銀座ルノアールが4月25日に開店した新業態「Aline café et sucreries(アリーヌ カフェ エ シュクルリ)」。これまでの業態では捉えきれなかった客層をターゲットに、南仏の雰囲気と手作りスイーツを特徴として打ち出した(写真:銀座ルノアール

喫茶店の存在価値とは何だろうか。思い浮かぶのが、移動で疲れたときにちょっと入ってくつろぐ場所、待ち合わせスポット、企業などを訪ねる前の時間つぶしといった用途だ。

提供商品はおいしいに越したことはないが、どちらかと言えばアクセス性や、適切な価格などが優先される。いわゆる「機会来店」型の需要だ。

ルノアールの新業態とは?

しかしこうした喫茶店に求められる機能も、コロナ禍で変わったようだ。まず、仕事での移動が減り、冒頭に挙げた用途で利用することが減った。代わって、喫茶店で過ごす時間そのものの質が問われるようになったのだ。

スペースを広くとった客席や内装にこだわり、商品にも特徴を持たせた、郊外型の喫茶店が増えているのもそうした理由だ。「あの喫茶店が好きだから」と、わざわざ行く「目的来店」型の店にシフトしているということだ。


明るく開放感がある店内。座席のつくりはゆったりしていて、くつろいで過ごすことができそうだ(写真:銀座ルノアール

そんな中、昔ながらの喫茶店の代表とも言える「喫茶室ルノアール」を運営する銀座ルノアールも、変化を迫られているようだ。

変化を象徴するのが2024年4月25日にオープンした新業態「Aline café et sucreries(アリーヌ カフェ エ シュクルリ)」(以下、アリーヌカフェ)。和訳すると「アリーヌ〜コーヒーとお菓子〜」という意味になる。アリーヌは印象派の画家ルノワールの妻の名だそう。南仏の家庭風の雰囲気と、手作りスイーツをブランドの特徴として打ち出した。

第1号店の立地として選ばれたのは府中駅の駅ビル「ぷらりと京王府中」1階。ゆったりと座席スペースを取り、内装はナチュラルな優しい雰囲気でまとめられている。


看板メニューはクラフティ。写真は季節のクラフティ(いちごのクラフティ)にホイップクリームとバニラアイスのトッピングを組み合わせたもの(1000円)。提供期間は7月末まで(撮影:大澤誠)

看板メニューが南仏の郷土菓子「クラフティ」。牛乳と卵を使った生地にフルーツをのせ、オーブンで焼き上げたスイーツだ。

プリンとチーズケーキの中間のような「とろっ」と口の中で溶けていく食感が特徴的。自然な甘みに、焼いたフルーツの濃厚な味わいが合わさって、手作りの温かみが感じられるスイーツに仕上がっている。

今回は夏季で冷たいものを選んだが、温かいものにアイスクリームをトッピングするとなお楽しめそうだ。


アプリコットとピスタチオのクラフティにアイスクリームをトッピング(850円)。アプリコットの甘酸っぱさに、ピスタチオのちょっとクセのある味とカリカリ食感がユニークな組み合わせ(撮影:大澤誠)

期間限定の季節のクラフティのほか、果物を変えたものやチョコレート生地にしたものなどメニューは全8種類だ。価格は単品で850円から、セットで1180円からとなっている。

そのほか、食事としてはグラタンが看板メニュー。グラタンと言ってもピラフやパンの上に具材をのせ、オーブンで焼き上げたものなので、ボリュームも十分ある。

コーヒー1杯で長時間居座れる喫茶店

銀座ルノアールはなぜ、このような新業態を立ち上げたのだろうか。

まず銀座ルノアールの基本情報についてまとめておこう。1号店「ルノアール日本橋店」は1964年にオープン。運営会社の社名を銀座ルノアールとしたのは1971年だ。

コロナ禍前までは首都圏を中心に全業態で約120店舗を展開しており、うち約100店舗を占めるメイン業態は「喫茶室ルノアール」。「都会のオアシス」をコンセプトに、ゆったりした雰囲気の中でくつろぎの空間を提供する。

駅近にあり、コーヒーを1杯頼んで長時間居座れるタイプの喫茶店というとわかりやすいだろう。

カフェチェーンはスターバックスやドトールのような、セルフサービスの店が店舗数を伸ばしているが、喫茶室ルノアールは従業員が席まで商品を運ぶフルサービスの店。

同じ形態をとっているチェーンではコメダ珈琲店や珈琲館、星乃珈琲店などがある。1号店のオープン年、現在の店舗数はそれぞれ1968年/1004店舗、1970年/208店舗、2011年/279店舗だ。

喫茶室ルノアールが店舗数では少ないのに知名度が高いのは、都心、駅近の目立つ場所に店舗を構えていることや、歴史の長さに由来するのだろう。

ただ、都心のアクセスのよい立地、コーヒー1杯で長時間滞在できるフルサービスのお店という特徴が、コロナ禍では不利に働いた。都心から郊外へと人流が移り、またテイクアウトにもうまく対応できなかったため、20店舗近くが閉店になったのだ。

これらの打撃に対抗するために同社ではさまざまな模索を行った。例えば手作りパンの「BAKERY HINATA」出店、シャトレーゼとのフランチャイズ契約による出店などだ。

なお現時点ではコロナ禍の影響から回復を果たしてきており、出店を加速。都心型の喫茶室ルノアールの店舗数も増え、2023年度の売上高も73億5100万円(前年同期比12億6600万円増)となっている。

