エバラでも勝てず「宮崎の定番"焼肉たれ"」の正体
エバラでも大きくシェアが取れない宮崎県で、人気の焼肉たれが「戸村本店の焼肉のたれ」。どのようにしてシェアを保ち続けているのか。そこには地方企業のたゆまぬ努力があった(筆者撮影)
夏といえばバーベキュー。肉や野菜と同じく欠かせないのは、おいしい調味料の存在だ。焼肉のたれはそれぞれ好みがあるだろうが、エバラやキッコーマン、叙々苑、牛角などが有名でよく売れている。
中でも、「黄金の味」シリーズで知られるエバラは、圧倒的な売り上げを誇る。エバラの公式サイトを見ると焼肉のたれは全国シェアの44.5%を占めているという。(出典:インテージSRI+ 焼肉のたれ・すき焼きのたれ・浅漬けの素市場 2023年4月〜2024年3月累計販売金額・金額シェア)
宮崎県で圧倒的シェアの「戸村本店の焼肉のたれ」
しかし、そんなエバラでも大きくシェアが取れない地域がある。それが宮崎県だ。
宮崎県で焼肉のたれといえば「戸村本店の焼肉のたれ」が圧倒的シェアナンバーワンを独走し続けている。やや古いデータではあるが、2010年の東京商工リサーチ調べによると、宮崎県での売り上げシェアはなんと53.8%なのだとか。宮崎で焼肉のたれが売れる際、2人に1人以上が「戸村本店の焼肉のたれ」を買っている計算になる。
宮崎での焼肉シーンにはほぼ必ず「戸村本店の焼肉のたれ」が登場するだけでなく、家庭にも年間を通して常備している人が多数でふだんの料理にも使われている。また、鹿児島でもかなり売れており、南九州での人気は根強い。
この「戸村本店の焼肉のたれ」はいかにして生まれ、宮崎や鹿児島で販路拡大をしてきたのか、そしてなぜ南九州で支持されているのか、製造元である株式会社戸村フーズを訪ねてその理由を探ることに。勤務歴約20年の若松工場長が話を聞かせてくれた。
戸村本店の焼肉のたれ。赤、緑、金のパッケージが目印だ(筆者撮影)
病院の看護師たちが支持 おいしくて手軽なたれ
―「戸村本店の焼肉のたれ」について教えてください。
醤油をベースに、バナナやリンゴ、ニンニクなどの材料を釜で直火炊きして作っています。
果物のフルーティーさを生かした甘みと、ニンニクのガツンと効いた味わい、直火炊きによる独特のコクと風味が特徴で、味は創業当時から変わっていません。とろみがあり、肉に絡みやすいのも特徴です。
―たれ誕生の経緯は?
創業者の戸村吉守(故人)が、奈良でお肉の修業をした後に、日南市に戻ってきて小さな精肉店を出していました。道路に面した場所でお肉をケースに並べて販売していたのですが、光が当たることで肉の色が変わってしまう。そこで、何かいい方法がないかというところで、一緒にお店をやっていた弟と考案したのが肉をたれに漬け込んで売ることです。
しかも、たれ漬けなら買って帰ったらあとは炒めるだけですよね。精肉店はちょうど県立日南病院に近くて、仕事が忙しい看護師さんたちが帰り道に寄ってくれていたので、うまくマッチしたようです。
たれ漬けの肉はおいしくて手軽ということで、どんどん売れて、すると今度は「たれだけ売ってほしい」という話になったらしく、お玉1杯50円でビニール袋に入れて販売するようになりました。
創業当時の戸村精肉本店(画像提供:戸村フーズ)
南国の甘い味文化
―「戸村本店の焼肉のたれ」はかなり甘めの味ですが、宮崎の人たちの味の好みはどんな感じですか?
