経営者SNS「セクハラ軽視発言」の本当の被害者
なぜ「経営者のSNSは燃えるのか」について考えてみたい(写真:松本友樹氏のXより)
経営者のSNSには、どこか「炎上しやすいイメージ」がある。先日も不動産会社の経営者が、女性起業家へのセクハラをめぐる風潮に異論を唱え、あらゆる方向から批判が起こる炎上状態に陥った。
ネットメディア編集者として、これまで幾多の炎上事案をウォッチしてきた筆者からすると、イケイケな実業家による炎上発言の多くは、「自分の経験」や「サンプル数の少ない体験談」のみに立脚しているにもかかわらず、「経営者は」といった大きな主語を用いることで起きている。
そうした炎上が起きても、発言者本人だけが責任を負うのであれば、それはそれで問題ない。しかし、実際に痛手を負うのは、経営側ではなく「善良な従業員」だ。彼ら彼女らを襲う、とばっちりの問題点を考えつつ、なぜ「経営者のSNSは燃えるのか」について考えてみたい。
「ベンチャー起業のセクハラ」をめぐる発言に批判殺到
このところ話題になっているのは、「ベンチャー起業のセクハラ」をめぐる発言だ。
きっかけとなったのは、2024年8月28日に「NHK みんなでプラス」に掲載された、「“女性起業家の半数がセクハラ被害” スタートアップ業界で何が」と題する記事。ここでは投資家らが出資の代償として、「愛人契約」や性交渉などを持ちかけるケースが紹介され、そうしたムードがスタートアップ業界に与える負の側面を浮き彫りにしている。
その記事を引用リポストする形で、8月29日に「厳しい言い方になるけど、これで諦めるなら、起業家には向いてないんじゃないかと。セクハラなんて可愛く思える位、エグい経験するのが会社経営です」などとXに投稿したのが、不動産会社「グッドライフ」代表の松本友樹氏だ。
この発言に対して、Xユーザーからは、「セクハラ擁護、軽視ではないか」「性被害が減らない理由がわかる」といった批判が殺到し、炎上状態となった。
松本氏は、他のユーザーからの反応に「セクハラを軽視していません」「当社ではハラスメント防止規定も設けてます」などと返信しているが、「そもそもセクハラと起業家の苦難は別の問題だ」「同じ起業家でも、男性と女性では、事情も実感も異なる」といった背景もあり、反発が相次いでいる。
寄せられた指摘に対し、「言葉狩される筋合いはありません」と厳しく反論した(写真:松本友樹氏のXより)
謝罪にも、どこかキレている雰囲気が漂っているようにも…?(写真:松本友樹氏のXより)
その後、松本氏は9月3日にネット配信番組「ABEMA Prime」へ出演し、「エグい経験」とセクハラをからめたことについて、「このような発言をしたのは失敗だった」と発言。出演後にもXで「表現が一部不適切だったのは認めます。不快な思いをさせてしまった方には申し訳なく思っています」と投稿した。
企業経営者によるSNS上での失言は、しばしば炎上のタネになる。その多くは「自らの価値観に基づく発言」が、世間とのギャップを生んでしまい、批判の対象になっている。実体験のみ、もしくは極めてサンプル数が少ないにもかかわらず、主語を大きくしてしまうことで、「常識とは異なる見解」だと捉えられてしまうのだ。今回のケースも、そのように考えている。
世間の反感を買ってでも、ビジョンを貫き通そうとする
そもそもベンチャー起業家は、性別を問わず、自信と自己顕示欲が重要だ。世間の反感を買ってでも、自らのビジョンを貫き通そうとするからこそ、資金を集めることができるし、事業をスケールアップさせる原動力にもなるだろう。
もちろん、だからと言って、当然ながら松本氏をはじめ、あらゆる起業家の発言を擁護するわけではない。ただ、起業家全体の傾向として、「我を貫いてナンボ」なイメージを持っているのは、筆者だけではないだろう。
しかし、その個性をどこで発露するかは、慎重に考える必要がある。起業家や、その社内では「一般論」とされていることでも、誰しもに当てはまる共通見解とは限らない。今回のような性別もそうだが、地域や言語、宗教など、あらゆる立場の人間がいる空間で「主語を大きくする」ことは、メリットよりも、むしろデメリットのほうが大きい。
経営者は「企業の顔」であり、個人のSNS投稿であっても、「法人としての意思表明」と認識されてしまう。好印象を与えて、ブランドイメージを高める可能性もあるが、逆もまたしかりなのだ。
