女形のホープとして注目される中村壱太郎

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 中村鴈治郎(65)の長男、中村壱太郎(34)と鴈治郎の弟、中村扇雀(63)の長男、中村虎之介(26)は、ともに成長著しい期待の若手だ。華やかな芸能ファミリー。上方歌舞伎の復活・継承に生涯を懸けた名優・坂田藤十郎さん(2020年死去、享年88)を祖父に持つ。これまであまり将来を語り合ったことはないとのこと。しかし、個々に話を聞いてみると、見据える先にあるのは、使命感と覚悟を含んだ同じものだった。

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 壱太郎は11月の立川立飛歌舞伎(21〜24日、東京・立川ステージガーデン)の新作舞踊「玉藻前立飛錦栄(たまものまえたちひのにしきえ)」で1人9役に挑む。「お染の七役」で7役早替わりを経験しているが、9役は自己最多。「経験をフル活用するのはもちろん、お弟子さん、衣装さん、床山さんとの連携が大事です」。高尾山薬王院を舞台に九尾の狐伝説をモチーフにした物語。「必ず再演できる作品にしたい」と完成度の高い作品に仕上げるつもりだ。

 宙乗りに初挑戦する。「高校時代に部活で水泳の飛び込みをやっていたので、下に降りるのは得意なんですが、高いところに停滞するのが苦手で。ちなみにゴキブリやお化け屋敷も苦手です」と意外な一面を明かす。

 成駒家の御曹司。祖父の藤十郎さんからは女形としての“心構え”をたたき込まれたという。「もし立役と芝居がかみ合わないことがあっても、自分の主張をするのではなく、相手の芝居を受けて、合わせること。それが大事だ」と。その教えを胸に「相手に合わせてカメレオン的に変身できる女形でありたい」と日々、精進している。

 いとこの虎之介は上方の伝統を受け継ぐ同志だと思っている。5月に虎之介が出演した歌舞伎町大歌舞伎「福叶神恋噺(ふくかなうかみのこいばな)」を見た。「すごくお芝居がどーんと心に響いた。親戚だからではなく、本当にすてきで」。これまでは、それぞれの立場で研鑽(けんさん)を積んできたが、「家の芸である『封印切』を虎と一緒にやりたい」とはっきり語った。見たい人は多いだろう。

 古典から新作まで幅広く役が続く一方で、コロナ禍の休演時に配信企画「ART歌舞伎」を始めるなど、歌舞伎界きってのアイデアマンでも知られる。「芸能は神様から始まったものですから。芸に身を捧(ささ)げなければ」。移動で新幹線に乗れば、その中で企画書を作成するなど、頭はフル回転。「息を抜くことはないです。運命。ずっと走り続けている感覚。立ち止まらないことが、心の支え」と頼もしい。

 一時は立役にも興味を示したが、現在は女形に専念。「ありがたいことに女形の大きなお役をいただける機会が増えてきました。その主軸がぶれてはいけない。今は立役の相手役(女形)としての芝居を磨きたい。その思いが強いです」(有野 博幸)