福岡県を中心にとんこつラーメンを展開する「博多一幸舎」は、2〜3種類のスープが生む濃い味わいと強い豚骨のにおいが特徴だ。しかし、2020年に新ブランドとして立ち上げた「幸ちゃんラーメン」は豚骨独特のにおいがせず、マイルドな味わいになっている。なぜ最大のこだわりを変えたのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが聞いた――。
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ラーメンチェーン「博多一幸舎」が2020年より展開する「幸ちゃんラーメン」博多本店 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■個人店が閉店する一方、増え続けるチェーン

現在、全国のラーメン店舗数は2万1017軒とされている。タウンページに「ラーメン店」として登録されている店の数だ

そのうち個人店ではなく、ラーメンチェーンに属する店の数はどれくらいかと言えば、数字はデータベース業の日本ソフト販売が公開している。ラーメンチェーンの店舗数ランキング(2023年)によれば、ラーメン・餃子チェーンの店数は7400。つまりタウンページに載ったラーメン店の3分の2近くは今も個人店だ。

だが、コロナ禍で飲食店は打撃を受けた。コロナ禍が明けてからも、ロシアのウクライナ侵攻が勃発し、世界経済に大きな影響を与えている。エネルギーの費用が高騰し、食料品の価格も上がった。ラーメン店に限らず、飲食店は生き残るためにさまざまな戦略を立てている。「おいしいものを出す」「インバウンド客を呼ぶ」だけでは生き残っていけない時代だ。

コロナ禍で疲弊した個人のラーメン店が閉店する一方、ラーメンチェーンでは次の6つがコロナ禍の後から店舗数を増やしている。しかも、店舗の展開は早い。店の数はすぐに変わってしまう。記したのは2024年6月末時点のものである。

加えて、各運営会社ホームページに載っている「こだわり」が実に興味深い。

■共通点は「個性よりも毎日食べられる味」

丸源ラーメン(213店)……熟成醤油ラーメン。体にやさしい糖質オフメニューも用意。

・田所商店(170店)……味噌屋が作った本物の味噌ラーメン。美容にこだわる味噌ラーメンもある。

・町田商店(140店)……横浜家系ラーメン。横浜家系ラーメンとは1974年以降に神奈川県横浜市で生まれた豚骨醤油ベースの中太麺を特徴とするそれ。町田商店の麺は自家製麺工場で作られている特注の中太麺。

・ずんどう屋(90店)……濃厚とんこつラーメン。専用釜で水と豚骨だけを使い、約10時間かけて炊き上げたスープ。麺は自家製、多加水でコシの強い細ストレート麺。

・まこと屋(89店)……牛じゃんラーメンのスープは濃厚牛骨白湯スープ。5キロもある牛骨を炊いて作る。低加水の細ストレート麺

・どうとんぼり神座(87店)……黄金色に輝く門外不出のスープ。味が濃くて一口目に旨いと感じる料理ではなく、最後の一滴まで「おいしい」そして毎日食べたいと思えるスープ。

上記のチェーンはそれぞれ店舗を増やしている。そして、各チェーンの「こだわり」を見ると、いくつかの共通点がある。

本格的な製法で個性を作りだす、健康にも配慮する、自家製麺の使用、そして「毎日食べられる」。マニアが求める際立った個性よりも毎日食べられるマイルドな味が一般にウケているようだ。

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幸ちゃんラーメンの味玉ラーメン。最大3種類のスープをブレンドさせて濃い味わいを出す一幸舎と比べて味があっさりしているぶん、飽きないためのくふうが施されている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■創業20年で店舗を増やし続ける「博多一幸舎」

ラーメンチェーンがそれぞれしのぎを削るなか、創業から20年を経た博多一幸舎(運営:ウインズジャパンホールディングス)には勢いのあるチェーンが持つ特徴、さらに個性がある。同社は日本と海外を合わせて90店舗以上。年間売り上げは約40億円で、従業員は社員、アルバイトを合わせて500人以上。

特徴のひとつは複数のブランドを持ち、いずれも好調を維持していること。元祖泡系を謳(うた)った熟成追い炊き製法の博多一幸舎のほか、プロデュース店舗「幸ちゃんラーメン」「博多中華そば 幸ノ助」「源龍ラーメン」などがある。プロデュース店舗は長年勤めた従業員が自己資本ゼロで独立できる従業員支援型のそれだ。

ふたつ目の特徴は、国内店舗数(41店)よりも海外店舗(54店)のほうが多いこと。進出している国はインドネシア、タイ、シンガポール、マレーシア、中国、アメリカ、カナダ、ブラジルなど10カ国。インドネシアのようなイスラム教国でも、いくつかの店ではとんこつラーメンを出している。とんこつラーメンを食べるのはインドネシア人ではなく、同国に暮らす華僑とのこと。

3つ目の特徴は自家製麺を使っているだけでなく、外販もしていること。自家製麺を使用するチェーンはいくつかあるが、グループの製麺会社「製麺屋 慶史」は個人ラーメン店、中華料理店、居酒屋など350社に卸している。

