出た試合は2.7万人も観客が詰めかけている。
大谷の出場試合は平均観客数が増加
大谷の古巣のエンゼルス、今季、1901年以来最多の121敗を記録したホワイトソックスやタイガース、レッズなどでも観客が大幅に増えている。ここまで観客が増えると、大谷の出場試合では、観客席の景色が違って見えたはずだ。
観客数が平均より少なかった2チームのうち、ツインズは4月8日からの3連戦だったが、この3日間は曇り、摂氏9度前後と極端に寒かった。まだ開幕直後で「大谷ブーム」は起こっていなかったこともあり、閑散としていたようだ。
同じ西地区のライバル、パドレスの主催試合が、平均より少し少なかったのは、3月20日、今季の開幕戦が韓国の高尺スカイドームという1.5万人しか入らない球場で行われたからだ。超満員の1万5952人が入ったが、本来の本拠地、ペトコパークなら4万人以上入ったはずで、その1試合が響いて平均を下回ったのだ。
22チームの主催試合の平均観客数は2万9296人、これに対し大谷が出た試合は3万6422人と24.3%も多くなっている。ちなみに2023年、ドジャースのロードでの観客動員は1試合平均3万2292人だったから、今季は12.8%も多くなっている。相手チームも大谷が試合に出場するのは大歓迎だったはずだ。
大谷はホーム81試合で28本塁打、ロード78試合で26本塁打と、敵地でも変わらないペースで本塁打を量産した。これも、大谷人気に拍車をかけたのだろう。
大谷が昨年まで在籍したロサンゼルス・エンゼルスは、昨年、主催81試合で264万0575人。1試合平均3万2600人を動員していたが、今季は257万7597人、1試合平均3万1822人と観客数を減らしている。
MLB全体では昨年は7074万7365人、1試合平均2万9114人を動員したが、今季は7134万8366人、1試合平均2万9374人と微増している。
野茂英雄やイチローとも違う大谷の注目度
そもそもインターリーグの拡大は、ファンにより多くの対戦カードを組んでさらなる興味を引き付けようという意図で実施されたが、その目玉は「大谷翔平」だったといわれている。
野茂英雄、イチロー、ダルビッシュ有、田中将大と、これまでもMLBで活躍して話題になった選手はいた。
しかし、これらの選手は「日本国内で大騒ぎしているほどに、アメリカでは取り上げられていない」場合が多かった。彼らはもちろん一流選手だったが、他のメジャーのスター選手に比べて、とびぬけて注目度が高かったわけではない。
しかし、今季の大谷翔平は、MLBの公式サイトで、ほぼ毎日トップでその活躍が伝えられ、試合の写真が大きく紹介された。
公式サイトの「Suggested Follows」というファンに選手をSNSでフォローすることを提案するコーナーの筆頭にも大谷翔平の写真があった。
大谷翔平は正真正銘の「MLBの顔」、トップスターになったのだ。
大谷翔平はスポーツの壁を越えて注目
MLBは「Old Ball Game」といわれる。競合する「北米4大プロスポーツ(NFL=アメリカンフットボール、NBA=バスケットボール、NHL=アイスホッケー)」の中では、ファンの年齢層が高く劣勢だといわれているが、同じロサンゼルスに本拠地を置くNBAレイカーズのスーパースターのレブロン・ジェームズが、大谷翔平の50-50達成をX(旧ツイッター)で祝福するなど、スポーツの壁を越えて注目されつつある。
野茂英雄がMLBに挑戦して29年目の今年、我々は初めて日本発の「スーパースター」を輩出したといってよいのではないか。
(広尾 晃 : ライター)