「やるやる詐欺」を連発している人、いますよね(写真:jessie/PIXTA)

10代のころには勉強で、大人になってからも大切な仕事やなにか新しいことを始める前にいつも立ちはだかる「先延ばしグセ」。

ダラダラとゲームや動画などの気晴らしに時間を浪費することで後悔することが多いものの、娯楽をガマンすることでストレスになって、かえって集中できなくなるのでは……?

実は最新の心理学では「やらなければいけないことと、娯楽を同時に味わうほうが生産性は高い」という知見が発表されている。

全米で称賛されている『THINK FUTURE「未来」から逆算する生き方』の著者で心理学者のハル・ハーシュフィールド氏は、タスク処理や習慣づけには、好きと嫌い、面倒と楽しいものという正反対のものを組み合わせると、うまくいくと解説する。

「娯楽は勉強の邪魔になる」は時代遅れ

ペンシルベニア大学ウォートン校の行動科学者ケイティ・ミルクマンは、博士課程に入学して間もないころ、難度の高いコンピューター・サイエンスの授業に出席しながら、ジムに通うモチベーションを保とうと必死だった。


そんな生活の中でどうしても譲れなかったのは、のんびり本を読むひとときだったという。夜になると好きな新刊書籍を読んで過ごした。

私たちは目標達成のためには娯楽は禁物と考えがちだが、もしネットフリックスを観なかったら果たして生産性がアップするだろうか。趣味を味方につける方法はないだろうか――と考えたミルクマンは、読書を楽しむ欲求を生産性アップにつなげることを模索した。

ミルクマンは、ユニークな科学者だ。その独創性の一部は必然性から生まれたものだ。自分自身の人生(そして数え切れないほど多くの人々の人生)に伴う困難をどう乗り越えればいいか、彼女は常に模索している。

あるとき、私たちは会う約束をしていた。2人ともその後にすぐ用事があることが判明したことで、彼女は、用事の10分前に電話で話をしようと提案してきた。

「そうすれば時間をムダにせず、本題に入ることができるでしょう」

彼女はいつもこんなふうにユニークな考え方をする。

「ながら運動」のほうが効果は倍増する

「楽しいことと楽しくないことを同時に行う」というのも彼女のアイデアだ。

「ジムで運動しながら小説を1章分だけ読もう」

「ペディキュアをしながら勉強しよう」

彼女が「ご褒美とのカップリング」と名づけたこの戦略は、面倒やストレスの原因になりそうなことをかたづけるにはぴったりの方法だ。

この戦略は他にも効果があることがわかっている。たとえばペンシルベニア大学の学生を対象に行った実験がある。ミルクマンの研究チームは大学のキャンパス内にあるジムと提携し、秋学期が始まると、学生を誘い運動をさせた。

学生を3つのグループに分け、1つ目のグループには運動だけに専念させた。2つ目のグループには娯楽を提供し、楽しみながら運動をさせた。ここでの娯楽は研究チームが用意したオーディオブックを学生のiPodにダウンロードしたもので、学生たちはそれを聴きながら運動した。3つ目のグループには少々過酷な手段をとった。2つ目のグループと同様、オーディオブックを聴かせながら運動をさせたのだが、オーディオブックがダウンロードされているのはジムが所有するiPodなので、学生たちはジムに来ないとオーディオブックの続きが聴けないというカラクリになっている。

その結果、最初の数週間で見た場合、3つ目のグループは1つ目のグループ、つまり運動のみに従事したグループと比較すると、運動量が51%増加した。2番目のグループは運動量が29%増加した。

24時間営業のジムでも実験を行った。4週間の介入期間とその後の約4カ月にわたる期間中、利用者に無料のオーディオブックを提供したところ、ジムに通う頻度が上昇した。

ミルクマンいわく、「ご褒美とのカップリング」のよさは、気分次第でご褒美を変更できることだという。本が好きなら、数週間ごとに別の本に替えるのもいいし、本でなくてもいい。

大切なのは自分が楽しいと思えるものをカップリングすることだ。より現実的な話をすれば、現在つらいことに取り組んでいる場合、その苦労が笑顔につながるような事象と組み合わせることで、よりよい結果がもたらされるといったしくみをつくると効果的だ。

退屈、かつ大切な習慣ほどさぼりやすい

このアイデアを利用し人気を博しているのが「懸賞つき定期預金」として知られる金融商品である。貯蓄という節約行為を宝くじや懸賞品とセットにすることで、人々に夢を与え、貯蓄を促すというしくみだ。

楽しいことと楽しくないことを組み合わせる方法については、より可能性を秘めた戦略がある。カリフォルニア大学ロサンゼルス校のビジネススクール、UCLAアンダーソン・スクール・オブ・マネジメントでマーケティングを教えるアリシア・リーバーマン助教は私の同僚だが、彼女が提唱しているのが「歯磨き」との組み合わせだ。

リーバーマンによれば、私たちは総じて歯を磨く時間が短い。彼女は常日ごろからさまざまなことに情熱を注いでいるが、かつて公衆衛生に携わっていた経験から、口腔ケアに対する意識が高い。歯科医は1回につき2分間の歯磨き(それを1日2回――当然だが)を推奨している。

しかし洗面所に立って歯を磨いていると、2分間という時間はやけに長く感じる。番組をストリーミング配信したり、SNSをチェックしたり、無心でポテトチップスを食べたりしているときには、それほど長く感じないのに。

リーバーマンは歯磨きに「気晴らし没頭法」を取り入れるよう推進している。歯磨きや手洗い、散歩のように、退屈だが大切な習慣をさぼってしまう場合、「気晴らしになるようなことを一緒に行うとうまくいく」というのだ。

気を取られて歯磨きがおろそかになってはいけないが、それでも効果がある。実際、リーバーマンの研究チームの実験によると、クマやオオカミが登場する見ごたえのあるドキュメンタリーを観ていた被験者が歯磨きにかけた時間は、淡々と自然の風景が流れるビデオを見ながら歯を磨いた被験者より、約30%長かった。

「気晴らし没頭法」が「ご褒美とのカップリング」と異なるのは、退屈なタスクとペアで行う行為は「少しだけおもしろいもの」でなければならないということだ。

一石二鳥ばかり狙うと楽しみが奪われる

より複雑な気晴らし、たとえばスマホアプリの難しい単語ゲームをやりながら歯を磨いたりすると、夢中になってしまい、歯を磨くのを早々にやめてしまう可能性がある。

もう1つ重要な違いがある。「ご褒美とのカップリング」は(ジム通いなどの)行動を始めるのには役立つが、「気晴らし没頭法」はタスクを習慣づけるのに効き目がある。

この戦略は会社でも応用できる。リーバーマンも提案しているが、従業員に手洗いの習慣を定着させたかったら、トイレの鏡に電光掲示板などを設置し、毎日のニュース記事を配信すればいい。オーディオブックやポッドキャスト、あるいは好きなアーティストの新譜を聴けば、退屈なタスクもはかどるのではないだろうか。好きなことと嫌いなことの組み合わせは、歯磨きから税金納付、掃除にいたるまで、さまざまな場面で効果を発揮する。

ただし、気をつけておきたいことがある。一石二鳥ばかりを狙っていると、本当に好きな趣味を純粋に味わえない可能性がある。楽しいこととあまり楽しくないことは、必ずしも同時に行う必要はない。ときにはおもしろい本に没入したり、ドラマの新シリーズを夢中で観たり、エステサロンに行ったりする「だけ」の時間も必要だ。

こういった方法は、場合によっては極端に走る可能性もある。たとえば最近、中国のマクドナルドの店内の写真が公開され、話題になった。客がエアロバイクで運動しながらビッグマックを食べている写真だ。これはコメディアンのミッチ・ヘッドバーグがジョークにした「悪を善でカバーする」行為から逸脱していると思う。とはいえ「やりたいこと」と「やるべきこと」の組み合わせは、なりたい自分に成長する一助になるかもしれない。

(ハル・ハーシュフィールド : UCLAアンダーソン・スクール・オブ・マネジメント教授)