今のアメリカは「ほぼトラ」ではなく「まじトラ」だ
正式に共和党の大統領候補となったトランプ前大統領。だが今のアメリカは「ほぼトラ」とまでは言い切れない(写真:ブルームバーグ)
円高が進み、ドル円レートが久々に一時1ドル=155円台をつけた。ドナルド・トランプ前大統領がブルームバーグへのインタビューで、「円安と人民元安批判」を展開したことが効いてくれたもようである。
もっともトランプさん、4月23日にドル円が1ドル=154円をつけたときにも「大惨事だ」とドル高を牽制している。そのときには効かなかったトランプ発言が、今回は2円以上も相場を動かした。いかにもマーケットらしい現金な反応といえるのではないだろうか。
相場格言にいわく、「噂で買って現実で売る」。今はトランプさんの片言隻句(せっく)が相場を動かしているが、タイミングが変わるとまったく違う読み筋が出てくることもある。
しばらくは「トランプトレード」の季節に?
この連載は競馬をこよなく愛するエコノミスト3人による持ち回り連載です(最終ページには競馬の予想が載っています【2024年1月5日編集部追記】2024年1月1日、山崎元さんは逝去されました。心から哀悼の意を捧げ、ご冥福をお祈りします)。記事の一覧はこちら
例えば「トランプ政権発足で財政赤字拡大」→「アメリカ長期金利上昇」→「日米金利差が再拡大」→「ドル高円安」でも不思議はあるまい。不動産ビジネス出身のトランプさんは、高金利と強いドルが大嫌い。しかるに彼の政策が金利上昇をもたらすことだってあるわけだ。
ましてトランプさんは、輸入品に一律10%を、対中製品には60%の関税を課すとも言っている。このことがアメリカ国内のインフレを再燃させ、同国の連銀が再利上げという筋書きもありうるところだ。
こんなふうに政治に動きがあれば、これを奇貨としてマーケットは動く。しばらくは「トランプトレード」の季節ということになるだろう。
なんとなれば、トランプさんの大統領当選確率は、この半月ほどで急激に上昇した。いつも参照しているアメリカの政治情報サイトRCP(リアル・クリア・ポリティクス)のベッティング・オッズ などから判断すると、現状は6〜7割といったところか。もはや「もしトラ」などと呼ぶのは失礼であろう。「もしトラ」は、たぶん当選確率が2〜3割のときに使うべき言葉である。
とは言うものの、「ほぼトラ」(8割以上)と口にするのも憚(はばか)られるところだ。過去6回のアメリカ大統領選挙のうち、最も大差がついた2008年選挙においても、当選したバラク・オバマ候補(民主党)と破れたジョン・マッケイン候補(共和党)の票差は、一般投票数にすると6590万票対5950万票とわずか7.2%差にすぎなかった。
アメリカ社会の左右の分断は、それくらい進んでいる。ゆえに2024年選挙も、最後はかならず1桁台の接戦となるとみておくべきであろう。
しかも、ジョー・バイデン大統領は「選挙戦を降りない」とファイティ
ングポーズを続けるも、17日、なんとこのタイミングで新型コロナウイルスに感染してしまった。いやもう、時に利あらずというか、前回の「アメリカ大統領選挙でバイデン氏は撤退するのか」(7月6日配信)でも指摘したとおり、もはや民主党の候補者差し替えは不可避なんじゃないだろうか。11月5日の投票日までには、まだまだ波乱がありうると考えておいたほうがいい。
「まじトラ」で色分けされる「勝ち組」と「負け組」
となれば、現状は「まじトラ」(真面目にトランプ)と呼ぶのが適当ではないかと筆者は考えている。それでも、「どっちが勝つかわかりません!」と言っていた6月中旬までとは確実に状況が一変した。
「2025年1月20日に第2次トランプ政権が発足」というシナリオを、市場関係者は急いで頭に入れておく必要がある。とりあえずナスダック総合指数やS&P500種指数に比べて遅れていたダウ工業株30種平均が最高値を更新し、トランプ発言で為替が動くくらいには、市場は「トランプ大統領の復権」を織り込み始めている。そこで「トランプトレード」が始まるわけである。
来年1月からの政策変更を先取りして、すでに株式市場では「勝ち組」「負け組」が色分けされつつある。トランプ政権発足となれば、まずは防衛関連株、そして石油・天然ガスなどの地下資源関連、さらに規制緩和を当て込んだ金融関連銘柄などに注目が集まる。
逆に民主党政権下で優遇されてきた、再エネやハイテク関連には逆風となりそうだ。とくにEV(電気自動車)向けの補助金は打ち切りとなるおそれがある。ここへきてイーロン・マスク氏は大口献金を行い、トランプ応援団としての旗幟を鮮明にしているが、今後のテスラ株がどうなるかはまことに興味深いところである。
また、トランプさんは仮想通貨推進派と見られていて、ビットコインなどの暗号資産が値を上げている。15〜18日まで行われた共和党全国大会では、トランプ政権の政策綱領(プラットフォーム)が公表されていて、その中にはちゃんと「暗号資産」の項目が入っている。「民主党政権下で行われてきた不当な取り締まりに終止符を打ち、逆にCBDC(中央銀行デジタル通貨)の創設には反対」という立場が記されている。
2024年版のプラットフォームは、共和党のホームページからダウンロードできる。そう長いものではないので、翻訳ソフトを使えば簡単に目を通すことができる。「トランプトレード」のヒントがたくさん詰まっているはずだ。
それにしてもトランプ対バイデンの戦いは、先月と比べてなんと差がついたことか。思うにこの半月の間に、以下の3つの「事件」が起きている。
(1) 6月27日のテレビ討論会
(2) 7月1日に最高裁が示した判断
