テレビドラマにもなり、大きな話題となってきた中学受験漫画『二月の勝者』がついに完結した(出所:『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第18集 (c)高瀬志帆)

『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』のコミック最終巻となる第21集が7月11日に発売された。過熱する中学受験に対して作品が投げかけたメッセージは何だったのか。コミック最終刊と同時発売された『「二月の笑者」になるために』の著者であり、教育ジャーナリストのおおたとしまささんに、第20集までの全話から名場面ベスト10を選んでもらい、各場面から学べる教訓を解説してもらった。

作品のファンにとっては第21集を読むうえでの「これまでのあらすじ」的復習になるだけでなく、作品を読んだことのないひとにとっても、本作品の世界観を知ることができ、いきなり第21集を手に取っても十分に楽しめるはずだ。

※『二月の勝者』は「週刊ビッグコミックスピリッツ」で2017年12月から2024年5月まで連載された漫画。作者は高瀬志帆さん。中学受験最強塾「フェニックス」の看板講師の座を捨てて中堅塾「桜花ゼミナール」吉祥寺校の校長に就任した黒木蔵人が、新人講師の佐倉麻衣たちとともに、6年生32人全員の「絶対合格」を目指す1年間を描いた物語。

第10位


(出所:『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第1集 (c)高瀬志帆)

「以上が、『凡人にこそ中学受験』の理由です」ー『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第1集第3講より。

息子の三浦佑星をサッカー選手に育てたい父親に、佑星のサッカーの才能が平凡であるという現実を突きつける黒木。そして「スポーツや芸術・音楽等、才能が物を言う分野は本当に厳しい。まだ、勉強のほうが努力のリターンが得やすいです」とたたみかける。その後、佑星は黒木の励ましで勉強にやりがいを見出し、それを見た父親も自分の考えを改め、サッカーの強豪校への中学受験を全力で応援するようになる。

スポーツにおいては9歳から12歳くらいはゴールデンエイジといわれています。諸説ありますが。将棋や囲碁、バレエなどの世界でも、この時期から本格的な鍛錬が始まります。脳科学では10歳くらいから子どもの脳が大人の脳に変化するともいわれています。昔から「九つまではひざの上」ともいいますよね。対象がなんであれ、この時期に何かに打ち込む経験は貴重です。さまざまな学問につながる勉強に打ち込むことも1つの選択肢です。

第9位


(出所:『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第5集 (c)高瀬志帆)

「だってあいつ、毎日塾に来てるじゃん。俺達いつの間にかそれが当たり前な気がしてるけどさ、そもそも『小学生が毎日塾に来て座ってる』こと自体が、すごくね? すごいんだよ! だから、うちの塾に来てる奴らは、一人残らず、すごい!」ー『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第5集第38講より。

授業は真面目に受けない。テストも鉛筆を転がして答える。自習室で炭酸飲料をぶちまけたり、ネズミを追いかけてドブにはまって登塾したり……。問題児扱いされている石田王羅に、温かい態度で接する講師の橘勇作に、佐倉が「なぜ?」と聞く。橘は「本来、小学生なんてあんな感じだぜ〜」と答える。当たり前のことに気づかされた佐倉は「…あの、なんか… 目から鱗でした、ありがとうございます!」とお辞儀する。

「○○中学に行きたい」「中学受験したい」。子どもに言わせて言質をとります。子どもがさぼると、「あなたは約束を破った」「やるって言ったじゃない!」。親はそこを責めます。約束を破るのは人の道に反することだとされているので、それを厳しく叱る正当性を得たのです。毎日の運動が持続できない、間食をしてしまうなど、自分だって弱いのに。子どもは勉強ができないことを叱られるだけでなく、人格まで否定されてしまいます。

第8位


(出所:『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第10集 (c)高瀬志帆)

「願い事が一緒なんだから、二人で一つに書いたってオッケーだろ!」ー『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第10集第84講より。

取っ組み合いをして、別々の自習室を使うようにと注意をされるほどに犬猿の仲だった島津順と上杉海斗。しかしそれぞれの家庭事情にも起因する人間的成長を経て、ふたりの距離は縮まっていく。それぞれに複雑な思いを抱えたふたりは、週末の塾の授業の前に、神社に立ち寄る。そこで海斗は、自分も順と同じように開成を目指したい気持ちを打ち明ける。ふたりはおこづかいを出し合い、1枚の絵馬に願いを書く。

