毎年、株主総会シーズンは株主提案を受けた上場企業の総会が注目を集める。企業側も総会の招集手続や決議方法の適正性確保に向け、「株主総会検査役」の選任を求める企業が増えている。
 耳慣れない「株主総会検査役」について、多数の株主総会検査役の経験を有する篠崎・進士法律事務所(東京都港区)の進士肇弁護士が中心となって『株主総会検査役 その職務内容と選任事例』(※1)が発刊された。
 東京商工リサーチ(TSR)は、進士弁護士と同事務所の三井稜賀弁護士に独占インタビューした。事務所の特徴や株主総会検査役の役割、民事裁判手続きのIT化(※2)などについて聞いた。

※1 2024年4月刊行(商事法務)
※2 2022年の改正民事訴訟法により、民事訴訟のIT化が盛り込まれた

◇進士肇弁護士
 1993年 弁護士登録(東京弁護士会、45期)
 2008〜2010年度 新司法試験考査委員(商法)
 2012〜2013年度 東京弁護士会法律研究部倒産法部部長
 2013〜2015年度 最高裁判所司法研究所教官(民事弁護)
 2015年 ラムスコーポレーション(株)(TSR企業コード:293357102、港区)ほか38社の会社更生手続につき更生管財人(現任)
 2023年から東京大学法科大学院講師(倒産処理研究)

―篠崎・進士法律事務所の特徴について

 当事務所は実働弁護士9名のブティック事務所だが、2つの得意分野がある。第1に、昭和の時代から民暴案件のトップランナーとして活躍し続ける篠崎芳明弁護士を中心に開拓してきた反社対応案件だ。
 この分野は裾野が広く、銀行、証券、生損保、リース、商社、ホテル、テーマパーク、船舶運航などの場面で実績を積むと共に、そこでのノウハウを債権回収、株主総会指導、反社対応規程整備、クレーム対応、特別調査などの各方面で応用してきた。
 第2に、私が担当する事業再生案件。この仕事の面白さは、複雑に絡み合った一対多または多対多の利害関係を、各法規・ソフトローを駆使し、法的整理や準則型私的整理の力を用いて解きほぐし、案件を解決しながら、利害関係者の不利益を最小限に収めることができること。その際には、会社法、税法、会計の知識もフルに利用するので、法律家として実に魅力的な仕事だ。
 これらの特徴を生かしながら、当事務所は140超の顧問先企業のお手伝いをしている。もちろん、各社からご紹介をいただく個人クライアントの案件も多く担当している。
 さらにプロボノ活動(※3)。篠崎弁護士は弁護士会の役員や民暴特別委員会の委員長を歴任し、私は、2013年から3年間、最高裁判所司法研修所の民事弁護教官を担当し、その後、東京弁護士会の司法修習委員会の委員長を務めるなど、法曹養成に関与し続けている。弁護士業に関連するか否かにかかわらず、我々の有するスキルとマインドが社会的意義のある形でお役に立つ先であれば、時間の許す限りお手伝いするという発想だ。

※3 ラテン語「Pro Bono Publico」の略語。知識やスキルを活かす社会貢献活動

―株主総会検査役(商事法務)の発刊経緯は

 個人株主の権利意識が高まり、コーポレートガバナンス・コードが後押しとなって、アクティブ・ファンド(※4)などによる上場会社への接触が多くなった。会社・株主間の対話が増え、株主による権利行使(特に株主提案権の行使)により利害対立・緊張関係が生じる事案も増えてきた。対立は、株主総会における議案審議(議決)の場面で、究極的に発現する。その際の票のカウントに関して、株主側の不信感や、会社による報告不備(説明義務違反)があると、決議取消訴訟等に発展する。そのような事態は株主、会社にとって不幸なことだ。

※4 独自の投資判断に基づき、指数を上回るリターンを目指すファンド


インタビューに応じる進士弁護士


 「転ばぬ先の杖」として、株主総会検査役の出番となるが、この制度は意外に知られていない。その理由を考えてみたところ、①株主又は会社など、本制度を利用する当事者、②検査役選任申立てを手伝う代理人弁護士、③株主総会検査役、の三方面を統合・整理した書籍がこれまで出版されていなかったことが一原因だと思い至った。

