人生を楽しむ82歳 料理家、村上祥子さん【写真/江口 拓(スタジオコム)】

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82歳の料理家・村上祥子さん。その元気の秘密は、日々の食事と前向きな考え方にありました。手軽に栄養が獲れる家庭料理を目指した「村上流レンチンレシピ」をはじめ、じぶん時間を目いっぱい楽しむための生きるヒントが満載のエッセイ『料理家 村上祥子82歳、じぶん時間の楽しみ方』より一部を抜粋して紹介します。

【書影】82歳、元気の秘密!誰でも簡単で美味しい「レンチン料理の第一人者」の新刊『料理家 村上祥子 82歳、じぶん時間の楽しみ方』

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電子レンジにひとめぼれ

村上祥子といえば電子レンジ。

そんなふうに私のことを覚えてくださった方もいるのではないでしょうか。

1970年頃、大分のアパートのお隣さんが、「神戸の実家に帰ると電子レンジがあって、何でも短時間で温めてくれるのよ!」電子レンジは知っていましたが、この一言がきっかけで家電フェアに行ってみました。

「レンジにかけるだけで、なんでも温まりますよ」という売り込みに熱心な家電ショップの社長さん。

半信半疑の私はタクシーで家に戻り、持ってきた家族5人分をまとめ作りした耐熱皿の冷凍グラタン(22cm×22cm×5cm)を渡して温めてもらいます。

ところが、20分経っても解凍しません。

熱くもなりません。

「湯せんしてオーブンで焼く方がずっとよい!」とグラタンを持ってそのまま家に帰りました。

その後、家電ショップの社長さんが自宅にやってきました。

「奥さんには大幅に値引きします。

その代わり、電子レンジを使ってわかった情報を教えてくれませんか?」と言われました。

製品の開発はできたけれど、使い方は購入した人が考えてくれた製品です。

後に仕事を一緒にすることになった大手家電メーカーさんの言葉です。

思わぬ戦利品が我が家にやってきました。

そのときは、「温める」機能ばかりに着目。

パン、ご飯、パイなど、手当たり次第にやってみる感じです。

「ゆで卵になるかしら?」と考え、殻付きの生卵をレンチンして、扉を開けた途端に、バーン!と破裂。

ちりぢりになった卵をまともにかぶったことも…。

日本の家庭料理を「レンチン」で!

好奇心旺盛な私は、なんでも試してみないと気が済まない。

電子レンジに夢中でした。

電子レンジ料理の本はアメリカで出版されたもの。

どうしても洋食が多くなります。

夫に「いつものご飯が食べたい!」と言われても、私は試作をやめません。

夫はついに、「電子レンジなんか捨ててしまえ!」と言い出す始末。

電気釜を捨ててしまった(!)過去を持つ彼に合わせて方向転換。

電子レンジを使ってご飯を炊く、ゆでる、蒸す、炒める、煮る、揚げるなど、一通りの日本の家庭料理ができるようになりました。

電子レンジは、食品の中の水分を電磁波が揺り動かして加熱する調理器具です。

ちなみに電磁波とは、空気中を流れる電気エネルギーのことです。

電子レンジの最大の特徴は、効率的に加熱できること。

食品100gあたり、600Wなら2分で加熱が完了。

食材の大きさではなく重量に応じた加熱時間を設定すれば火が通るので、ふぞろいな切り方でも大丈夫です。

また、食材の水分によって調理が行われるので油は風味づけ程度ですみます。

調味料は通常の3分の2で味つけができ、栄養やうま味は逃しません。

キッチンで「電子レンジ」を使うマニュアルを作り上げていきました。

それが思わぬことに結びついて、「電子レンジ調理の第一人者」と呼ばれるようになるのです。

糖尿病食を電子レンジで

1989年、私は公立大学法人福岡女子大学に非常勤講師の職を得ました。

私が受け持つ病態栄養指導講座は、糖尿病の予防・改善がテーマ。

病院食、治療食といっても特別なものではありません。

元を正せば家庭の食事です。

当時の糖尿病の治療食は、エネルギーは1200キロカロリーと極端なものがありました。

私は1600キロカロリーに設定し、その他の栄養素は過不足なしの摂取に。

これさえ守れば、和、洋、中華、エスニック風。

どの料理を食べてもよいのです。

患者さん用には家庭で1人分だけ調理すればよいのです。

ここでピン!ときました。

私が20年以上取り組んできた電子レンジの調理がぴったりなのです。


簡単で便利な電子レンジ料理(写真提供:Photo AC)

