【中島 恵】埼玉県川口市に中国人が爆増している…同じ地域からの移住者が止まらない「納得の理由」

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川口市には2万人を超える在日中国人がいる

2000年以降、日本に住む中国人は増え続けている。出入国在留管理庁の統計によれば、その数は約82万人(23年12月末)と過去最多。とくに多いのは東京、埼玉、神奈川、大阪などの首都圏だが、東京を除いた都市別で見れば、突出して多い都市のひとつが埼玉県川口市だ。

川口市の統計によると、人口は約60万6300人(24年1月1日)だが、そのうち外国人は約6万3000人と全体の約1割を占め、中国人はトップの約2万4000人となっている(続いてベトナム、フィリピンの順)。

その中国人の住民の比率が多いことで有名になったのは同市内の『芝園団地』だが、同団地からやや離れたJR川口駅や隣の西川口駅前を歩いていても、中国語の会話が頻繁に耳に飛び込み、中国語の看板が目につく。

中国語(北京語)とは異なる方言の時ときもあるが、彼らは一体、中国のどこの出身者なのか、なぜ、この町に、こんなに集まってくるのか。私は新刊『日本のなかの中国』の取材のため、この数カ月間、何度か川口市を訪れたが、そこで出会った中国人に話を聞いてみると、聞こえてきた出身地の多くは「福建省」。

とくに「福清市」という、日本人には馴染みのない地名だった。

私は興味を持ち、今年3月に川口駅前で行われたイベント「川口日中ふれあいイベントDAYS」で知り合った20代後半の中国人女性にSNSで連絡を取ってみた。この女性も福建省出身だったからだ。改めて話を聞くと、やはり、「周辺には福建省出身者が非常に多い」と日頃から感じているという。

「ショッピングセンターや飲食店に行くと福建省の方言が普通に聞こえてくるので、引っ越してきた当初は驚きましたね。私の出身地は福建省福清市三山鎮の瑟江(スージアン)という町なのですが、その近辺の方言も聞こえてきたことがあります。見ず知らずの人ですが、まさか、中国から遠く離れたこの日本で、同じ田舎の出身者とすれ違うとは思いもよりませんでした……」

不動産屋も福建省出身だった

この女性が川口市に引っ越してきたのは約3年前。それ以前は同じ埼玉県内の別の都市に住んでいたが、親友の中国人3人が川口市や、川口市に隣接する蕨(わらび)市(芝園団地の最寄り駅)に住んでいたため、自分もここに住みたいと思い、移り住んだ住民になったという。

この女性によると、親友のうちの1人は福清市の海口という町、別の1人は東郭という町の出身。もう1人は福清市に隣接する長楽区の出身だ。

「海口出身の友人は、ウィーチャット(中国のSNS)機能の『近くにいる人』で検索して知り合いになり、偶然、同郷だったことがわかって、意気投合したんです。東郭出身の友人は中学時代からの幼なじみで、私より先に来日していました。長楽出身の友人とは、中国人がよく使う旅行アプリで知り合って、親しくなりました。

皆、年齢は30〜40代です。長楽出身の友人と私は同じ不動産屋さんの紹介で不動産を買ったのですが、その不動産屋さんも福建省の出身者。同郷だからと、仲介料を安くしてくれるなど便宜を図ってくれました。気がつくと、周囲は福建省や福清市の人ばかりですね」と語る。

異国の日本で、言葉が通じる中国人の知人がいるだけでも心強いと思うが、それ以上に、同じ町や隣町の出身者がいれば、親しみも沸く。方言も同じ、食べ物の好みも同じ、まして出身中学や高校が同じだったら、尚更心強いだろう。

同じく川口市内に住む、別の福建省出身の男性にも話を聞いてみると、その人は家族、親戚合わせて、なんと約200人が近隣に住んでいると教えてくれた。最初に親戚の1人が来日し、その人を頼って、兄弟やいとこ、姪、甥、遠縁などが次から次へとやってきて、この川口市に居を構えることになったそうだ。

どうしてこれほど中国人が増えたのだろうか。川口市では驚くほど強固なコミュニティが築き上げられていた。後編『埼玉県川口市に“数千人規模”の中国人の巨大コミュニティができていた…その驚愕の実態』で紹介する。

埼玉県川口市に“数千人規模”の中国人の巨大コミュニティができていた…その驚愕の実態