函館市民の足として定着している市電は観光にも欠かせない存在だが、不便な部分もある(筆者撮影)

都会の灼熱を避け、夏の旅行は北海道へと考えている読者も多いだろう。空路のみならず、新幹線も新函館北斗駅までが開業済みの函館は、気軽に行ける北海道の観光地として人気が高い。

その函館に、星野リゾートの「街ナカ」ホテルブランド「OMO(おも)」の新施設、「OMO5函館」が7月6日にオープンした。同施設では、函館の観光課題を解決する取り組みも行うといい、興味深い。開業直後の7日に取材した。

宿泊者限定で無料バスを運行

函館は観光満足度の高い観光地である。函館市などが行った2022年度の観光動向調査によれば、函館を訪れた観光客の96.3%が「また、来たいと思う」と回答している。「函館山の夜景」や「朝市で食べる海鮮」など、それぞれのコンテンツの満足度が高いことが、このような結果に結びついているのだろう。

一方で、函館を観光していると、ストレスを感じることもある。その最たるものが市内の交通アクセスだ。函館駅前から各観光名所へ向かうバスは出ているが、次の目的地に移動しようとしたときに、どうすればいいのか迷うのだ。主な観光名所を巡る循環バスも運行されているが、日中は40分間隔で、左右両回りではなく片回りであるなど、あまり使い勝手がよくない。


赤レンガ倉庫などのあるベイエリア(筆者撮影)

【写真】函館の夜景、新鮮な魚介類も食べられる「大門横丁」、「OMO5函館」大浴場の琥珀色の湯、海灯りの湯上がりラウンジなど(10枚)

また、市電は2つの系統が運行されているが、市電を使って五稜郭に行こうとすれば、五稜郭を一望する「五稜郭タワー」まで最寄りの停留場から750mほど歩かなければならず、微妙にアクセスしづらい。函館山ロープウェイ乗り場に向かう場合も同様で、停留場から急坂を登らなければならない。

もちろん、「歩けば街の風情を楽しめる」というポジティブな面もあるが、真夏の暑い盛りや足腰の弱い高齢者などはそうも言っていられないだろう。おそらく、タクシーで移動する人も多いのではないか。

函館を巡る3つのルート

こうした面に着目し、OMO5函館が施設オープンと同時に運行を開始したのが「函館ぐるぐるフリーバス」だ。同バスは時間帯によって3つのルートを巡り、宿泊者限定だが無料で利用できる。運行は網走バス(2024年4月1日付でHKB=本社:函館市を合併)に委託している。


宿泊者が無料で乗れる「函館ぐるぐるフリーバス」。目立つのでホテルの宣伝効果も期待できそうだ(筆者撮影)

具体的な運行ルートを見ると、朝は五稜郭公園近くまでアクセスする便を2本運行する(ルート1)。日中は函館山ロープウェイ乗り場や歴史的建物が建ち並ぶ元町エリア、ショッピング施設となっている赤レンガ倉庫などのあるベイエリアを巡り(ルート2)、夜景の時刻には、函館山ロープウェイ乗り場への直行便を4本運行する(ルート3)。


無料バスのルート図(画像:星野リゾート)

現状、バス1台での運行であり、日中の循環バス(ルート2)が1時間に1本と少ないものの、これまでの交通手段の不便な部分を補完するという意味では画期的なサービスといえる。

こうした新たな交通手段を開設するには苦労が多いと聞くが、「函館ぐるぐるフリーバス」の場合はどうだったのか。OMO5函館総支配人の中村光一朗さんに話を聞いた。

「当社のバスは路線バスではなく、観光バスの扱い。停車する場所(乗降場)に関しては、公安委員会と土地所有者の許可を得れば停車できるが、市役所や函館バスなど地元の交通事業者にも相談しながら、路線を決めていった。乗降場の確保で大変だったのは、桜の季節や祭りの時期に非常に混雑する五稜郭エリアだ。通常、観光バスが停車する駐車場には、常に止められるとは限らないと言われたので、五稜郭公園近くのコンビニと交渉し、同店の駐車場に止めさせていただくことになった」

さらにサービス開始後も、運転手の人件費や、車両のメンテナンスなど含め、相当な費用がかかると思われるが、無料サービスとして提供し続けられるのだろうか。


OMO5函館の宿泊費は、大人1泊1名8600円〜1万3000円前後。写真は1室に4名まで泊まれるデラックスルーム(写真:星野リゾート)

「運行費用は、ホテル全体の売り上げから捻出することになるが、(総客室数245室の中規模施設ということもあり)お客様1人あたりのご負担額はそれほどにはならないと試算している。また、ストレスフリーな観光という価値あるサービスを提供することで、旅行満足度の向上にもつながると考えている。将来的には、ただバスを走らせるだけでなく、ガイドを付けたり、知られざるおすすめスポットにご案内するなど、より付加価値を高めていきたい」

函館の夜、どう過ごす?