福岡圏域には「替玉」という食べ方がある。1杯のラーメンで2つ、3つの麺を消費するので、製麺会社としては納入する麺の量が増える。製麺会社にとって福岡圏域は豊饒なマーケットなのである。

■においの強いラーメン店は全国的に減っている

博多一幸舎の創業者、吉村幸助は福岡市生まれ。高校を出てから建築業界で働いていた。20歳から餃子専門店、とんこつラーメン店で修行し、2004年に独立。同社現会長の入沢元氏と博多一幸舎をオープン。創業からラーメンの味を開発する「大将」として同社を引っ張ってきた。

2020年からはプロデュース店舗「幸ちゃんラーメン」の全国展開を始めている。吉村は博多ラーメンに限らず、海外、全国のラーメン事情にも詳しい。

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博多一幸舎創業者でウインズジャパンホールディングス社長の吉村幸助氏 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

【吉村】今、博多に限らず、全国でにおいの強いとんこつラーメンは減っています。本格的な個性を求めるお客さんは多いのですが、においが強い店はなかなかやれないんです。

博多一幸舎は元祖泡系と名乗り、これまでずっと熟成とんこつスープでやってきました。ふたつの羽釜で豚の骨を煮込んで作るから、においは強いんです。

まず1つ目の羽釜で熟成スープを作り、2つ目の羽釜で若いスープを炊く。そうして熟成スープに、若いスープを継ぎ足しながら追いかけるのが「熟成追い炊き製法」です。羽釜で骨を炊く際、骨と骨を頻繁に動かして、釜のなかの対流を変え、空気を含ませるように撹拌(かくはん)することで脂肪の泡(脂泡)が生まれる。だから泡系です。

■ガス代がかかる上に、出店すれば苦情が来る

ただ、スープの仕込みには時間がかかります。新しい店を出そうとして、一からスープを作り始めると3日はかかる。その後、営業時間に入ってからもずっと炊き続けなくてはならない。

水道光熱費、特にガス代がかかるのが熟成追い炊き製法のにおいの強いラーメンです。

例えば、泡系の本格スープを作るにはガスを1カ月で3000立米(りゅうべい)から4000立米は使います。家庭が1カ月使う量の100倍ですよ。

今、ガス代はすごく上がっていて、創業した2004年当時の3倍くらいです。特にコロナの後、ガス代が上がりました。麺を茹でるほか、チャーシューを作るにもガスを使いますし、材料費も上がってます。これをすべてラーメンの値段に転嫁することはできません。値段を上げたら、お客さんは他店に行ってしまう。

もうひとつ大きな問題があります。においの強いラーメン店を出すこと自体が難しくなっているんです。まず、近所の住民から必ず苦情が出ます。福岡の不動産屋からは店舗用の物件を斡旋してもらえなかったりする。

「あ、一幸舎さんなの。悪いけど、他で物件を当たってくれ」って。

昔からやっている店は別として、においの強いラーメン店は住宅地、商業地ではもう無理でしょう。また、駅ビル、ショッピングモールのようなところもなかなか入れてくれません。クレームが出るからです。

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豚骨ラーメン発祥の地である福岡県内ですら、豚骨ラーメンの新規出店は難しくなっているという - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■博多一幸舎の店舗を増やすことはほぼない

博多一幸舎の総本店は今でも創業当時と同じラーメンを提供していますけれど、排気を10メートルくらい伸ばして屋上からにおいを出してます。だから許されているんですけど、それでもたまにクレームをもらいます。

そういう状況なので、博多では「非とんこつ」と言われる醤油ラーメン、塩ラーメン、それから「次郎系」と呼ばれる野菜を大盛りにしたラーメン店の出店が多いです。新店の7割は「非とんこつ」ですね。

さらに今は、ラーメン店に限らず飲食業界全体で人手不足が深刻です。昔は中学を出てすぐとか、高校をやめて入ってきた従業員が多かった。でも、今はそもそもラーメン店に入ってくる方が減りました。アルバイト、パートさんは時給を上げても来ないんです。

「とんこつラーメンのにおいが嫌い」
「一晩中、とんこつスープを炊くのは嫌」

そういう感じです。人手不足もあって、においの強いとんこつラーメンを出せないわけです。今、飲食系でアルバイト、パートさんが集まるのはパンとスイーツくらいじゃないですか。

うちでも、博多一幸舎の店舗はもう増やすことはありません。これからは「マイルドとんこつ」とか「町とんこつ」と呼ばれている「幸ちゃんラーメン」のブランドで全国展開していこうと思っています。

写真提供=ウインズジャパンホールディングス
調理場に立つ吉村社長。アルバイトの中には「とんこつの臭いがついて仕事終わりにプライベートで出かけられない」と敬遠する人もいるのだとか - 写真提供=ウインズジャパンホールディングス

