あの「葛西臨海公園」がオシャレに変貌した事情
葛西臨海公園のバーベキュー場「ソラミド バーベキュー」(写真:ゼットン提供)
これまでの外食企業の成長は、基本的に新規店舗の出店ありきだった。しかし、人口が減少し、人々の嗜好が多様化している中、際限なく店舗数を増やしていく手法に限界があるのも事実だ。
こうした中で、公園というこれまで比較的手つかずだった場所に付加価値を付けるという新たなビジネスで実績を上げ始めているのが、「アロハテーブル」などのカフェを手がけるゼットンである。未踏の領域で成功している秘訣はどこにあるのか。
カフェに加え、バーベキュー、ウェディングも
緑の芝生と、その先に広がる東京湾の青い海ーー。そのコントラストを見た瞬間、心をつかまれるのと同時に、来園する人を喜ばすアイデアが次々と沸いてきた。
依頼があったカフェだけでなく、無料休憩所やバーベキュー場、芝生エリアまで手がけることができたら公園のイメージを刷新し、街に新しい価値を加えることができるのではないだろうか。ゼットンの鈴木伸典社長はそう考え、東京都に逆提案を行ったうえで、葛西臨海公園の再開発事業を引き受ける決断を下す。それが飲食店運営を主とする従来のビジネスモデルからの脱却の瞬間でもあった。
現在は「公園再生事業」と位置付けられ、同社のアイデンティティになるほどの大きな存在感を放つ。葛西臨海公園ではカフェに加えて、バーベキュー場や結婚式のサービスも提供している。こうした事業の収益は年々増えており、鈴木社長によると、2024年1月期第2四半期の売上高と利益は、前年同期比で1.5倍近くに成長した。
「外食企業が公園再生事業を手がけていると聞くと、園内でカフェを運営しているだけだと思われる人もいるかもしれません。しかし、当社では、Park-PFIという法制度を最大限に活用し、公園というパブリックスペースが街の価値向上につながるような提案を行っています」(鈴木社長)
そのキーとなるのが、歴史や風景といった公園ならではものだ。ゼットンではそれを探し出して、その魅力を体感できるようなサービスを提供している。上記の通り、海を臨む葛西臨海公園ではバーベキューやウェディングなどを展開した結果、家族連れやカップルの来園が増えただけでなく、街自体のイメージ向上にもつながり始めている。
利益率の高い備品レンタルに目を付けた
だが、鈴木社長自体はもともと公園の開発事業に関心をもっていたわけではなかった。2018年ごろ、次の成長に向けた戦略を練りながら、当時日本でも話題になり始めていた持続可能性(サステナビリティ)について自社のビジョンとも重なる部分があったため学びを深めていく中で、ビジネスとして成立する方法を模索していた中で葛西臨海公園からカフェ誘致のオファーがあった。
東京の東部での事業経験が浅かったことなどから断ることも考えたというが、実際に現場に足を運んでみたときに、同公園のポテンシャルを感じたのは冒頭の通りだ。カフェに加えて、バーベキュー場などのコンテンツを増やせばマネタイズができる、と考えた。
そこでまず、カフェを2軒作り、さらにバーベキュー場の運営をゼットンが請け負うようにした。過去に片瀬江ノ島で海の家をやった経験から、ビーチパラソルやビーチチェアといった備品のレンタルは需要が高いうえ、利益率も高いことがわかっていたため、葛西臨海公園でもバーベキュー場でレンタルを開始。「雨が降ればテント、人数が多ければいすが欲しいだろうな。そういうのを1つずつリストアップしていった」(鈴木社長)。
こうした事業はそれ自体が低炭素であるという点も、ゼットンが掲げていたサステナビリティというテーマにあてはまった。
結果として、葛西臨海公園のプロジェクトは初年度から3億円強の売り上げがあり、翌年度には5億円を超えるとともに利益率も20%を誇っている。
飲食店の場合、利益率は10%あればいいほうで、人件費や原材料費が高騰している中、5%前後で苦戦しているお店も多い。しかも売り上げの上限は席数の影響が大きく、その中で客数と客単価を掛け合わせて決まってしまう。
一方、公園再生事業はサービス内容次第でいくらでも売り上げを伸ばせる余地がある。カフェが満席でも、広大な芝生エリアでピクニックセットを貸し出せばより多くの顧客を得ることができる。いわば、利便性の向上と収益性の向上がリンクしている点が、このビジネスの強みということもできるだろう。
建物を作るのではなく、ロケーションを生かす
ゼットンの公園再生事業の最大の特徴は、各公園の強みである「宝」をみつけ、それを最大限に生かす点にある。だからこそ、建物を新たに建設するような提案を行わない。それを象徴するプロジェクトがコンビニエンスストアの跡地をリニューアルさせた山下公園だ。その詳細について、鈴木氏はこう語る。