電子レンジはゆでる、蒸す、煮る、煮込む、焼く、ソテー、揚げるなどの調理が油控えめでもおいしくできます。

フライパンや中華鍋を使った料理に比べれば、油の使用量は5分の1程度。

レンジ料理は食材の持つ水分+調味料で仕上げますから、鍋でゆでる、蒸す、煮る調理と比べると栄養成分が多く残ります。

調味料は通常の3分の2ですみます。

あるテレビ番組の依頼で、食材も調味料も同じ条件の「肉じゃが」を電子レンジと鍋で作って、食品分析センターに依頼したことがあります。

電子レンジで作った「肉じゃが」は鍋の「肉じゃが」より、アミノ酸もビタミンも30パーセント多く残っていました。

家庭なら、家族分の食材をすべて切り揃え、患者さん用の1人分だけ耐熱ボウル(または耐熱皿)を使って電子レンジで調理することが可能です。

使う道具は耐熱用食器だけ。

後片付けも楽チン。

家庭内で継続できる治療食作り

糖尿病の治療食は、365日、3食作るわけですから、家庭内で継続できることが理想です。

電子レンジなら、家庭で糖尿病の治療食ができる!そう考えた私は、さっそく大学の講座で、電子レンジを使った糖尿病予防・治療食を教えることにしました。

ところが、当時大学にあったのはオーブンレンジ。

庫内は鋼鉄で囲われているため(電磁波は金属に当たると入角と同じ角度で跳ね返り食材内の水分に吸収されず)、普通の電子レンジの4倍時間がかかります。

仕方がないので、自前の電子レンジと耐熱ボウルを実習教室に運んで、学生に電子レンジの調理を教えました。

その後、私の話を聞いた大手家電メーカーから電子レンジ寄贈の申し出があり、調理台の数だけ電子レンジが準備されました。

そのおかげで学生たちは電子レンジの仕組みと使い方を習得し、夏休みの病院実習でも、体験入院の糖尿病患者さんに教えることができ、重宝がられました。

それを「祥子の家庭料理」という記事を週一回掲載していた西日本新聞社に行って話したところ、「電子レンジで祥子流」のコラムも誕生。

西日本新聞用の「電子レンジで祥子流」の記事が、講談社の資料課の目に留まり生活文化局局長に届けられます。

電子レンジで食育を

音羽の講談社に呼ばれて行くと、「『電子レンジで祥子流』を書いていますね。

だしを取ったり、お米を炊いたり、普通の家庭料理を電子レンジで作る。

男女雇用機会均等法の時代、個食化が進む今日、これは絶対に当たります。

石油の鉱脈を探し当てたようなものです」と、生活文化局長に言われました。

私はすっかり石油王になった気分。

すぐ執筆に取り掛かり、講談社から『電子レンジに夢中』を出版し、ベストセラーに。

その後もさまざまな出版社から電子レンジを使った料理本を上梓し、その数500冊を超えます。

「電子レンジで調理する」という考え方は、特殊なことではなくなりました。

子育てをしていた頃、私が台所にいると、「なに、作ってるの?」と、料理をする私の手元を見て、子どもたちはよく聞いていました。

「僕がサラダ作ってあげる」と、見よう見まねで野菜を洗い、塩を振って、酢と油をかけてお皿に盛りつけました。

まだ食育という言葉のなかった時代ですが、子どもと食について考えるきっかけとなったのがこの体験です。

※本稿は『料理家 村上祥子82歳、じぶん時間の楽しみ方』(エクスナレッジ)の一部を再編集したものです。