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文部科学省が実施した「令和2年度 家庭教育の総合的推進に関する調査研究」によると、子育ての悩みは「しつけの仕方が分からない」「生活習慣の乱れが不安」と回答した人が4割近く。そのようななか「親の価値観が、子どもの価値観の土台になる」と話すのは、学校法人洗足学園小学校前校長、現理事の吉田英也さん。今回は、吉田さんの初の著書『心を育てる中学受験-全員が中学受験する洗足学園小学校が大切にしていること』から、子どもの心を育てるヒントを一部ご紹介します。

【書影】名門小学校・前校長が明かす「人生の役に立つ」受験のすすめ。吉田英也『心を育てる中学受験-全員が中学受験する洗足学園小学校が大切にしていること』

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「全員が中学受験をする小学校」宣言

私が校長として着任する以前から、洗足学園小学校では、男子は全員、外部の中学を受験しなければなりませんでした。系列の中学高校は女子校であるためです。

また、女子も内部入試で入学できるとはいえ全員が合格するわけではないため、やはり男子と同じように「受験」を前提にしています。

以前、私が中高に在職していた折、小学校からの内部進学の制度変更を提案し、それまでの「内部を希望する場合は専願でなければならず他校は受験できない」という決まりを、「内部入試の合格者は内部進学の権利を持ったまま、外部受験もできる」方式へと変えました。

この制度を取り入れることにより、小学校の女子児童のほぼ全員が内部を受験することになりました。

結果として、内部入試の難易度は上がり、内部進学で入学する生徒のレベルも上がることにつながったのです。

小学校に異動してみて、系列校なのに希望する女子全員を合格させてくれない制度を作ってしまったことについて、やや後悔に似た気持ちを抱きました。立場が変わると制度に対する印象も変わるものです。

洗足学園中学高校は近年どんどん進学実績を上げていますから、以前から厳しかった内部入試はますます厳しいものになっています。

しかし、女子児童たちもこの制度をうまく活用して、外部の難関校に積極的にチャレンジしています。

中学受験には成功も失敗もない

そんな「全員受験」が前提の私立小学校ですが、私が異動した当時は、中学受験を前面に出した方針は取っていませんでした。

それは、中学受験と「塾」は切り離せないので、教育に塾の影響があるのを嫌う教員が一部にいたことも影響しています。

また、保護者も表立って中学受験を話題にするのは控える傾向がありました。周囲の目を意識するがゆえのことだったかもしれません。

中学受験には、メリットとデメリットがある。よく言われることです。

中学受験に否定的な意見の人は、詰め込み教育だ、夜遅くまで塾にいるのは不健全だ、子どもは小学生の間はのびのびと遊ぶことが大切だ、と言います。確かにそうしたマイナス面があることは否めません。

しかし、中学受験をするしないにかかわらず、習い事をたくさんさせている家庭もあれば、子どもがゲームばかりしている家庭もあります。両親が共働きの場合は学童で過ごす子どもたちも大勢います。

今、小学生たちは、学校から帰って、ランドセルを放り投げてすぐに外で友だち同士、のびのびと遊ぶ、という時代ではなくなっているといえるでしょう。

デメリットを超えるメリットがあることは、受験した当事者たちがよく話してくれます。子どもたちは遊び感覚で勉強し、友だちと楽しく塾通いをしていたと、よい思い出として語ってくれています。

これは中学受験に成功した子どもだからこその感想だと思われるでしょうか?

中学受験には成功も失敗もありません。長い人生の通過点であり、一里塚ではありますが、そこで将来が決まるわけでもなんでもないのです。

自分の小学校生活は楽しかった、という思い出を語ってくれる生徒が多いのは、受験という目標を掲げてがんばっていたことも大きいように思います。

保護者の考え方、取り組み方次第で、中学受験は親子がともに大きく成長するチャンスにもなるのです。お子さんの人生を豊かにし、よく生きるきっかけになります。

進路サポートルーム開設

校長になってすぐに、学校として積極的に中学受験を肯定し、児童の中学受験を全面的にバックアップしていこうという方針を決めました。

そのことに内心では疑問を持つ教員もいたかもしれませんが、大きな反対もなく、教員間の合意がある程度できたことで、同じ方向に向かって進むことができる手ごたえを感じました。

そこからは、新設した進路サポートの部署を中心に活動を進めました。「サポート」という名前にしたのは、あくまでも指導するのではなく、志望する中学へ進学したいという児童とその保護者の願いを支援するという意味を込めたからです。

進路サポートルームの開設にあたっては、高校で担当した進路指導部の経験を呼び起こし、その活動を手本にしながら進めました。東京・神奈川の主な中学校の学校案内を取り寄せて展示したり、受験関係の情報が手に入るようにしたりしました。

また、卒業生に、合格した中学校の受験体験レポートを書いてもらって、それをファイリングすることにより、いつでも手に取れるようにしました。

6年生に向けて、卒業生に体験を語ってもらう会も設けました。

中学受験は親子一体で臨まなければならない

進路サポートルーム開設と同時に手をつけたのは、保護者への対応です。

中高と小学校の進路指導にかかわった私が実感する両者の大きく違う点―それは、保護者のかかわり方です。


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中高生にとっての大学受験は、本人の自覚と意志が何よりも必要になります。親にできることは子どもを励ますこと、そして常に平常心で向き合うことぐらいです。

しかし小学生がチャレンジする中学受験は親子一体で臨まなければなりません。

もちろん、がんばるのは本人ですが、中学受験をするかどうか、そして志望校を決めるのは子どもではなく、それぞれの家庭の教育方針や価値観、そして子どもの性格や能力を見極めて、親が方向付けをするのは避けられない事実です。

そこで、洗足の小学校では、在校生の保護者に向けて、卒業生保護者の座談会を企画しました。

中学受験は、親子一体型のチャレンジであること、また保護者の役割が大きいことを認めたうえで、経験を持つ保護者の話を聞く機会は重要だと考えたのです。

卒業生の親が経験を伝える座談会は、学校の意思表示になった

毎年4月末に、直前に卒業した児童の保護者数名を招き、事前に集めた質問に答える形で体験を語っていただきます。参加するのは4年生以上の保護者。毎年200名以上の在校生保護者が参加し、熱心に話を聞きます。

卒業生保護者の話は多岐にわたります。通塾を始めた時期、塾選びの際に気をつけたこと、転塾のこと、学校の宿題との両立、過去問に取り組み始めた時期、健康管理、入試当日の話などさまざまです。

そして、保護者によって取り組みもそれぞれです。一から十まで管理した方もいれば、子どもの自主性にまかせた方、両親で役割分担をした方もいます。

私のほうは、話のどこかがこれから受験する保護者の参考になればよいと考えていましたから、制限することなく自由に話をしていただきました。

同じ小学校で、同じ教材を使い、同じような先生たちから学び、同じような中学校を目指しているわけですから、経験者の話はとても参考になると思います。

1時間半ほどの会ですが、終わった後には個別に質問する方もいますし、「大変参考になった」「みんなが受験する環境でよかった」などの感想をアンケートに書かれている方も多くいらっしゃいました。

この卒業生保護者の座談会が、学校が中学受験を前面に出して本気で取り組む、つまり洗足学園小学校では中学受験があたりまえであることの意思表示になったように思います。

※本稿は、『心を育てる中学受験-全員が中学受験する洗足学園小学校が大切にしていること』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。