龍崎翔子氏は「著者のレジー・フィサメィさんは、同僚の方や、チームメイトに対する愛とリスペクトが強い方だと感じました」と語ります(写真:zon/PIXTA)

「著者のレジー・フィサメィさんの力量も卓越しているのですが、彼を受け入れた任天堂のグローバル・プレジデントであった岩田聡さんも本当に稀有な経営者だと改めて感じました」。『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』について、そう語ったのは今もっとも注目を集めるZ世代の経営者の一人、株式会社水星代表・ホテルプロデューサーの龍崎翔子氏だ。

本書を通じて改めて考えた「経営者としての器」「マネージャーとしての資質」について龍崎氏に話を聞いた。

経営者・岩田聡氏の器

『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』を読んで、レジーさんの力量も卓越しているのですが、彼を受け入れた任天堂のグローバル・プレジデントである岩田聡さんも本当に稀有な経営者だと改めて感じました。


任天堂に入ったばかりのレジーさんは、自分よりもアメリカのマーケットに詳しいはずの岩田さんに対して、自分の直感で押し切ってしまおうとする圧倒的な自信を持っています。

そして、岩田さんは、そんなレジーさんに対して、気分を害してもおかしくないところで、かなり妥協しながら彼の意見を受け入れ、最終的には、アメリカ任天堂の社長に昇進させます。

この岩田さんの、経営者としての器や立ち振る舞いが、レジーさんというフィルターを通して見えてきたところが、本書のいちばん面白いポイントだと思っています。

レジーさんは、任天堂に入社するまで、何社かを転々としてなかなか定着できずにいました。破天荒で猪突猛進タイプで、大変なキレ者、働き者という人物が、任天堂に定着して、その力を100%、120%発揮できた。その環境を作った岩田さんの経営者としての度量を感じさせられました。

そして、レジーさんはレジーさんで、純粋に、仕事面での能力の高さと、人として愛される能力、周囲の方に対してリスペクトを払うところを大事にされていたのだろうと感じます。

私たちの会社も、マネージャーに求める資質として、上司が白を「黒」と言えば、「黒ですね」と同調するのではなく、建設的にコミュニケーションをして、より良い着地点を探れるかどうかを大切にしていますが、実際には、無意識の忖度が発生してしまいますし、難しいものです。もし、レジーさんのような人が、今入社してきたら、社内がかなり荒れる気がします。

本書内では、岩田さんをはじめ、任天堂の幹部の方々が、レジーさんと英語でディスカッションされている光景がたびたび描かれています。レジーさんの視点を通じて任天堂の経営陣の優秀さもひしひしと伝わってくるのですが、こうしたしっかり活躍できる陣を張れる、頭数がそろっているというポテンシャルの大きさも、任天堂の強さの秘訣なのだろうと感じました。

意思決定は「いち消費者」である自分1人

本書では、レジーさんが、重要な最終決定の決定権は、1人の人間だけが持つべきだということを書かれています。

私の場合も、クリエイティブディレクションを、人とは分担しないということを自分のルールにしていて、共通しているなと思いました。


社内では、もちろん皆さんにヒアリングしますし、良いアイデアは採用していますが、アイデアに対する意思決定は、基本的にすべて私が下すようにしているのです。

ホテルは、1つのプロジェクトに対して、数億、数十億というお金がかかります。クリエイティブディレクションを分担してしまうと、その責任を取り切れなくなるのです。

「みんなが良いと言うから、それをやってみようか」という他人任せな感覚では、誰に刺さるのか誰もわからないプロダクトが生まれてしまいます。

少なくとも、自分がいち消費者の立場として、このプロジェクトにわくわくできるのか、この空間に行ってみたいと思えるのかという感覚を持つことのほうが大事だと思うのです。

私の役回りは、予定調和的な仕事をするのではなく、原点に立ち返って、消費者の気持ちになってプロジェクト全体を見直すような提案をすることだと思っています。

本書を読んでもう1つ、印象に残ったのは、一緒に働いた方々のお名前がよく登場することです。レジーさんは、同僚の方や、チームメイトに対する愛とリスペクトが強い方だと感じました。

チームに対する愛とリスペクト

任天堂に入った彼は、岩田聡さんと関係性を深めるために、ホテルの部屋で一緒に朝食を食べましょうと何度も促したり、入院中の病室に押しかけたりします。

相手の業務に対してリスペクトを示し、ビジネスパーソンとしての距離感を一歩踏み越えていくようなコミュニケーションをとり、自分よりも役職が下にあたる相手に対しても、敬意を表明するために、ミーティングの際には、相手のオフィスにわざわざ出向いたりもします。

その人に対する敬意が外側にも見えるように振る舞うということを、強く意識されていたことがとても伝わってきました。

レジーさんは、外様としてやってきたリーダーですから、社内には、反目する人もいたのかもしれません。そういう環境の中で、一緒に働く方の力を引き出し、仲間になるためには、特にコミュニケーションを大事にされたのでしょう。

こういったレジーさんの在り方を知ると、自分自身の周囲へのコミュニケーションについて反省するところが多いですね。私自身は、本当に小さなことですが、社内のコミュニケーションツールやSNSでの投稿には、必ずスタンプなどで反応するように心掛けています。

拠点も遠く、1人ひとりと深く話す機会が持てませんから、アルバイト、社員の皆さんに対しては、ちゃんと見ていますよ、肯定していますよという気持ちを伝えたいと思っています。

身近なスタッフに対しては、なるべく1on1で、その人の能力や才能に対する賛辞を伝えるようにしています。誰しも、自分の能力が生かされている場で働きたいと思うものですし、自分が活躍できている環境は居心地が良いですからね。

(構成:泉美木蘭)

(龍崎 翔子 : ホテルプロデューサー)