ペットショップで “売れ残る犬・猫たち”の行方「ビッグパピー」「マナードッグ」…大手ペットチェーン店が模索する売れ残りを出さないための取り組み

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年々伸び続けているペットショップ関連市場の規模は2024年度には1兆8370億円に達すると予想されている。この成長市場を支えているのは言うまでもなく、犬や猫などのペットたちだ。しかし、どうしても気になるのは“売れ残る”ペットたちの存在ではないだろうか。大手ペットショップチェーンの対応はどうなっているのか。

【画像】4か月売れないと仕入れ価格と販売価格が逆転する子犬と子猫

『猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷」たち』(朝日文庫) より、一部抜粋、再構成してお届けする。

売れ残った“在庫”はどこへゆくのか

ペットショップについて考えるうえで避けて通れないのが、売れ残る子犬・子猫の存在だ。

生体を流通・小売業として販売するということは、それぞれの会社が在庫を抱えていることを意味する。普通に考えれば、抱えた在庫を100%販売できる流通・小売業は存在しない。

ペットショップも例外ではない。

そのことが業者による売れ残り犬の遺棄につながってきたことは、拙著『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』(朝日文庫)で詳述した通りだ。

一方で、売れ残った子犬や子猫でも、「価格を下げれば売れる」という考え方も存在する。では実際には、どのような値引きが行われているのか。

ペットショップチェーンのAHBでは、年間50匹程度の売れ残りが出ることを明らかにしている。そのうえで、売れ残ってしまった子犬や子猫は、すべてを社員らが引き取ることにしているとする。年間の販売数が約34000匹だから、約50匹の売れ残りというのはずいぶん少ない印象を受ける。同社では、なるべく売り切るために値下げをすることで、売れ残りをこの程度の数まで抑えこんでいるようだ。

「店頭に出してからしばらくすると、1週間単位で値下げを始めます。だいたい4カ月くらい売れないままだと、仕入れ価格と販売価格が逆転します」(岡田寛CA事業本部長)

そして、繁殖業者と直接取引をしている同社にとっては、繁殖業者による遺棄も防ぎたいところ。岡田氏は、そのために「契約ブリーダーが何頭の繁殖犬を持っていて、リタイア犬をどうしているのか、厳しくチェックしています」とも言う。

またAHBは、繁殖業者向けに講習会を行っているのだが、すべてのプログラムの終了後に、繁殖業者たちに懇親会の席を用意している。そこにはこんな狙いがあると言う。

「ブリーダーは一匹狼のようなところがあり、横のつながりがあまりない。懇親会の場で横のつながりを作ってもらい、たとえばどうしても廃業せざるを得ない時などに、仲間になったブリーダーに繁殖犬などを引き取ってもらえるようにしています。仲間の業者に余裕がなければ、私どものほうでほかの業者に仲介をしたり、いったん会社の施設で引き取ったりもします」(岡田氏)

実際、契約先は年に数%程度、廃業するところがある。そんな時に手をさしのべるところがなければ、繁殖犬・猫たちには悲惨な運命が待ち受けている。

「ビッグパピー」「マナードッグ」…値崩れしないための取り組み

ペッツファーストでは、店頭で生後半年を超えた犬に「ビッグパピー」という名称をつけ、在庫管理を行っている。ビッグパピーは常時、全国に20匹ほどいるといい、3万~5万円程度の価格設定にして売り切ることを目指している。

「ビッグパピーと名付けることで、こういう子が増えすぎないよう、社員に意識づけています。病気などがあってどうしても売れない子は、栃木県日光市で運営している老犬ホーム『ペットリゾートカレッジ日光』でケアするようにしています」(正宗伸麻社長)

コジマの場合は、「滞留時間が長くなるという問題はあるが、売れ残る子はほとんどいない」(小島章義会長)とする。それでも売れ残ってしまう場合、繁殖業者に無料で譲ったり、社員を対象に「里親」を募ったりする。

ただ同社は、「ディスカウントをしてしまうとイメージが悪い」という考え方を持つ。そのうえでなるべく売り切るために、大きくなってきた犬にはトレーナーによるしつけを始める。トイレや散歩のしつけをほどこして、付加価値をあげたうえで販売するという取り組みだ。

売れ残りつつある犬が値崩れしないための取り組みは、他社でも取り入れている。

「マナードッグ」。AHBでは2014年から、大きくなった一部の犬たちにそんな名称をつけたうえで、価値向上に努めてきた。

具体的には数十人のドッグトレーナーと提携。トレーナーのもとで①トイレトレーニング、②かみつき抑制、③吠え抑制、④飛びつき抑制、⑤社会化などを1カ月かけて身につけさせる。

さらに、このトレーニングを終えた犬を希望する消費者に対しては、すぐに販売をするのではなく、「1日お預け」をする。そのうえで消費者が納得すれば、ようやく正式に販売する。こうした取り組みの結果、販売価格は1カ月分ほど維持できるようになっているという。

同社の担当者はマナードッグの取り組みの狙いについて、こう話す。

「犬は店頭に置いておくと価値が下がるもの、という常識を変えたかった。そして、衝動買いをするべきではないという考え方も浸透させたかった」

ペットの健康チェックと「入荷基準」

ペットショップがどのように子犬・子猫を管理しているのかも気になるところだろう。ペットショップチェーンの多くは、いったん子犬・子猫を1カ所に集めて社員獣医師による健康チェックなどを行う流通方式をとっている。