醤油が甘くて、それに子どもの頃から舌が慣れているので、同じように甘い焼肉のたれがすっと受け入れられたんだと思います。うちのたれは、宮崎の次によく売れているのが鹿児島です。同じように甘い醤油文化の土地だからでしょう。甘めの味が南九州で支持されている要因としては大きいのだと思います。
ほかの宮崎の料理も甘めの味付けが好まれていまして、僕は夏にはところてんをよく食べますが、甘い醤油と砂糖をかけて食べています。
スーパーとむらのところてん。たれも併せて売られており、おそらくこれも甘いのだろう(筆者撮影)
―黒蜜と変わらない、もしくはそれ以上の甘さですね(笑)。宮崎で人気の醤油ってありますか。
宮崎全体でいうと、いろんなメーカーがあって人それぞれ使う醤油は結構ばらけていますね。でも昔から地元に根付いた醤油屋さんがあって、地域ごとによく使われて親しまれている醤油はあります。日南には「マルタニしょうゆ」が昔からあって、宮崎の中でもかなり甘めの醤油なんですが、こっちは多くの人がそれに慣れていますね。
スーパーとむらの醤油コーナー。宮崎のメーカーを中心に数多くの醤油が並ぶ(筆者撮影)
―宮崎も鹿児島も醤油は地域や人によってそれぞれですが、たれに関しては「戸村本店の焼肉のたれ」が圧倒的シェアを占めていますね。
ありがたいことです。当時は今みたいにいろんなたれがなかったのも大きいと思うんですよ。醤油、砂糖、みりんなど調味料単体としてのみで、家庭でいろいろ組み合わせて使っていたのが、うちのたれを使っていただけることでまた手間を省けたり、違った味を楽しんだりしていただけたのかなと。
―九州以外での土地での売れ行きはどうでしょう?
東京でも結構買っていただいているようです。東京は地方の人たちが集まっている土地じゃないですか。そこで宮崎、鹿児島出身の方がうちのたれを見かけると、なつかしいと買ってくださるようです。
あまり取引のなかったエリアのスーパーに行ってみたら並んでいたことがあります。「これは売れていますか?」と聞くと、「たくさん売れるかは微妙ですけど、仕入れてほしいとリクエストがあるんですよ」と。そうやって支持してくださっている方がいるんですね。
―焼肉のたれは絶対これじゃないと、と思うんでしょうね。
甘い醤油と同じように、小さい頃からうちのたれを食べてきた子は、大きくなってもこれがおいしいって。それがずっと続いているから今もあるんだろうなと思います。
あと、世代が変わってきて、甘い=おいしいと感じてくれる若い人たちが増えてきて、たれの需要がどんどん北上している感覚はあります。おかげさまで、今は海外まで進出しています。
―海外はどこに出していますか?
シンガポールや香港などアジア圏ですね。一番多いのがシンガポールで、月に1回、大体3トンぐらいの注文が来ます。
シンガポールで外食産業チェーン店を何店舗も手がけている社長が、縁あって沖縄の焼肉屋に行ったらしいんですよ。「こういうのをシンガポールでも出したい」とたれを探すことになり、日本全国の焼肉のたれを試してみてうちのたれを気に入っていただいたようです。
たれはさまざまなサイズで売られており、一番容量の大きい業務用は2200g(画像提供:戸村フーズ)
味の決め手は「直火炊き」にあり
―甘口の焼肉だれは多くありますが、「戸村本店の焼肉のたれ」のほかとの違いは何だと思いますか?