(3) 7月13日のトランプ氏暗殺未遂事件
テレビ討論会でのバイデン氏の失態については、前回の当欄で詳述したので、ここでは繰り返さない。3番目のトランプ氏暗殺未遂事件の効果も、「言わずもがな」であろう。右耳に銃弾を受けて流血しながら、星条旗たなびく空に向けてこぶしを突き上げたトランプさんの「絵」は、容易に忘れがたいものとなった。頼りないバイデンさんとは、あまりにも好対照ではないか。
意外と重要な役割を果たした最高裁判断
ところが、2つの事件に挟まれた2番目の最高裁判断が、意外と重要な役割を果たしている。トランプ氏に迫っていた4つの刑事裁判の脅威が、急に遠のいたのである。
トランプ陣営はこれまで、「大統領には免責特権があるはずだ」との論陣を張っていた。任期中に行った仕事に対してあとから訴訟の対象になるかもしれないのでは大統領はやっていられない、というのである。しかるに大統領を特例扱いすることは、「法の前の平等」原則に外れ、いわば「人の上に人を作る」ことになる。当然、却下されるだろう、というのが事前の大方の読み筋であった。
しかるに7月1日に最高裁が下した判断は、大統領が公務としての行為には免責が及ぶ一方で、公務でない行為は訴訟の対象になるというものであった。そして大統領の行為が公務かそうでないかは、下級審が判断すべきとして審理を差し戻した。保守派の6人の判事が賛成し、リベラル派3人の判事が反対した結果で、絵に描いたような「保守派判決」ということになった。
これですっかり状況が変わった。4つの刑事裁判は現状、以下のとおりだ。
1. 口止め料事件:ニューヨーク地裁で5月30日に有罪判決が出て、7月11日にはマーチャン判事が量刑を言い渡すばかりになっていた。しかし今回の最高裁判決を受けて、有罪の根拠となった証拠の一部が使えないことになり、量刑言い渡しは9月まで延期されることが決定した。
2. 機密書類事件:トランプさんが大統領退任時に機密文書を持ち出し、自宅で保管していた疑惑については、フロリダ連邦地裁が「特別検察官を任命した司法省手続きが憲法違反だ」と判断して、7月15日に起訴棄却が決定した。
3. 連邦議会襲撃事件(1月6日事件):大統領選挙の結果を覆そうと、手続きを妨害した件で、トランプさんにとってはこれぞ大本命の裁判といえる。最高裁判決によって、「大統領の個々の行為が公務か否か」をワシントン連邦地裁が判断することになり、途方もない時間がかかりそうである。大統領選挙前の初公判はほぼ絶望的であり、タニヤ・チュトカン判事としては、苦しい判断を迫られそうだ。
4. ジョージア州事件:同州における大統領選挙結果を覆そうとして、トランプさんが州政府に圧力をかけたという問題。担当検事の不倫疑惑などが発覚したことで、裁判は当分始まりそうにないことが確実となっている。
このままだとアメリカは決定的に保守化する
トランプ氏を取り巻いていた司法問題という「霧」が、スーッと引いて行ったような感じである。いやもう、これだけの変化がほぼ半月の間に起きたのだから、「もしトラ」が「まじトラ」になるのも無理はないのである。
しかし「三権分立」の司法がこんな風に保守化していて、行政のホワイトハウスにトランプさんが復権し、立法の議会選挙もこのままでは民主党に分がないとなると、2025年以降のアメリカは決定的に保守化することになる。
やはりバイデンさんは身を引いて、誰か別の候補者を立てるべきではないのか。もっともその辺の展開については、近い将来に再び当欄でご紹介することになりそうだと筆者は感じている(本編はここで終了です。この後は競馬好きの筆者が週末の競馬を予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。
ここから先はおなじみの競馬コーナーだ。
21日は中京記念(G3)。今年は改修工事に伴う日程変更により、レース名がついている中京競馬場ではなく2021、2022年と同じく小倉競馬場の芝1800メートルで行われる。小回りの平坦コースでハンデ戦だけに、しばしば大荒れとなることで知られている。
しかも週末は、最も当てになる2人、クリストフ・ルメール騎手が夏休み、川田将雅騎手が体調点検のために騎乗しない。となれば、いっそ人気薄から狙ってみるのも一案といえるだろう。
ちなみに過去10年のこのレースは、1〜5番人気は【4−2−9−34】だが、6〜9番人気は【5−4−1−30】とほとんど遜色がない。重賞未勝利馬が8連勝中ということもあり、ここは大胆に狙ってみることにしよう。
「アナゴサン」で稼いで「うなぎ」を食べる皮算用
そこで本命に抜擢するのはアナゴサン。小倉に良績があり、今期は松若風馬騎手とのコンビで4着、3着と尻上がりに調子を上げている。斥量56キロも恵まれたといっていいだろう。
ちなみにこのレース、2014年にサダムパテックが58キロを背負って勝っているが、それ以外は全部、57キロ以下である。今回も59キロのエルトンバローズや58キロのエピファニーは、たとえ人気になっても「消し」でいいだろう。アナゴサンから斥量が軽めの馬にワイドで流してみるのも面白そうだ。
競馬が終われば24日は土用丑の日。アナゴサンで稼いだお金でうなぎを食べる、というのも楽しそうではないか。関東甲信・東海地方は18日にとうとう梅雨明けした。ついでに生ビールも一杯と行きたいところである。
※ 次回の筆者は小幡績・慶應義塾大学院教授で、掲載は7月27日(土)の予定です(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)
(かんべえ(吉崎 達彦) : 双日総合研究所チーフエコノミスト)