積み上げてきたブランドイメージを崩される悲しみ
経営層と言っていい立場にある人物の発言で、企業イメージそのものが悪化したケースで、記憶に新しいのが牛丼チェーン「吉野家」常務取締役企画本部長(以下、肩書は当時)の事例だ。
2022年4月、早稲田大学での社会人向け講座で、講師に招かれた常務が、自社のマーケティング手法を「生娘をシャブ漬け戦略」と紹介。「生娘のうちに牛丼中毒にする」などと説明した。
会社上層部を担う人物の耳を疑うような発言に強烈な批判が浴びせられている(編集部撮影)
当然ながら、この発言は受講生によって、すぐさまSNSにて拡散され、炎上を呼んだ。吉野家は講座の2日後に「極めて不適切であり、人権・ジェンダー問題の観点からも到底許容できるものではありません」と謝罪し、同日付で常務を解任した。
吉野家は当時、「10年かけて開発した親子丼」の販売直前だった。しかし常務発言の余波で、発表イベントをはじめとするPR活動の自粛を余儀なくされる。結果的に「親子丼」は2カ月半で終売となったが、翌年からは期間限定商品として販売されている。
吉野家の従業員たちからしてみれば、とばっちりにも程がある。「身から出たサビ」なら自業自得と言えるが、当然ながら「シャブ漬け戦略」が社是だったとは到底思えない。また元常務は、吉野家の生え抜きではなく、外資トイレタリーメーカーからの転職組だった。プロパーで頑張っている人々からすれば、ぽっと出の人間に、積み上げてきたブランドイメージを崩されてしまった悲しみは、どれほどだったのだろうか。
SNSに目を向けると、同じく外食チェーンの「焼肉ライク」の社長(当時)による投稿も、ちょっとした炎上状態となった。
おひとりさま需要を開拓し急成長を続けていたが、社長のツイートがプチ炎上。ツイッターをやめると表明し、逆に注目を集めることになった(撮影:梅谷秀司)
「『焼肉ライク行くよりスーパーで買った肉を家のフライパンで焼いた方が安いんだよな…』というつぶやきがイラッとしました笑」との投稿に批判が集中。おそらく自社サービスに、強い自信があったことの裏返しだったと考えられるのだが、一見すると「消費者批判」に読める文面だけに、心証を害したユーザーは多かったようだ。
不適切発言は「従業員への影響」も決して小さくない
いくつかの例を振り返ってきたが、どのパターンにおいても、トップや、それに準じる人の発言によって、苦境に立たされるのは「善良な従業員」だ。売り上げが減れば、給与や雇用が不安定になる。経営層と従業員には、疑いようのない待遇の差が存在する。
また、このSNS社会においては、従業員が個人攻撃される可能性も否定できない。そうなれば、触れるも触れないもイバラ道。なんらかのスタンスを示さないと「ダンマリか」と言われ、示せば示したで「反省が足りない」となってしまう。
そうした末路からスタッフを守るのも、これまた経営者の役目ではないだろうか。立場のある人間は、その一挙手一投足を、消費者やネットユーザーの「鋭い目」で見られていると意識するほかない。
成功者であればあるほど、自分の経験や感覚に自信があり、そこに重きを置く心情は理解できる。ブレないビジョンは、事業発展の原動力にもなる。しかし、必要に応じて、自分の感覚を疑い、柔軟に自説をアップデートする心構えも重要だ。
どれだけ忠誠を誓った側近よりも、むしろ見知らぬ第三者のほうが、的確な忠告をしてくれていることもある。ネットユーザーからのバッシングの多くは、表現こそ口が悪く、あおり気味ではあるのだが、その根っこにある価値観は、意外とまっとうなことも珍しくない。
ある分野で成果を残した実業家であっても、まったく異なる業種で成功するとは限らない。再現性が確保できなければ、その成功体験も限定的なものになる。これをSNSに置き換えると、「主語を大きくしようがない」ことと同義だ。
SNS時代の経営者に必要なのは、ネットの荒波にもまれることを前提に、自分が「井の中の蛙」であるかもしれないと自問自答する謙虚さなのかもしれない。
その他の画像
松本友樹氏が代表を務めるグッドライフ(写真:グッドライフHPより)
(城戸 譲 : ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー)