北極の氷河で見つかったバクテリアから細胞内の活動を即座に停止して休眠状態に入ることができるタンパク質「バロン」が発見される
クマやリスなどの動物は、食料が不足する冬季に自身の活動と代謝をほとんど停止する「冬眠」と呼ばれる行動を取ることがあります。ニューカッスル大学の生物学者であるセルゲイ・メルニコフ氏らの研究チームが、北極圏の氷河から発見されたバクテリアの中に、冬眠して細胞のタンパク質産生を瞬時に停止するタンパク質を発見しています。
A new family of bacterial ribosome hibernation factors | Nature
Most Life on Earth is Dormant, After Pulling an ‘Emergency Brake’ | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/most-life-on-earth-is-dormant-after-pulling-an-emergency-brake-20240605/
多くの生命体にとって、食料不足や寒さなどの厳しい環境に直面した際に、活動と代謝を遅くして休眠する「冬眠」は生きるために必要不可欠です。一部の動物では、全身が休眠状態にならなくても、体内の一部の細胞集団が休眠状態に入り、活性化するのに最適な時期を待っているとされています。
これまでに研究者たちは、細胞が休眠状態を誘発し、それを維持するためのタンパク質である「冬眠因子」を数多く発見しています。細胞は、飢餓や寒さなどの何らかの自身にとって有害な状況を検出すると、これらの冬眠因子を生成して代謝を停止するとのこと。
これらの冬眠因子には、一部の細胞機構を解体する働きがあるほか、遺伝子の発現を抑制する働きがあります。また、新しいタンパク質を構築するためのリボソームをシャットダウンする働きもあるそう。なお、これまでの研究で、リボソームによるタンパク質の生成は、成長する細菌細胞のエネルギー使用量の50%以上を占めることが明らかとなっています。
そのため、これらの冬眠因子には、新しいタンパク質を生成しようとするリボソームの働きを阻害することで生存のために必要なエネルギーを節約する働きがあると考えられています。
メルニコフ氏らの研究チームは、北極圏の氷河から発見したバクテリア「Psychrobacter urativorans」に存在していた冬眠因子を「バロン」と名付け、遺伝子配列の分析を実施。すると、カタログに掲載されている全最近ゲノムの約20%に存在しているほど一般的なタンパク質であることが判明しました。
これまでの研究では、リボソームの働きを阻害する既知の冬眠因子は全て受動的に機能していることが知られていました。つまり、リボソームがタンパク質の構築を終えてから、冬眠因子が新たなタンパク質の賛成を停止させているというわけです。しかし、今回発見されたバロンは、該当バクテリアの細胞全てのリボソーム内に存在しており、リボソームによるタンパク質産生作業の途中でも強制的に作業を停止させると考えられています。
ノースウェスタン大学の微生物学者であるミー・ガン・フランシス・ヤップ氏は「リボソームの活動を途中で止めるバロンの能力は、ストレス下に置かれた微生物にとって重要な役割を果たします」「バクテリアが活発に増殖しているとき、大量のリボソームとRNAが産生されています。しかし、これらのバクテリアはストレスにさらされたとき、RNAから新しいタンパク質への翻訳をシャットダウンすることで、冬眠期間に向けたエネルギーの節約を行っているようです」と推測しています。
研究チームによると、バロンのメカニズムは他の冬眠因子と異なり可逆的なプロセスを取っているとのこと。バロンの影響を受けたリボソームは急速に休眠状態に入る一方で、環境が自身にとって好条件になった際には迅速にタンパク質の産生作業を開始できます。
研究チームはPsychrobacter urativoransと遺伝的に近縁な人病原体結核菌由来のタンパク質を熱湯に沈めて比較。すると、どちらのタンパク質もリボソームのA部位にバロンと同様の冬眠因子が結合していることが明らかとなりました。一方で、細胞休眠のモデルとして一般的に使用される大腸菌と黄色ブドウ球菌からはバロンが発見されなかったことから、ニューカッスル大学のヘレナ・ブエノ氏は「あまり研究されていない自然界の片隅をのぞいてみたところ、偶然バロンが発見されました」と述べました。
メルニコフ氏は今回の発見について「気候変動に耐えられる生物の研究を進めるために、バロンから得られた知識を利用できる可能性があります」との展望を語っています。