 私自身、年間2〜3回ほど、裁判所の選任により株主総会検査役を担当してきた。(株)LIXILグループなど、世間の耳目を引く案件にも関わった。また2022年8月、東京地方裁判所民事第8部(※5)主催の座談会「総会検査役の実務と手引き」にパネリストとして参加し、これが同年12月に「金融法務事情」(金融財政事情研究会)(※6)に掲載された。この機会に、裁判所や他の弁護士パネリストの貴重な意見を聴くことができ、多くの刺激を受けた。そこで、私の検査役担当案件を補佐してくれた中江民人弁護士や三井稜賀弁護士と相談し、彼らと一緒に本書を著述しようと思い立った。

※5 商事訴訟事件、会社非訟事件、仲裁法に規定する事件などを専門に取り扱う
※6 No.2200(2022年12月25日号)

―検査役の役割とは

 検査役というのは本来、株主総会の記録屋さんに過ぎない。主役はあくまでも会社と株主。そこの分を弁えず、検査役が矩(のり)をこえてしゃしゃり出ることは許されない。
 しかし他方、会社や株主(や各代理人)との事前面談を通じて、対立軸を明らかにしながら株主総会が無闇に荒れないように、ある程度まで事前にコーディネートすることが検査役には可能だ。また、費用を負担して検査役選任申立てをした株主や会社は、自分の考えを会社に伝えてほしいとか、総会の安定運営に寄与してほしいとか、そういう思いを持っていることが多い。
 それらを聴きながら、矩をこえない範囲でいかに役に立てるかを事案ごとに考えるのが検査役業務の魅力である。受け身の検査役業務を、少しだけ能動的に捉えてみるというのが私のスタンスであり、これは法的整理案件における管財人や監督委員の仕事と同様だ。ちょっとお節介なのかもしれない。
 検査役選任案件は今後確実に増えていく。だからこそ東京地裁民事8部も座談会を企画したのだと思う。若手弁護士の皆さんにも必ずチャンスが訪れるので、ぜひその折には『株主総会検査役』第1章のドキュメントを読んで事前学習し、雰囲気に浸ってほしい。また、現在、検査役を担当している方々におかれては、後進を育てるために、積極的に若手弁護士を補佐として起用してほしい。




(右)進士弁護士と(左)三井弁護士

―検査役を選任する際の費用は

 株主総会検査役の利用にあたって最大のネックは、申立てにかかる費用が分かりにくいことだったのではないか。だが、費用については、事前に裁判所に問い合わせれば、教えてもらえる。
 今回、本書では費用感までは書けなかったが、会社の規模に応じて数十万円から、大きな上場企業で百万円単位という感触だ。

―検査役に選任される弁護士にアドバイスを

 裁判所は、検査役の選任につき、事案に応じて、経験のある弁護士や新人を配している。そして、今後予想される案件の増加に対応できるようにするために、後進の育成も念頭に置いておられると思う。今後この仕事をやってみたい若手弁護士は、検査役の補佐を経験し、検査役の仕事ぶりを間近で見て、調査報告書の作成を手伝うのが近道だ。そういう経験をした弁護士であれば、裁判所も新たに就任打診をしやすいだろう。破産管財人代理経験者を管財人に選任しやすいという事情と同じだ。
 検査役の仕事は、事前にあるいは現場でやるべきことが意外に多く、検査役一人で対処するのは困難だ。一発勝負だから、人数不足で十分な調査ができなかったということは許されない。したがって補佐が、事案によっては複数の補佐が必要になる。そして検査役が補佐と一緒に業務を遂行することは、結果的に後進の育成に繋がる。若手弁護士は、先輩弁護士が検査役に選任されたら、補佐に名乗りを上げて積極的に手伝ってほしい。

