想定外の「専業主夫」生活を大満喫する51歳の人生
若い頃には想像もしなかった転職先で出会った妻との暮らしとは?(イラスト:堀江篤史)
筆者は愛知県蒲郡市の賃貸マンションで妻と二人暮らしをしている。ちょっとした自慢は、全14世帯のうち7世帯はLINEグループでつながっていることだ。
普段からやり取りするわけではないが、「近くの駐車場に不審者がいる」「隣のマンションで火災報知機が鳴り続けている」といった非常事態では一致団結。情報を出し合って解決策を考えている。
入り口付近で会えば立ち話。余りそうな食材や料理はお裾分け。楽しいし、生活も豊かに安全になっていると思う。わが家ではこうしたご近所付き合いの8割を筆者が率先して行っている。物々交換や井戸端会議が大好きだった母に似たのかもしれない。
海外で働く妻の帯同で専業主夫に
だから、某国で専業主夫をしている宮本博貴さん(仮名、51歳)が日本人会の「婦人部」で副部長をしていると聞いても驚かなかった。ただし、約100人の部員のうちで男性はまだ数人だという。
「いわゆる駐妻会ですね。でも、妻の帯同でこの国に来ている男性もいるし、現地の男性と結婚した女性もいます。時代に合わせて参加資格を整理し直さないといけないと話し合っているところです」
博貴さんの妻である桃子さん(仮名、41歳)は、この国での日本政府による開発援助に専門家として携わっている。国際協力の仕事はプロジェクト単位で雇用されることが多く、博貴さん自身も2022年の春までは別の国で開発援助プロジェクトの管理業務を担っていた。
「結婚した1年後にそのプロジェクトが終わって、今は主夫です。婦人部の他、卒業した大学の現地コミュニティの活動などにも勤しんでおります」
髪は白髪交じりだけど、人懐っこい笑顔とユーモラスな話し方で年齢を感じさせない博貴さん。Zoom画面越しにも人柄の良さが伝わってくる。確かに、いろんなところで世話役を任されそうだ。
大学卒業後の16年間、恋愛や結婚とは縁遠かった
博貴さんは大学を卒業してからの16年間は大手食品メーカーで働いていた。海外事業などにも携わる幹部候補生だったようだが、恋愛や結婚とは縁遠かった。なぜなのか。「隣の部屋に妻がいるので……」と言いにくそうな博貴さんに無理に問い質したところ、自分は失恋を引きずるタイプなのだと小さな声で教えてくれた。
「同じ支店に配属された同期の女性が好きでした。ちゃんと告白しましたよ。当時のコンプライアンス研修で『告白は3回まで。4回目からはセクハラになる』という指針を示されてようやく諦めました(笑)。30人弱の同期はいい人ばかりで、今では結婚して幸せな家庭を築いている彼女ともずっと友だちです。でも、諦めてから10年は他の女性を好きになりませんでした。どのへんが好きだったのか、ですか? 最初はやっぱり見た目ですかね……。あ、今は違いますよ。私が一番かわいいいと思っているのは妻です!」
最後だけやたらに声が大きくなる博貴さん。純真な人物である。40歳のときに国際協力系のNGOに転じ、日本と海外を行き来する日々が始まった。失恋の傷はさすがに癒えていたが、大企業から離れた身でキャリアを構築しなければならない。必死で働き、2016年には日本政府による国際援助の拠点に移ることができた。そこで知り合ったのが専門家の桃子さんだった。
「20人以上いる拠点でしたが、全員がオフィスにいるわけではありません。妻は現場に出向くことが多い専門家です。食事会などでたまに顔を合わせる程度でした」
それでも桃子さんの「かわいい感じ」の見た目と一生懸命な働き方に好感を持っていたと振り返る博貴さん。桃子さんとの仲が深まったのは新型コロナウイルスの感染拡大がきっかけだった。
「プロジェクトの途中で帰国せざるをえなくなりました。どちらも東京に家があるので、『ゴハンでも食べに行きましょう』と誘い合って会うようになったのです。居酒屋で隣り合った酔っ払いに、『夫婦じゃないの? あなた、好きならハッキリしろ。告白しろ』と絡まれて、その場でプロポーズ。妻は返事をくれませんでしたが、その晩は一緒に泊まりました」
桃子さんが神社仏閣好きなので、1週間後に2人で千葉県にある大きなお寺にお参りに行った。その場で桃子さんから「あのときは本気だったの? 本気じゃないならそう言ってもらえればかまわないよ」と問われた。ここは酒の力を借りずにハッキリするべきタイミングだ。
「本気です。僕と結婚してくれませんか」
博貴さんは改めてプロポーズし、桃子さんからの快諾を得た。それが2020年12月。翌月には桃子さんは任地に戻らなければならず、それぞれの実家に急いで挨拶を済ませた。現在の博貴さんは桃子さんの帯同者として暮らしている。
「駐在手当でお手伝いさんを雇えるので洗濯と掃除はやってもらっています。平日の料理は私がクックパッドで覚えた和食を出していますが、土日の料理は妻の担当です。妻がもらっている扶養手当で食材費ぐらいは賄えますし、余ったら私のお小遣いとさせてもらっています。私にも蓄えはあるので、妻へのプレゼントぐらいは買えますよ」
妻と結婚しなければ、会社を起こすこともなかった
高学歴でかつてはエリート会社員だった博貴さん。社会的にはまだ珍しい「専業主夫」であることに不安はないのだろうか。
「最初は焦りがありました。自分も早く仕事を見つけなくちゃ、と。でも、2年経った今ではこの生活が普通になりました。妻と一緒にお笑いのユーチューブ動画を見たり、バカな会話をしたり。こんなに楽しいならばもっと早く結婚しておけばよかったなと思うことはありますね。でも、この年齢で結婚して子どもがいないからこそ、今のような生活があるのだと納得もしています」
最近、博貴さんは「コンサルティングとトレーディング」の会社を立ち上げた。日本の次ぐらいに好きになったこの国に根を下ろして働きたいと思っている。
「成長著しいこの国と関わりたい日本企業の要請に何でも応えられる会社にするつもりです。妻は別の国で援助活動をしてもいいと思っているようですが、私はこの国が気に入っています」
博貴さんには適職だと筆者は思う。国際プロジェクトの進行管理のキャリアがあり、愛情も純情も豊かで、さまざまな人とまめに連絡を取り合ってフラットな交際ができる人物だからだ。この国で培った公私の人脈も大いに生きることだろう。
桃子さんと結婚しなければ、博貴さんは専業主夫を経験することも会社を起こすこともなかった。結婚相手の都合に合わせた生活環境であっても、楽しく暮らす努力をしていると、自分が持つ意外な力を発揮できるような仕事や趣味と出会えるのかもしれない。
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(大宮 冬洋 : ライター)