たとえばAHBは全国7カ所に、仕入れた子犬・子猫の集中的な診療施設を設け、そこで同社の獣医師らが健康チェックを行っている。

もし、「入荷基準」に満たなければ、この段階でも繁殖業者のもとに戻されるケースが出てくる。ペッツファーストも同様に、東京都大田区内などにある管理センターに子犬・子猫を集め、そこで獣医師らが健康状態を確認している。

積極的に繁殖業者のあり方に関わっていこうとするAHBのスタンスは、ペットショップと繁殖業者の関係を変えつつある。

「私たちは繁殖についての指導から、ブリーダーさんたちの後継者問題にまでかかわるようにしています。そして社員の獣医師たちが議論を繰り返して『入荷基準』を決めているのですが、これにもブリーダーさんたちのレベルを高める意味があります」(岡田氏)

同社が定める「入荷基準」とは子犬・子猫の身体のあらゆる箇所におよぶ、詳細なものだ。

パルボウイルスや寄生虫の感染はもちろん入荷NG。たとえば「歯と口腔(こうくう)」について「犬歯が口蓋(こうがい)に刺さって炎症があるものは不可」とし、「カラー」は「猫のホワイト単色は不可」などとしている。

また「尾・狼爪」について「尾曲の酷いもの」であったり、「皮膚」に「鱗屑(りんせつ)、脱毛、局部脱毛、発赤(ほっせき)、湿疹、イボが認められるもの」であったりしても、同社は入荷しない。

また入荷後も、チワワで450グラム以上、ミニチュアダックスフントで600グラム以上、トイプードルで450グラム以上、猫で450グラム以上――などの体重に満たない場合、受け入れを拒否しているという。

岡田氏によるとこれらの体重についての基準は、「母親から引き離しても自立できるかどうかという観点から、試行錯誤の末に内規としました。週齢規制に、ブリーダーが違反していないかどうかの判断にも利用しています」。

繁殖業者の多くは経験だけをもとに繁殖を行うケースが多い

こうした基準を定める一方、繁殖業者の技術向上のための講習会を「AHBブリーディングシンポジウム」と題して、全国で開催している。

2015年5月20日には、名古屋市千種区の「吹上ホール」で開催、犬や猫の繁殖業者ら延べ約160人が参加した。川口雅章社長のあいさつには、業界の置かれた状況への危機感があふれていた。

「私どもを取り巻く環境にはアゲンストの風が吹いています。それは今後も厳しくなっていくのではないかと思っています。でも本来、そうあらねばならないのです。業界の慣習などを、私たち自身が改めていかなければならないと、考えています。その際、動物たちの健康と安全が一番大事なことです。健康な子があふれ、一方でかわいそうな命を少しでも減らしていくために、一つ一つ問題をクリアしていきながら、10年後、20年後にも社会に認められる存在でありたいと思っています」

講師を務めるのは、日本獣医生命科学大学の筒井敏彦名誉教授(獣医繁殖学)のほか同社所属の獣医師ら。「猫の繁殖の特徴」や「犬の正しい繁殖」、「遺伝子検査の実用化」などをテーマに、プログラムが1日かけて進んでいった。

繁殖業者の多くは経験だけをもとに繁殖を行うケースが多く、獣医学に基づいた手法に接する機会はほとんどない。それだけに熱心にメモを取る姿が散見され、また質疑応答も盛り上がる。

シンポジウムで長く時間を割くのが、遺伝性疾患について。ここでも同社の獣医師が、失明につながる病気「PRA(進行性網膜萎縮症)」を例に取りながら「アフェクテッド(原因遺伝子を持っていて発症する可能性のある個体)は繁殖に用いるべきではありません」などと丁寧に説明していく。筒井名誉教授は、シンポジウムで遺伝性疾患について時間を割く意義をこう話す。

「大学付属病院で犬の遺伝性疾患を長く見てきた。『日本は世界でも突出して犬の遺伝性疾患が多い』と言われる。そうした犬たちがどのように生産されているのか常々気になっていた。健康な犬猫を世の中に出すべきだと考え、ブリーダーへの指導を行っている」

同社はこの年、全国6会場で同様のシンポジウムを展開。延べ約1000人の繁殖業者らに犬猫の繁殖方法や遺伝性疾患についての情報提供を行った。

文/太田匡彦

『猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷」たち』(朝日文庫)

太田 匡彦 (著)

2024/9/6

792円(税込)

304ページ

ISBN: 978-4022621016

太田さんが執筆されたこの本には、
今の日本における動物愛護・保護の現状が全て記されています。
教科書レベルと言っても過言ではないかと。(解説より)
--坂上忍

猫は蛍光灯を1日12時間以上あてると、年3回は産める──。
人の都合で無理な繁殖、病を招く交配、幼くても出荷、「不良在庫」を引き取る闇商売……。
「かわいい」の裏側でビジネスの「奴隷」となる犬や猫たち。
凄惨な実態を、信念の取材が暴く。
《解説・坂上 忍》

【『「奴隷」になった犬、そして猫』に第5章・第6章を大幅加筆し文庫化!】
〈目次〉
文庫版まえがき
第1章:猫ブームの裏側、猫「増産」が生む悲劇 
第2章:「家族」はどこから来たのか、巨大化するペットビジネス 
第3章:12年改正、あいまい規制が犬猫たちの「地獄」を生む 
第4章:19年改正、8週齢規制ついに実現 
第5章:数値規制をめぐる闘い 
第6章:アニマル桃太郎事件から、5度目の法改正へ 
終章:幸せになった猫 
文庫版あとがき 
解説:坂上 忍 

※本書は、文庫化に際し『「奴隷」になった犬、そして猫』を改題し、大幅に加筆・修正したものです。