【高校野球】監督が「審判の判定」に不満 それでも直接、抗議をしないワケは? 専門家が解説
第106回全国高校野球選手権大会が8月19日、準々決勝を迎えました。同月7日の開幕以降、テレビで試合を観戦している人は多いと思います。
ところで、高校野球の試合では審判の判定に不満があった場合、監督が選手を通じて、審判に抗議の意思を伝えることがあります。なぜ監督が審判に直接、抗議をしないのでしょうか。日本スポーツマンシップ協会理事の江頭満正さんに聞きました。
監督がグラウンドに入るのを規則で禁止
Q.高校野球の試合で審判の判定に不服があったときに、監督が審判に直接、抗議をしないのはなぜなのでしょうか。
江頭さん「高校野球の場合、『試合中、監督はグラウンドへ出ることができない(ベンチから出ることができない)』『審判員に対して規則適用上の疑義を申し出る場合は、主将、伝令または当該選手に限る』という内容の規則があるからです。
そのため、監督がマウンド上のピッチャーや打席に向かうバッターなどに指示を伝えたい場合のほか、審判に抗議をしたい場合、タイムを要求し、ベンチ入り登録をされている選手が『伝令』として、監督の代わりにグラウンドにいる選手に指示を伝えたり、審判に抗議の意思を伝えたりします。
野球では、伝令を出す回数にも規則が存在しており、守備時、攻撃時でそれぞれ『1試合に3回まで』と決まっています。延長回(タイブレーク)に入った場合はそれ以前の回数に関係なく、1イニングにつき1回だけ伝令を使うことが許されます。
これは、タイムを取って伝令が頻繁に投手や野手の所に行って、ゲームを中断することなどを防ぎ、戦術的なタイムを両チームに公平に与える狙いがあります。
ただし、イニング中に投手を交代する際に伝令がマウンドに向かう場合は、伝令の回数としてカウントされません。なぜなら、1イニングに投手交代を2回行うケースも考えられるため、投手交代時の伝令もカウントしてしまうと、こうした戦術が妨げられるためです。
伝令には定義があり、監督の指示を伝える選手がファウルラインを越えたときに、伝令となります。伝令には時間制限が存在し、伝令の選手は審判が『タイム』を宣告してから30秒以内にグラウンドにいる選手に監督の指示を伝え終えなければなりません」
Q.7月27日に行われた千葉大会決勝では10回表、木更津総合の捕手が三塁手に向かって投げたけん制球が、市立船橋の三塁走者に当たってそれ、その間に走者が本塁に生還しました。その後、守備妨害と判定され、得点が認められなかったため、市立船橋は何度も伝令を出し、審判に抗議しましたが、なぜ1イニングに複数回、伝令を出すことが認められたのでしょうか。
江頭さん「伝令役の選手が、『ファウルライン』を越えずに審判に抗議していたため、先述の『伝令』の条件に該当せず、回数制限と時間制限に関する規則が適用されませんでした。この場面では、審判はたまたまファウルラインの外側にいました。
国内の多くの高校野球の大会で適用される『高校野球特別規則』でも、監督の指示を選手に伝えに行くケースは記載されていますが、監督の抗議などを審判に伝えに行くケースは書かれていません。また、このときに試合を止めたのは審判であり、チームではないことも、伝令の回数にカウントされず、時間制限が適用されなかった理由ではないかと考えられます。
市立船橋の監督は、ベンチを出てグラウンドに入れば、そのことがルール違反となり、審判への抗議に説得力がなくなると判断したのでしょう。市立船橋の監督の判断は、適切だったと個人的に思います。
キャッチャーから三塁手に向かって投げられたボールが、走者の背部に当たったときの判定はとても難しく、走者が妨害したのなら走者アウト、キャッチャーが故意にボールを当てたのならインプレーとして、そのまま試合が続行されます。
千葉大会決勝の10回表の場面では、市立船橋の走者が三塁に戻る際に後ろを振り返っていたため、審判は走者が送球の軌道を確認し、故意にボールに当たったと判断したのでしょう。結局、市立船橋の守備妨害と判定しました。監督の抗議を受け入れて判定を覆すことが、現実的ではない状況でした」
Q.ちなみに、高校野球の試合中に監督が審判に直接、抗議した場合、どのような問題が生じる可能性があるのでしょうか。
江頭さん「先述のように、監督は試合中にベンチから出ることが許されていません。そのため、監督が審判に直接、抗議をすると注意を受けるほか、場合によっては退場処分となる可能性もあるでしょう」
Q.高校野球で監督が直接、審判に抗議できないことについて、どのように捉えていますか。
江頭さん「監督や選手が審判に抗議することは、フェアプレー精神から少し外れます。本来、審判は正確な判定を行い、両チームがプレーに集中できるようにするのが任務です。
日本高等学校野球連盟(高野連)の監督省庁は文部科学省なので、高校野球は教育の場と判断していいでしょう。教育要素があるならば、両チームの監督が審判に抗議しなくてよい状況をつくることが理想です。そのためには、都道府県の予選時からビデオ判定を導入したり、審判の育成をより充実させたりするなどの取り組みが求められるのではないでしょうか。
パフォーマンスを採点する審査員や裁判官など、意思決定を伴うのがジャッジですが、野球の審判はジャッジではありません。野球の審判に求められているのは、先述の通り、公正な判定を行い、試合の進行がスムーズになるように管理し、両チームが全力を発揮できるようにすることです。
一方のチームがどうしても抗議を必要とする場合は、審判が監督の近くに歩み寄って意見を聞く必要があるでしょう」