為近あんな、グラビアと子育ての両立「シングルマザーということで応援してくれている方もいます」
高校時代に芸能活動を始め、2011年にアイドルグループ「Doll☆Elements」のメンバーとしてアイドルデビューした為近あんな。その後、幾つかのアイドルグループを歴任する一方で、俳優活動も始め、2015年には『ミスFLASH2015』のグランプリに輝き、グラビアアイドルとしても活躍。しかし2017年に全ての芸能活動を休止し、表舞台から姿を消した。2020年から緩やかにグラビア活動を再開し、一児の母であることも公表した彼女の半生を追う。(前後編の後編)
【写真】シングルマザーを公表し話題に、為近あんなの撮り下ろしカット【12点】
コロナ禍の自粛期間中、友人がエージェントを務めていた「17LIVE(以下、イチナナ)」を手伝うことになり、スカウトを担当することになった。
「スカウトする相手にイチナナについて説明するとき、実際にやっていないと分からないことも多いから、試しに自分でも配信してみたんです。そしたら、もともと為近あんなという名前を知っている人もいましたし、当時のイチナナは芸能活動をしている子がいなかったので珍しがられて、どんどん噂が広まって視聴者も増えていったんです。
別にトークが上手いとかではなく、ヨガや筋トレをやったり、ご飯を食べたり、瞑想していると言いつつ寝ているだけだったりを流していたら、バーッと数字が上がって。とにかく暇だったので10時間とか配信することもあって。コロナ禍で配信バブルみたいな状況だったので、ギフト(投げ銭)もすごくて、毎月100万円ぐらいの収入がありました。そのお金もあったので、離婚調停中の裁判や弁護士費用も捻出できたんです」
イチナナの配信をきっかけに、グラビア活動も再開。撮影会にも参加するようになった。
「私たちの次の代でミスFLASHのファイナリストになった後輩と繋がりがあって、合同のお散歩会に誘われたんです。代々木公園をお散歩しながら、ピクニックもして、ついでに写真も撮れるという内容でした。それから過去に出ていた撮影会の主催をしていた人たちが『また撮影会をやりませんか?』と声をかけてくれて、今は月2回、多くて3回、撮影会に参加しています。
復帰後はフリーランスで活動しています。所属しないかと声をかけてくださった事務所もあったんですが、たとえば子どもが熱を出したときに、いちいち事務所を通していたら時間がかかってしまうので、だったら自分で直接仕事を受けたほうが対応も早いので、お断りしました」
自粛期間が終わって、コロナ禍が落ち着いてからもイチナナでの活動は順調だった。
「配信以外にもオフ会や誕生日会をやっていたんですが、徐々に配信では稼げなくなって。撮影会にも復活したので、3年ぐらいでイチナナはやめました」
もともと子どもがいることを公表する気はなかったが、とあるトラブルに見舞われたことで、言わざるを得ない状況に追い込まれる。
「イチナナで長時間の配信をしていた頃は、ちょうど元旦那に子どもが連れ去られた時期でしたし、戻ってきた後も、子どもが寝た後にリビングでやるようにしていました。弁護士からも公表しないほうがいいと言われていたんですが、私のママ友を名乗る謎のアカウントが、イチナナ、インスタ、Twitterと全てに投稿してきて、誹謗中傷をしてきたんです。
しかもファンの人たちにまでDMやリプを送りつけていたんですが、その内容を読んだらママ友じゃないことが分かったんです。私のアンチだと判明したので弁護士の方にも相談して、子どもがいることを公表しました。配信中に子どもの声が入っていることもあったし、離婚調停中なのは公表していたので察していた人もいましたし、ネガティブな反応は少なかったですね」
コロナ禍の自粛期間中、友人がエージェントを務めていた「17LIVE(以下、イチナナ)」を手伝うことになり、スカウトを担当することになった。
「スカウトする相手にイチナナについて説明するとき、実際にやっていないと分からないことも多いから、試しに自分でも配信してみたんです。そしたら、もともと為近あんなという名前を知っている人もいましたし、当時のイチナナは芸能活動をしている子がいなかったので珍しがられて、どんどん噂が広まって視聴者も増えていったんです。
別にトークが上手いとかではなく、ヨガや筋トレをやったり、ご飯を食べたり、瞑想していると言いつつ寝ているだけだったりを流していたら、バーッと数字が上がって。とにかく暇だったので10時間とか配信することもあって。コロナ禍で配信バブルみたいな状況だったので、ギフト(投げ銭)もすごくて、毎月100万円ぐらいの収入がありました。そのお金もあったので、離婚調停中の裁判や弁護士費用も捻出できたんです」
イチナナの配信をきっかけに、グラビア活動も再開。撮影会にも参加するようになった。
「私たちの次の代でミスFLASHのファイナリストになった後輩と繋がりがあって、合同のお散歩会に誘われたんです。代々木公園をお散歩しながら、ピクニックもして、ついでに写真も撮れるという内容でした。それから過去に出ていた撮影会の主催をしていた人たちが『また撮影会をやりませんか?』と声をかけてくれて、今は月2回、多くて3回、撮影会に参加しています。
復帰後はフリーランスで活動しています。所属しないかと声をかけてくださった事務所もあったんですが、たとえば子どもが熱を出したときに、いちいち事務所を通していたら時間がかかってしまうので、だったら自分で直接仕事を受けたほうが対応も早いので、お断りしました」
自粛期間が終わって、コロナ禍が落ち着いてからもイチナナでの活動は順調だった。
「配信以外にもオフ会や誕生日会をやっていたんですが、徐々に配信では稼げなくなって。撮影会にも復活したので、3年ぐらいでイチナナはやめました」
もともと子どもがいることを公表する気はなかったが、とあるトラブルに見舞われたことで、言わざるを得ない状況に追い込まれる。
「イチナナで長時間の配信をしていた頃は、ちょうど元旦那に子どもが連れ去られた時期でしたし、戻ってきた後も、子どもが寝た後にリビングでやるようにしていました。弁護士からも公表しないほうがいいと言われていたんですが、私のママ友を名乗る謎のアカウントが、イチナナ、インスタ、Twitterと全てに投稿してきて、誹謗中傷をしてきたんです。
しかもファンの人たちにまでDMやリプを送りつけていたんですが、その内容を読んだらママ友じゃないことが分かったんです。私のアンチだと判明したので弁護士の方にも相談して、子どもがいることを公表しました。配信中に子どもの声が入っていることもあったし、離婚調停中なのは公表していたので察していた人もいましたし、ネガティブな反応は少なかったですね」