次に、いわゆるナイトタイムエコノミーも、函館の観光課題といえる。函館山の夜景を見た後、どこへ行けばいいかわからないといった声を聞くほか、ベイエリアのショップやレストランが19時に閉店した後は、チェーン系のカフェが人であふれる。


函館の夜景(写真:星野リゾート)

だが、知られていないだけで、行くところへ行けば遅くまで営業している店もじつは多いと、中村さんは言う。

「函館駅の近くであれば、地元の人に愛される店が軒を連ねる『大門横丁』がある。同横丁には網元直営の新鮮で旬な魚介を食べられる居酒屋など、穴場の店が多い。また、函館の繁華街のうち、函館駅周辺と五稜郭周辺を比較すると、五稜郭周辺のほうが深夜まで営業している店が多い。現状、こうした情報が、きちんと発信されていない」


新鮮な魚介類も食べられる「大門横丁」入口(筆者撮影)

同じことは、市場に関してもいえる。多くの観光客が訪れるのは、函館駅近くの「函館朝市」だが、函館にはほかにも「はこだて自由市場」や「中島廉売」があり、これらを合わせて「函館三大市場」という。

「もちろん朝市もいいが、『市民の台所』といわれる自由市場は、イカの専門店、貝の専門店、新巻鮭だけに特化した店などもあり、ものすごくレアなものを売っているなどディープな魅力がある。こうした場所は、あまり観光化してほしくないという意見もあるとは思うが、もう少し知られるようになって、函館を訪れるお客様の選択肢を増やすことにつながればと思う」(中村さん)


OMO5スタッフが「はこだて自由市場」を案内するツアーアクティビティーも開催している(筆者撮影)

さらに、函館のそれほど知られていない魅力として、多様な温泉もある。前掲の観光動向調査によれば、函館の訪問目的は、「食・グルメ」が86.4%と圧倒的で、次いで「夜景」が55.6%であり、「温泉」は39.2%と意外に低い(「歴史的建造物の見学」も、ほぼ同率の38.9%)。中村さんは、函館の温泉について次のように話す。


「OMO5函館」大浴場の琥珀色の湯(写真:星野リゾート)

「私が住んでいる場所から、自動車で10分圏内に12軒の温泉があるが、泉質もさまざま。また、函館は漁師町なので、漁の後に一風呂浴びる習慣があったからだと思うが、早朝から営業している浴場も多い。函館の温泉の魅力は圧倒的だ」

夏冬の繁閑差、どう埋める?

函館の最大の観光課題は、夏冬の繁閑差だろう。だが、冷静に見れば、函館の訪問目的として挙げられている「食」「夜景」「温泉」「歴史的建造物」等は、いずれも季節を問わず楽しめるものばかりである。食に関して言えば、「身の引き締まった天然のホタテは冬にしか味わえない。ゴッコ(ホテイウオ)なども冬ならではの味覚」(中村さん)と魅力的だし、夜景や温泉はむしろ冬に訪れたほうが、満足度が高そうである。

スキーリゾートは別として、どうしても寒い冬の北海道は旅行先としての優先度が下がる傾向があるのかもしれないが、それも情報の発信の仕方次第で変わる可能性がある。近年、星野リゾートが行政や地元事業者と連携して、街づくり・誘客に成功している例もあり、何よりも星野リゾートは情報発信にも長けている。今後の動きに注目したい。


「OMO5函館」建物外観と海灯りの湯上がりラウンジ(写真:星野リゾート)

なお、せっかく北海道に行くならば、他の観光地も巡りたいという人も多いと思うが、北海道の星野リゾートの代表的な施設「星野リゾート トマム」にも最近、動きがあった。中国企業の復星(Fosun)傘下の豫園商城が、約408億円で「星野リゾート トマム」を売却したというニュースである(参考記事:「星野トマムを売却」中国企業の"謎だらけの行動")。

星野リゾートは不動産を所有せず、ホテル・旅館の「運営」に特化したビジネスモデルを採用しており、本件については「今後も新しい投資家(オーナー)をパートナーに今までどおり、トマムの運営を続けてまいります」との声明を出している。

新たな投資家である「YCH16」について、星野リゾート広報に問い合わせたところ、「投資家側から何かしら発表があるまでは、弊社からお伝えできる情報はございません」との回答だった。こちらの動きも、引き続きウォッチしたい。

(森川 天喜 : 旅行・鉄道ジャーナリスト)