目的意識を盛り上げ、やる気を引き出すのも塾の重要な役割です。しかし、親や塾の先生がけしかけても子どものやる気スイッチはなかなか入りません。12歳の子どもにとってやる気スイッチが入るいちばんのきっかけは、実は友達の存在なのです。塾で机を並べて切磋琢磨するなかで、「自分ももっと頑張ろう」という欲が湧いてきます。これこそが、同じ目標をもつ子どもが集まる集団塾に通う最大のメリットだといっていいでしょう。

第7位


(出所:『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第16集 (c)高瀬志帆)

「泣きそうな顔をして、何度も何度も不安げに振り返る、そんなあの子はもういない」ー『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第16集第137講より。

何度もあきらめそうになりながら、とうとう柴田まるみは、2月1日の朝、女子学院の入試会場にたどりついた。母親は「こんなすごい大冒険に連れてきてくれてありがとう。そんなあなたを誇りに思う」とまるみを見送る。その背中に、ランドセルを背負ったまるみを重ねる。「いつも学校に送っていくと、『まだ行かないで』とばかりに何度も振り返ってたあの子」。まるみは誰の手も借りず、1人で戦いに挑む。

第1志望入試本番当日を想像してみてください。「保護者の付き添いはここまで」というところで、わが子を見送ります。ただ目を見て、無言でうなずきます。「大丈夫、自分を信じて」。子どもも無言でうなずき返します。その瞬間を最後に、わが子は自分に背中を向け、もう振り返りません。自分の目標に向かって前だけを見て歩み始めます。その背中は、初めて塾に通い始めたときとは比べものにならないくらいに大きく見えるでしょう。

第6位


(出所:『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第9集 (c)高瀬志帆)

「私が軽率に家庭に介入し、実力以上の学校に押し込んだ結果が、『家庭崩壊』でした」ー『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第9集第79講より。

前職時代の黒木の回想。親の教育虐待から守ってやりたい一心で、黒木は晶に肩入れし、実力以上の得点力を身につけさせ、なんとか第1志望に押し込んだ。しかし晶は学校の授業についていけず、公立中学に転校し、理想の息子ではないという理由で両親からも見放された。黒木もSOSに気づいてやれず、絶望の淵で、晶は家庭内暴力を起こす。母親の電話で駆けつけた黒木が見たのは、バットで破壊し尽くされた部屋と、傷だらけの晶だった。

中学受験の最悪のシナリオとは、全落ちすることではありません。途中で子どもや親や親子関係が壊れてしまうことです。親子を壊すいちばんの原因となるのが、「第1志望に合格しなければ意味がない」というような「ゼロか百か思考」です。気づいたときには親も子もボロボロ。世間一般にある「中学受験残酷物語」のイメージは、このような親子から生まれたのではないかと思います。中学受験が悪いのではなく、やり方が悪いのです。

第5位


(出所:『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第13集 (c)高瀬志帆)

「私の手が届く『星』を海に帰すのみ」ー『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第13集第113講より。

黒木のもう一つの顔が、無料塾「スターフィッシュ(ヒトデの意味)」の主宰者。無料塾とは、家庭の事情で塾に通えない子どもたちに勉強を教えるボランティア活動のこと。親から十分な教育の機会を与えられない子どもも、親からの過度な期待に苦しむ子どもも、それぞれの苦しみを抱えている。「波打ち際に打ち上げられてひからびるのを待つヒトデ」を海へ投げ返すという意味では、黒木にとってはどちらも同じなのだ。

中学受験はごく一部の恵まれたひとたちにしか与えられていない選択肢です。でも“勝ち組”になるために行う功利的なものではありません。将来、世の中に必要とされる人間になるために、自分を正しく伸ばしてくれそうな学校を志すのです。恵まれた環境を最大限に活かして将来世の中の役に立つことは、恵まれたひとの使命です。少なくとも親御さんたちには、そういうつもりで子どもを中学受験の世界に送り出してほしいと思います。

第4位


(出所:『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第20集 (c)高瀬志帆)

「誰のせいでもないよ。そう、だからさ、黒木先生、俺のことも、先生のせいだなんて思わないで」ー『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第20集第173講より。

前職フェニックス時代の教え子で、有名中学に進学するも自主退学し、ひきこもりになってしまった晶との、扉一枚を隔てての会話。晶も経験した中学入試が今年も終わったことを報告する。今年は教え子全員の「絶対合格」を達成したが、それでも悔いが残らないわけではないと告白する黒木に晶は、「それは黒木先生のせいじゃないでしょ」「本人のせいでもないし、誰のせいでもないよ」と返事する。黒木はこのとき何かに気づく。