こうした経緯を踏まえたうえでの、新業態オープンとなった。アリーヌカフェには、どのような期待が込められているのだろうか。

銀座ルノアールで新しい業態を担当するCエリアスーパーバイザーの宮下祐一氏は「アリーヌカフェは喫茶室ルノアールに次ぐ、第2の柱として成長させたい」と説明する。

「ターゲットは30〜60代女性で、中でも、モノよりは時間やコトを大切にする“意識が高い系”だ。喫茶室ルノアールの主要客層は30〜50代男性なので、ちょうど正反対。つまり従来の業態では取り込めなかった層を補うブランドとして、新業態は設計されている」(宮下祐一氏)


手作りスイーツを盛り合わせたデザートプレート(920円)。チーズケーキはベイクドとレアの中間のような味と食感。ケークオシトロン(レモンケーキ)はレモン味がキリッとしており、甘みも強め(撮影:大澤誠)

ルノワールの妻の名前をブランド名に冠したのにも、「メイン業態の喫茶室ルノアールを支える存在」との意図が込められているのだ。

第1号店は府中となったが、これはちょうどタイミングが合ったということのよう。戦略的には、銀座、表参道の立地や商業施設内など、これまでの業態では出店できなかった出店地を狙っていく。

府中も閑静な住宅地を抱え、住民のほか、買い物や観光目的の集客も見込める。アリーヌカフェの前に入っていたのも同じカフェの倉敷珈琲店であることからも、喫茶店の需要はあると考えられた。

府中店での反響と課題

実際、オープンがゴールデンウイーク直前だったこともあり、予想の1.3倍程度の客が来店。「オープン特需」と言える状況だったそうだ。

ただしその後3カ月を経て、課題も見えてきた。まず目標客単価には現状では届いていない。手作りスイーツやグラタンを注文する客が8割程度になることを見込んでいたが、実際は6〜7割程度だからだ。

また、現在は以前のテナントである倉敷珈琲店の営業時間を踏まえ、午前7時〜午後10時(月〜土)に設定したものの、朝と夜の客数がそれほど多くなかった。


パイナップルフローズンヨーグルト(800円)。パイナップルを使ったものは珍しい。ほかにストロベリーも(撮影:大澤誠)

「朝に活動されるのは近隣の高齢者で、このブランドのコンセプトは刺さらないのではないか」(宮下氏)

確かに、アリーヌカフェのコンセプトである南仏はのんびりとしたイメージで、早朝や深夜のアクティブな活動とはそぐわないように思える。

上記を踏まえ、営業時間の見直し、早朝・ディナータイム対策、新メニュー、販促等などについて検討中だそうだ。

「ただし安易にコンセプトをずらしていって失敗した過去の反省もあり、慎重に見極める必要があると思っている」(宮下氏)

銀座ルノアールでは、喫茶室ルノアールをよりカジュアルにしたCafe Renoir(2018年/5店舗)、郊外型でFC展開を狙ったミヤマ珈琲(2012年/4店舗)のほか、NEW YORKER'S Cafe(1999年/5店舗)、Cafe Miyama(2003年/2店舗)、瑠之亜珈琲(2015年/1店舗 ※2024年7月に閉店)などのさまざまな業態を開発してきている。立地や客層に合わせた出店を模索してきた結果だ。

確かにすべて喫茶業態なので、コンセプトをぶらさず、ブランディングをしっかり行わなければ客にとっては違いがわかりにくくなってしまいそうだ。

他店と比べて価格は?

では、銀座ルノアールが大きな期待を込めて打ち出した新業態、アリーヌカフェの実力はどうだろうか。

私見だが、空間へのこだわり、商品品質や価格という面でバランスがよいと感じた。昨今では滞在時間15分程度のセルフサービスの店でも、ちょっとした軽食だけで1000円を超えてしまう。

それに対し、くつろげる空間づくり、グラタンとドリンクのセットで1280円からという価格は、同じようなほかのチェーンと比べても十分競争力を持つのではないだろうか。筆者の属性がブランドのターゲット内に収まっており、店舗のスペースや雰囲気を重視するほうなので、余計そう感じるのだろう。

ちなみに価格をほかのフルサービスの店と比べると、コメダ珈琲店のチーズカリーグラタン「夜コメプレート」が1040〜1100円、星乃珈琲店の「窯焼きスフレドリア」がドリンク付きで1300〜1400円前後(店によって異なる)、珈琲館の「特製ナポリタンランチセット」が1310円だ。


バジル香るサバとトマトのグラタン(950円)。パン、ライスを選べる。サバとパンの組み合わせは意外だが「サバサンド」の例もあり好相性(撮影:大澤誠)

なお、アリーヌカフェの強い武器となっているのが、提供スピードの速さだ。グラタンや焼き菓子などは普通時間がかかるものだが、同カフェでは、少なくとも取材時は10分以内で提供され、待たされるという印象はなかった。宮下氏によると、スチームコンベクションという調理器具を初めて導入したことも、その理由の一つだそう。

スチームコンベクションとはオーブンに蒸気発生装置を備えた器具で、複数の調理法が可能。多くのメニューをスピーディに調理できる、ボタンを押すなどの簡単な操作で調理できるなどのメリットがある。機械を導入するために広い厨房スペースが必要とのことで、出店場所を選ぶ。例えば既存店を業態転換する場合にはネックになるだろう。

銀座ルノアールではアリーヌカフェのこれまでの実績を踏まえ、営業時間やメニューについて検討していくが、メニューバリエーションについては拡充が決まっており、各カテゴリーにおいて期間限定商品や新商品を導入していく予定だ。

ルノアールのよい伴侶として広く認められる存在になりうるのか、今後の展開が待たれる。

(圓岡 志麻 : フリーライター)