「山下公園は観光客も多いため、新たに建物を建てたら相応の集客は期待できたでしょう。しかし、当社では山下公園の宝は、みなとみらい地区やレインボーブリッジ、横浜港大さん橋などを一望できるロケーションにあると定義づけました。また、横浜を広域にとらえたとき、みなとみらいをはじめ、関内や横浜中華街、山手・元町などの中心に位置するだけでなく、周辺をつなぐハブになっている。その特徴を踏まえて結節点という方向性を定めるとともに、魅力を体感できるコンテンツづくりを考えました」
そしてできたのが、「THE WHARF HOUSE(ザ・ワーフハウス)」というレストハウスで、中にはカフェとレストラン、バーベキューテラス、ビアガーデン、そして足湯がある。象徴的なのは、東京湾を眺めながらつかれる足湯だろう。このアイデアも、ロケーションを生かすという方向性があったからこそ生まれている。
もし当面の集客を優先するならば、複数フロアからなるカフェや商業施設を建設していたかもしれない。しかしその結果、視界が阻まれ、周囲から人を引きつけられなくなってしまう可能性がある。
足湯のおかげもあってザ・ワーフハウスは初年度で3万人の来客を達成するというジェットスタートを切った。これにより、従来のレストラン事業ではなしえなかった稼ぎ方が可能になった。ザ・ワーフハウスの足湯は1人200円で、もし3万人の半分が足湯を利用するだけでも3000万円の売り上げ、それがほぼそのまま利益にもなる。
飲食店で3000万円の利益を出すのは大変
飲食店で3000万円の利益が出る店を作ろうとしたら、実現までの道のりがかなり険しい。利益率が10%だとしたら、年間の売り上げは3億円必要だ。月間で2500万円の売り上げを叩き出す店をつくるには、ある程度の立地に、それ相応の広さの店を抱えるのと同時に、莫大な初期投資と、日々のオペレーションを回す多数のスタッフも雇用しないといけない。加えて、毎日、満席近くまで埋まるように販促を行いながら人件費と原材料費をコントロールして、利益を残していく必要もある。
もちろん、人手不足で十分なシフトを組めなかったり、原材料費の高騰でメニューの見直しを迫られたりすることもあるだろう。そこまでしても10%の利益さえ残らないケースはめずらしくない。外食業界の常識から考えると、山下公園の稼ぎ方は規格外だと言わざるをえないのだ。
ゼットンがなぜPark-PFIで実績を出せているのかというと、「店づくりは、人づくり 店づくりは、街づくり」というビジョンの下、その街で必要とされる店づくりをしてきたからだ。
それを通して、コンセプトをつくり、デザインで色付けしたうえで、顧客に価値が伝わるようなオペレーションを構築していくノウハウを培ってきた。それが街に新たな魅力を加える場づくりに生かされ、公園の価値創造に役立っている。そうした結果、多くの公園からも引き合いがくるようになっている。
「以前まで、公園は不特定多数の人が利用する場として無味無臭であるべきでしたが、Park-PFIの創設によりその考えが変わりました。当社ではPark-PFIは公園の色を決めるプロジェクトだと思っています」と鈴木社長は話す。
「そもそも価値を感じてもらえないと、来園した人たちは公園でお金を使おうとしないでしょう。だからこそ、その作業は同時に、どんな人が公園に来てほしいかを決めることになります。そのアプローチはレストラン作りと変わりません」
鈴木社長(撮影:尾形文繁)
ハワイのカフェを逆輸入して海浜公園をテコ入れ
目下進んでいるのは、神奈川県藤沢市の鵠沼海岸での再開発事業だ。海に面しているという立地を生かした新たな海浜公園を作ろうと、同社がハワイのホノルルで展開するカフェ「GOOFY Cafe & Dine」を逆輸入する予定だ。
鵠沼海岸の店舗では海という宝はもちろん、富士山を望めるロケーションも生かして、その魅力を堪能できるテラス席などを設けていく。付近に多くいるサーファーだけでなく、浜に遊びに来た家族連れや近隣の人が豊かな時間を過ごせるような場所にしていく計画だ。
公園を軸とした新たなビジネスモデルは世界でもめずらしいとあってか、大手コンサルティング企業やアメリカのビジネススクールからもケーススタディにしたいとの要望が相次いでいるという。公園再生事業を軸に、同社の事業がこれまで以上にシナジーを発揮し、新しい価値を作り出す。その先に次世代の外食企業の在り方があるのは間違いないだろう。
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(三輪 大輔 : フードジャーナリスト)