「停止しないために壊す」 カヤバ(KYB)のモータースポーツに特化した新世代のパワステ「S-EPS」とは
ショックアブソーバーはもちろんパワステ開発の先駆者でもあるカヤバ
カヤバ(KYB)は2024年6月4日、報道関係者などを対象に、同社が開発・製造する電動パワーステアリング(以下EPS)の技術説明会を開催しました。本記事では、モータースポーツに特化した新世代のEPSについてご紹介します。
KYBは油圧機器のトップメーカーとして知られているメーカーです。コンクリートミキサー車に貼られたKYBの3文字でもわかるように、油圧機器ではあらゆる分野に進出しています。
【画像】これがカヤバ(KYB)のモータースポーツ向け次世代パワステ「S-EPS」だ!(8枚)
自動車の分野ではショックアブソーバーはもちろん、パワーステアリングの分野でも早くから着手した先駆者です。主流の油圧パワーステアリングのみならず、EPSも時代の潮流を読んで1980年代から軽自動車用の量産化が始まっています。
モータースポーツにおいても、車両の出力アップや駆動方式の変化、それにタイヤ性能のアップで油圧パワーステアリングが使われるようになりました。油圧パワーステアリングはエンジンの力で油圧ポンプを回し、その力で軽くステアリングを回せるようにするものですが、せっかく絞り出したエンジンのパワーが油圧パワーステアリングの駆動によってそがれる点や、かつては油圧ポンプを回すための補機ベルト切れなどの故障もあって、現在では電動油圧パワーステアリングが主流になっています。
電動油圧パワーステアリングは、エンジンから出力される補機ベルトの力で回していた油圧ポンプを、モーターで回すように改良したものです。これによって、エンジンの力を借りることなく、油圧ポンプを回すことが可能になるので、エンジンの出力が削られるといった難点も克服できます。
しかし、こちらも万能なものではありません。電動油圧パワーステアリングが故障して、ドライバーが疲労したという話を今も聞きます。そこで、油圧系統すら省いた、モーターのみでステアリングをアシストするという、コンパクトで故障の少ないEPSに注目が集まり、多くの自動車で使われるようなったのです。
モータースポーツに特化した新世代の電動パワーステアリング「S-EPS」
そしてあまり知られていないことですが、カヤバはモータースポーツ用EPSを供給して2024年で30年になります。国内では全日本GT選手権(JGTC)の時代から、現在のスーパーGTの一部車両に至るまで、カヤバのEPSが装備されており、スーパーフォーミュラは独占供給になっています。
FIA世界耐久選手権(WEC)でもEPSが徐々に増えており、昨年彗星(すいせい)のごとく現れたフェラーリ「499P」もカヤバ製のEPSを採用しています。実はル・マン24時間レースでは2001年にカヤバ製EPSの供給を開始しており、出走車の実に半数がカヤバ製のEPSを使うまでになっています。このほかにはドリフトのD1車両や北米のレースなど、数多くのユーザーがいます。
モータースポーツ用のEPSに使われているシステムは基本的には量産車に使われているものと基本的には同じです。ステアリングのトルクセンサーと、トルク信号に対して適切なモーター作動の電流を発生させるECU、それにつながるモーター、モーターからのトルクを増幅して伝える減速機、その力を伝えるステアリングユニットで構成されています。
カヤバではレース用のEPSを量産型と分けて「S-EPS」とネーミングしており、レースに特化したEPSとなっています。市販車のEPSでは、路面からドライバーに伝わる振動を抑制する制御を持ちますが、S-EPSは路面からのインフォメーションを正確に伝えることを優先しており、快適性のための機能はそいだというストイックなものです。
カヤバS-EPSはカタログモデルとしてユーザーが選びやすいようにいくつかのタイプをそろえています。大きく分けて7種類が用意されており、レーシングカーの種類や構造によってモーターの出力を変えるなど、自由度の高い選択ができます。
また、レーシングカーにステアリングシステムを組み入れられるスペースは限られており、形状はコンパクトにしなければなりません。そこでカヤバは、トルクセンサーをひとつにまとめることで搭載性を上げているそうです。コントロールユニットはすべての製品に対して1種類に統合されて、車両、ドライバーの好みに合わせてチューニングでき、操舵(そうだ)をアシストするマップは専用アプリを使ってユーザーが自由に変更できます。
ここで面白いのはフェイルセーフの考え方です。レーシングカーではゴールまで走り切ることが最重要項目ですが、市販車の「壊さないために車両を止める」のではなく「停止しないために壊す」という考え方で、簡単にアシストを止めることはありません。
もちろん事故は許されないので、万が一の場合はまず走行に影響が及ばないパーツから負荷がかかり、重要なパーツにまでダメージが波及しないよう設計されています。
また、カヤバらしいのは、信頼性のある量産部品を流用することでコストを抑えている点です。それでもS-EPS専用のラック&ピニオンなどの大物も含めた専用部品も少なくないので、価格はフォーミュラカーのノーズコーン(車両先頭部分)の半分にもなるといいます。決して安価ではありませんが、その価値はこれまで事故が1件もないという実績で判断できるでしょう。
求められるEPSによるアシストの強化
競技の世界では盤石に見えるS-EPSですが、すでに将来を見据えた開発が終盤にかかっています。技術開発の場である競技では車両の性能向上は目覚ましく、コンストラクターやチームからはさらなるパワーアップが求められることも増えています。
その要求に応えるべくEPSから繰り出せる出力の抜本的な解決を目指して、使用する電圧を12Vから48Vにするなど、アシスト量を上げるようにしているといいます。EPSの48V化は容易ではないそうで、48V専用モーターに48V専用バッテリーも開発し、合わせて48V非対応車両に搭載可能なDC-DCコンバーターも開発されています。
さて、そんな新世代のEPSが搭載されるのはどんなマシンなのでしょうか。同社は、競技の世界の開発速度は極端に速く、3カ月から1年で要求に応えなければ最高のものは届けられないといいますが、おそらく来シーズンはトップチームに機能向上をしたカヤバのEPSが搭載されることになるでしょう。
普段は見ることができないEPSの世界ですが、説明を受ければ受けるほど面白いものでした。電動化の波はモータースポーツの世界にも押し寄せていたようです。