親子で全力を尽くして、泣いたり笑ったりする約3年間の末に、親はようやく悟るのです。自分の無力を。もう親が近くにいなくても、この子は自分で自分の人生を切り拓いていける。そういう意味での爽やかな無力感です。子育てとは、子どもが親の助けなく生きていけるようにする営みです。子どもにとっての自分の存在価値を少しずつ減らしていくことが、親の役割です。親が親として目指すべき究極の感情は、無力感なのです。

第3位


(出所:『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第18集 (c)高瀬志帆)

「まるみさんをここまで支えることに徹してきたお母様には、『狂気』が宿っている。その『狂気』で、きっと最後まで、まるみさんを支え続けることを、私は信じています」ー『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第18集第151講より。

2月2日夜、柴田まるみの母親は、第1志望の女子学院と第2志望の吉祥寺女子の両方に不合格になっていることを知りながら、黒木からの助言で、その結果を娘には伝えない判断をした。第4志望の合格がわかるまで、娘の前では気丈に振る舞い、明るい親を演じなければならなかった。「とても…耐えられることでは…」と案じる佐倉に黒木は「大丈夫です」と断言する。まるみの母親の強靱な精神力を信じて。

長く困難な旅路を経てとうとう入試本番までたどりついたわが子を見て親は、無量の感慨に襲われます。でもその親が乗り越えてきた試練だって、並大抵のことではありません。そのこと自体にもっと誇りをもっていいんです。子どもも、親が自分のために少なくない犠牲を払ってくれていることくらい知っています。言葉には出さなくても、感謝の気持ちが芽生えています。この時点でもうすでに、その中学受験は成功しているのです。

第2位


(出所:『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第18集 (c)高瀬志帆)

「この深い傷も、頑張った人にしか与えられない勲章なのだから……!」ー『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第18集第152講より。

憧れの第1志望・女子学院の不合格を知り「いっぱい、いっぱい、努力したのに! 頑張れば願いが叶うんじゃなかったの?」と取り乱す柴田まるみ。母親は「その憧れに挑む勇気がなければ、そこに向かって血のにじむような努力ができなければ、『心の底から望んでも手に入らないものがある』という経験はできなかった」と言って気丈に振る舞い、いままさに愛娘が味わっている傷の痛みにも意味があることを教える。

報われるとわかってやる努力はしょせん損得勘定です。中学受験では、報われないかもしれないとわかっていても努力することから逃げない勇気が試されます。傷つくことが嫌いなひとは、それを残酷だというかもしれません。でも、仮に深い傷を負ったとしても、その傷はいつか、誰かを思いやる優しさに変わります。傷つく恐怖に打ち勝ったチャレンジ精神は、憧れをあきらめない力として、その後の人生を力強く支え続けてくれます。

第1位


(出所:『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第4集 (c)高瀬志帆)

「どこにも受からなかったとしても、順は順です…!」ー『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第4集第32講より。

父親から無茶な課題を与えられて追いつめられた島津順は、塾をさぼって行方不明に。母親は昔を思い出し「ただ元気でいてくれるだけでよかった…! なのに私達はいつから、『もっと』と言い出したのだろう…」と目を覚ます。黒木たちが順を見つけ帰宅するが、父親は、塾をさぼった息子に激怒し暴言を吐き、母親を責める。言われっぱなしだった母親がそこでついに言い返す。隣の部屋で聞いていた順は、落涙する。

中学受験は残酷なまでに親の未熟さをあぶり出すイベントです。わが子がテストの結果と真摯に向き合い努力を重ねているというのに、親が自分の未熟さから目を背けていては、親子関係がギクシャクするのは当然です。結局のところ、中学受験を笑顔で終えられる親子とは、子どものみならず親自身も、中学受験という機会によって自らを変え、人間的に成長できた親子なのです。親子それぞれの成長はまるで車の両輪です。

番外編


(出所:『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第20集 (c)高瀬志帆)

「あれほど『怒り』を感じたことはなかった」ー『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』第20集第174講より。

コミック第20集のラストは、黒木の並々ならぬ怒りで幕を閉じた。何がそれほどまでに黒木を怒らせたのか……。激しい怒りを感じながら、黒木はなぜ左手首のミサンガに触れるのか……。その謎は第21集で明かされます。

今回は、私が提唱する中学受験必笑法的な観点と、第21集への伏線という意味合いからベスト10を選びました。第21集までを読んで、ぜひご自身のベスト10を選んでみてください。

【画像】『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー 』名場面を振り返る(12枚)


(おおたとしまさ : 教育ジャーナリスト)