うちのたれは直火で炊くということが一番の特徴なんです。大手の企業がたれを大量生産する場合、蒸気を使う、もしくは調味料を合わせて混ぜて作るのがほとんどで、直火で炊きあげるところはほとんどないと思うんですよね。
直火だと、鍋肌についた醤油がこんがりと焦げて、香ばしい風味が出ます。そこもかき混ぜて入れ込んでいるので、うちのたれならではのコクや味わいが生まれています。
―なるほど、甘さが好まれるだけでなく、こうした手間ひまかけて生まれる風味が消費者の胃袋をがっちり掴んでいるんですね。一方で、直火は管理コストも人手も必要になるので、たくさん作るのは大変ですね。
そうなんです。だから規模が大きいところは全部機械化していますよね。でもうちが直火をやめて、蒸気での加熱システムを取り入れるなどの完全機械化をしていたら、こんなに買っていただけていないかもしれません。それくらい重要な部分で、直火はうちの生命線みたいなところです。
うちのたれの作り方は、成分分析をすれば醤油が何%、砂糖が何%、バナナやリンゴがどのくらい、などはほとんど調べられるでしょう。でも、真似するのはなかなか難しい。それは直火でやるのが大変だから作れないわけですね。仮に、直火スタイルを取り入れたとしても量産できないし、管理コストもかかってしまいます。
だから大手さんがわざわざ宮崎シェアだけを取るために、何千万もかけて直火炊きの設備投資や商品開発っていうのはあまり現実的ではないのかなと思いますね。
うちがどうにか生き延びてこられたのは、直火を続けているから。こだわりを持って、当初からの味を変えない、やり方も変えないっていうところでやってこられたのかなと思います。
たれまんまがおいしい
―焼肉のたれはバリエーションがありますか。
基本的なベースは「戸村本店の焼肉のたれ」と「戸村本店の焼肉のたれ 特選」ですね。特選はニンニクとか、フルーツを多めに使っています。首都圏は特選のほうが多く出荷されています。
あともう1種類「戸村本店の焼肉のたれ ワイン入り」もあり、ワインとはちみつを入れたコクとなめらかな口当たりが特徴です。
―おすすめの使い方はありますか?
唐揚げやチキンバーの下味に使うのはおすすめです。焼肉のたれなので、牛肉向けと思うかもしれませんが、鶏肉にも非常に合うんですよね。
あと白ご飯にかけるとうまいんですよ。焼肉を焼いて、たれをつけてそれをご飯の上にのせて食べるのがおいしいじゃないですか。焼肉じゃなくても、普段からもうたれをご飯にかけて食べています。たれまんまって呼んでいます。
―わかる気がします! 鰻のたれが染みたご飯がおいしい感覚に近いですね。
あと、レシピサイトでうちのたれを使ってキュウリを漬けるレシピを紹介している方がいました。やってみたらおいしかったです。こんな発想、使い方もあるのかと新たな発見がありましたね。
後編となる「営業マンなしで『年間400万本』売れる焼肉たれの秘密 「戸村のたれ」なぜ小さな肉屋のたれが全国へ?」では、小さな精肉店から始まったたれが、いかに販路を広げていったのか、その裏側を紹介する。
ギャラリー
「スーパーとむら」の吾田店を訪問。戸村フーズの親会社である戸村精肉本店は、スーパー、牧場、レストラン経営など多角的に事業を展開している。※戸村精肉本店は、株式譲渡により令和3年から株式会社マルミヤストアの完全子会社となっている(筆者撮影)
「戸村本店の焼肉のたれ」は広くスペースが取られている(筆者撮影)
とむら焼きのたれも売られている(筆者撮影)
醤油コーナーには甘い醤油がたくさん並ぶ(筆者撮影)
「スーパーとむら」の惣菜は8〜9割が手造り。戸村フーズのたれを使った品も多く、「惣菜はほかのどこにも負けない!」と誇る(筆者撮影)
惣菜で一番人気なのが「とむら焼」。揚げた鶏肉に甘いたれを染み込ませてある(筆者撮影)
コロッケも人気。いわゆる“お肉屋さんのコロッケ”である(筆者撮影)
こちらも人気の惣菜「天吉」。ちなみに日南では魚のすり身揚げのことを「天ぷら」と呼ぶ(筆者撮影)
天吉の素も販売。これを購入して、家庭で天ぷら(魚のすり身揚げ)を作る(筆者撮影)
宮崎といえばチキン南蛮。戸村フーズのたれを使って作っている(筆者撮影)
特製にぎり寿司。この日の目玉商品で6貫368円とかなりお買い得(筆者撮影)
釜でたれを炊く様子。詳しくは後編で紹介(画像提供:戸村フーズ)
(横田 ちえ : ライター)