―苦境にある中小企業にアドバイスを

 物価高、「働き方改革」の影響で2024年問題とも言われる労働力不足、金利上昇、為替の乱高下など、中小企業を取り巻く環境も大変厳しくなっており、中小企業の経営者はかなりご苦労をされている。
 事業再生や倒産の方面から見ると、一言で言えば「資金繰りに気をつけましょう」ということになるが、重大局面に至るまでには幾つもの分岐点がある。経営者の守備範囲は、経営企画、営業、ファイナンス、広告宣伝、人事労務、法務、税務会計、トラブル処理など多岐にわたり、一人で対処するには限界がある。そんなとき、何くれなく相談できる人が近くにいるだけで、心の負担はずいぶん軽くなるし、良い結果も得られるはずだ。そういう存在として我々を備え置くという感覚で構わない。
 少しでも手前で相談していただければ、我々の知恵を最大限利用して、ベストな又はベターな選択肢を提供できる。困ったときには早めに、身近な税理士さんや、その程度では手に負えないなと思ったら弁護士を紹介してもらい、少しでも早く相談してほしい。
 当事務所の顧問先企業であれば、月次試算表や財務諸表を定期的に確認しているので、そのタイミングで困り事の相談を持ちかけられることが多い。また、試算表や決算書を見て、これらから透けて見えてくる気づきを我々からお伝えして、問題を早めに抉り出すこともできる。

―民事裁判手続きのIT化が進んでいる

 地方裁判所の民事第一審訴訟事件のみで12万6,664件(2022年)の裁判手続が行われている状況、また、欧米を中心とした諸外国における裁判手続等のIT化が進展している状況に鑑みて、日本でも更なるIT化を進めるべく取り組みが行われてきた。
 そこで、2017年10月に、弁護士等の法律専門家等を委員とする「裁判手続等のIT化検討会」が内閣官房に設置され、同委員会の報告書で裁判手続のIT化を進めるべく「3つのe」を実現するための方向性を明らかにした。

 具体的に、「3つのe」とは、①e提出、②e法廷、③e事件管理を指す。
 ①「e提出」とは、主張・証拠のオンライン提出一本化や手数料の電子納付等を内容とするもの。これにより、書面の提出コスト(郵便費用等)や保管コストを削減することができる。

 ②「e法廷」とは、口頭弁論期日、争点整理手続、人証調べ期日等におけるITツールの活用を内容とするものだ。これにより、期日への出頭の時間的・経済的コストの削減を図ることができる。

 ③「e事件管理」とは、事件記録への随時のオンラインアクセスを可能とし、オンラインで期日調整や事件の進捗状況の確認を可能とすることを内容とするもので、これにより訴訟記録の保管等の負担削減や裁判手続の透明性を図ることができる。
 こうした運用は段階的に進められており、ウェブ会議による争点整理手続や、準備書面等の電子提出は既に広く活用されている。もっとも、こうした民事裁判手続のIT化を進めるにあたっては、利用システムの構築、ITリテラシーの支援、情報セキュリティ対策等様々な課題が挙げられるので、これら課題への対応を図りながら、今後更なるIT化の促進を進めることで国民の司法へのアクセス向上や裁判手続の迅速化・充実化が期待される。
 以上を一言で言えば、Teamsを通じての事件管理が容易となり、審理は実質化し、早く進むようになった。各事件での課題とその期限が裁判所にも当時者にも「見える化」したので、課題の期限を守れない弁護士や、きちんとした書面を作れない弁護士は徐々に淘汰され、選別が進むだろう。平成8(1996)年の民訴法大改正の理念が、ここにきてようやく花開いたという感がある。

―弁護士業務への影響は

 裁判手続のIT化は、我々弁護士の仕事の仕方に驚くべき革新をもたらした。以前は、5分で終わる口頭弁論期日や、30分程度で終わる弁論準備手続・和解期日のために、一日がかりで地方の裁判所に出廷することもあったが、こういうことはほとんどなくなり、移動時間の無駄が劇的に削られた。節約できた貴重な時間を、我々は本来の仕事に振り向けることができる。
 加えて、コロナ3年間で図らずも得た「正の遺産」も大きい。リモートワークは常態となり、電話・メール・zoomなどの併用により時間と距離がぐっと縮まって、いつでもどこでも対面アクセスが可能になった。法律関連情報の取得はますます容易になり、生成AIは業務の革命を起こすだろう。
 企業経営者の立場から見れば、我々弁護士が、「いつでもどこでも、時を置かずに容易に対面アクセスできる」専門家になったことは重要だと思う。弁護士の仕事はリーガルアドバイスだけではない。経験値の高い弁護士は、経験と知恵と人的ネットワークを駆使して、相談者のニーズに応じて、自身の知恵のみならず他の専門家を呼び込んで、事案に即してコーディネートする力を有する。こうした「コーディネーター」として弁護士を役立ててもらいたいし、我々も期待に応えられるよう更なる努力を続けたい。




(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2024年8月29日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)