■「においが出ないとんこつラーメン」を開発

幸ちゃんラーメンを作ったのは2020年、コロナの真っ最中でした。

幸ちゃんラーメンは「毎日でも食べられる生活に溶け込んだラーメン」。味は私が幼稚園の時に初めて食べたラーメンを思い出しながら開発しました。

あの頃、町の店で出していた、とんこつスープは一晩中、炊いて作るにおいの強いものではありませんでした。町の店ではそんな手間はかけられません。

幸ちゃんラーメンも豚骨は使います。ただし、骨の量は博多一幸舎の3分の1くらいの量にして、寸胴鍋に決められた水の量を加えて、決まった時間の間、炊くだけ。新しい店のスープを作る時でも、片付けまで入れて9時間で完成します。

だからといって味が劣るわけではありません。レシピを工夫して、においが出ないようにしました。そして、一回、レシピを教えたら、誰でもスープを炊くことができるようになってます。ガス代がかからない、大きな調理スペースが要らないところが大きなポイントです。

それならフランチャイズでも店を出していくことができます。やっぱり、僕は「非とんこつ」より、とんこつスープのラーメンを出していきたい。

博多一幸舎と幸ちゃんラーメンの両方を食べた人の感想は分かれますね。スープの作り方が違うから、一幸舎に比べて幸ちゃんはライトな味わいになります。だから「本格的な一幸舎の味が好きだ」という人もいれば「幸ちゃんなら一日に二度は食べられる」という人もいる。実際、博多ではラーメンをおやつ代わりに食べるから、二度、やって来る人もいるんです。

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通常のラーメン以外に人気なのが「焼きラーメン」。ラー油や酢を足しながら食べると旨味がぐっと増す一品だ - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■1杯750円+替玉でリピート率を上げる

一幸舎と幸ちゃんの量は同じですが、値段は1杯950円の一幸舎に対し、幸ちゃんは750円と安くしています。安いからリピート率が高い。今はまだ一幸舎の売り上げが大きいですが、いずれはそれも追い抜くでしょう。値段は店舗によって異なっています。博多一幸舎は800円〜950円、幸ちゃんは750円〜900円。

「幸ちゃんラーメン」のメニュー。最安値の「ラーメン」は750円とリーズナブルな価格設定になっている

麺は一幸舎は平打ち麺で、幸ちゃんは断面が四角い麺。博多のラーメンはスープの持ち上げがいいように、とんこつスープの場合は細めの平打ち麺が多い。幸ちゃんは「町とんこつ」ですから、町のラーメン屋さんが使う四角い麺にしています。

麺はどちらも製麺屋慶史、弊社のグループです。製麺屋を持っているラーメンチェーンはありますが、外注まで受けているのはうちくらいですよ。

麺のことは社長の一松(竜太)が話します。

【一松】慶史では今、350社くらいに麺を卸しています。ラーメン店だけでなく町中華、居酒屋にも持っていきます。通常は100〜200玉からオリジナルの麺を制作するところを、うちは30玉からオーダーを受けます。

うちは個人のお客さんもいて、毎週、30玉買って自宅で食べたり、近所に配ったりしているらしいです。グループと外販の割合は3対7。外販のほうが多いですね。だいたい、毎日、100種類から150種類のオリジナル麺を作ってます。それは大変ですよ。大変だから誰もやらない。ライバルは入ってこないと思います。

■ラーメン屋の従業員から社長を増やしたい

【吉村】幸ちゃんラーメンを作ったのは味のことだけでなく、従業員の出口でもあるんですよ。いつまでもラーメン屋の従業員ではなく、一国一城の主になってもらいたい。そうしていかないとラーメン業界で働きたいという人がどんどん減ってしまう。

幸ちゃんラーメンはフランチャイズですけれど、自分が決めた屋号で出店できるプロデュース展開もやっています。ロイヤリティーや指導料などの初期投資を抑えて出店する形です。麺とスープを仕入れてくれればそれでいい。トッピングは自分で考えて、好きなものを載せればいい。

「幸ちゃんラーメンプロデュース」と謳(うた)ってくれれば違う名前でいいんです。「幸ちゃんラーメン博多本店」社長の西村勇弥は、15歳で弊社に入ってきました。15年たった現在は博多駅前などに3店舗を運営して、忙しくしています。

「社長になって、母親に親孝行できた」と言ってます。私はそういうのが一番、うれしい。ラーメン屋の社長って、自分だけがロレックスの時計して、従業員をこき使っているようなイメージでしょう。そういうのを変えたい。

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従業員から社長になれるキャリアマップを提示することで、自社だけでなく、ラーメン業界全体の人手不足解消につながればと話す吉村氏 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

おかげさまで、幸ちゃんラーメンは現在16店舗まで展開することができました。名古屋にもできました。全国、全世界にチェーン店を増やして、社長を増やしていきたい。

幸ちゃんラーメンの目標は100店舗の展開。成長しないと従業員の給料を上げられないですから。実はコロナ前の長期の事業計画は売り上げ1兆円って書いたんですよ。30年で1兆円達成する。ちょっと無理ですかね。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)