経済評論家・山崎元さんの息子が父への思いを語りました(撮影:今井康一)

2024年1月に65歳で亡くなった経済評論家の山崎元さん。がんと闘う病床で、大学に合格した1人息子のKさんにあてた手紙をもとに書き起こした最後の著書が『経済評論家の父から息子への手紙 お金と人生と幸せについて』だ。

「父から息子へのメッセージ」というコンセプトで、お金、キャリア、人間関係、さらには「モテ論」まで書きつづった本書を、当の本人であるKさんはどう受け止めたのか? そして、息子から見た「父・山崎元」の素顔とは? 現在、東京大学2年生となったKさんに聞いてみた。

手紙を通じて初めて知った、父の思い

――手紙をお父さんから受け取ったのはいつのことですか。

僕が大学に合格してから2週間くらい後だったと記憶しています。メールで、ワードファイルの形で送られてきました。父は字が下手だったので、直筆はちょっとためらったのかもしれませんね。

――手紙を受け取って、率直にどう感じましたか。

僕のことをこんなに見守ってくれていたんだ、と意外に思いましたね。というのも、生前の父はかなりの夜型で、お酒も好きだったので、平日は家で会話することがほとんどなかったんです。学校に向かう途中で朝帰りの父と「よお」ってすれ違うことも……。だから、手紙を通じて父の僕への思いを初めて知ることができました。

特に、父が僕を自分の「上位互換」のように思ってくれていたのは恥ずかしいけど、うれしかったですね。父が亡くなった後の「お別れの会」でも、生前の父と親しかった方から「お父さんは『うちの息子はオレより頭がいいんだけどさ』とよく言ってたよ」と聞いて。とんでもないことを言うな、と。

幸い、息子は順調に育った。背は父よりも高いし、父がかつて入りたかった東大の理類に入った。将棋もまあまあ強い。性格は父よりもはるかにいい。こうした、自分の言わば「上位互換」の子孫がいることで、不思議な「生物学的安心感」とでも言うべき感情が生じている。今回、私は癌に罹って、なかなか厳しい状況に立っているのだけれども、気分が暗くならないのはそのおかげだと思う。

(出所:『経済評論家の父から息子への手紙 お金と人生と幸せについて』)

――手紙の中では「自分の息子に対してぜひやってみたかったのは、余計なプレッシャーを与えずに育ててみることだった」とも語っていますね。

いや、実際にはかなりのプレッシャーを感じていました。特に大学受験のときは、「別に東大を目指さなくてもいいんだぞ。お前の好きなところに行けば」とは言うんです。でも、その後に続けて「まぁ、東大に行くといいことがいっぱいあるけどな」と。そういう粘着質なプレッシャーのかけ方をしていましたね。

テレビゲーム、ソーシャルゲームは禁止

――お父さんは、Kさんに対してどんな教育方針をとっていたのですか。

小さいころは、周りの友だちの家庭と比較しても厳しかったと思います。テレビゲームやソーシャルゲームは禁止。その代わり、ボードゲームや将棋、囲碁を教わりながら一緒にやることが多かったですね。報酬系を刺激するようなゲームを与えるよりは、じっくり考えることの大切さを教えたい、という親の意思を子どもながらに感じていました。

勉強に関しては、中学受験のときまでは口うるさかったのですが、中2、中3になるとだんだん干渉してくることはなくなりましたね。プログラミングの教室に通わせてもらうなど、好きなことをさせてもらいました。

――子どものころの、思い出に残っているエピソードはありますか。

小学校に入学する直前だったと思いますが、父にデジタルカメラを渡されて、飯田橋駅のホームから総武線の電車を撮影した記憶があります。僕が撮っている後ろでその様子を父が撮って。鉄道が好きならいずれ写真も撮りたくなるだろうとカメラをプレゼントされました。鉄道模型を買ってもらったりもしましたね。


鉄道好きの息子の写真を撮影する山崎元さん。写真は伊豆急下田駅での様子(家族提供)

最近の話ですが、去年の夏、大学生になってから父と将棋を指して、接戦の末に一手差で勝ちきることができたんです。

対局が終わった後、父から「おめでとう」と言われました。これも父と親しかった方から聞いたのですが、「勝負事で負けて悔しいと思わなかったのはあのときが初めてだ」と言っていたそうです。


山崎元さんとの対局の思い出がつまった将棋盤(写真:家族提供)

――「経済評論家・山崎元」については、どう見ていたのですか。

子どもながらに父がテレビや雑誌に出ていろいろ解説している姿は見ていました。ただ、金融の難しいことは子どもにはわからないので、「何かに詳しい専門家なんだな」くらいにしか思っていませんでしたね。

最も有用だった父のアドバイス

――『経済評論家の父から息子への手紙』を読んでみて、どんな感想を持ちましたか。

まず、一読者としての感想を述べると、「お金を稼ぐ方法」など流行に左右されるようなテクニック論ではなく、いつの時代にも通用する普遍的な人生のアドバイスがたくさん盛り込まれていると感じました。息子だから言うわけではありませんが、いい本だと思います。

お金のことに関しては、直接教えてもらうことはほとんどありませんでした。ただ、「リボ払いするような人とは結婚するな」「保険のシステムは絶対に胴元が勝つようになってるよ」といった話はときどき言っていたかな。

あとは「いかに自分の価値を高めるか」という話はよくしていましたね。「人に自分の強みをいかに売っていくか、ということは考えておくといいぞ」と。高校生のころまでは将来のキャリアの話をされてもあまりピンとこなかったのですが、この本を読んでなるほど、父が言いたかったのはそういうことか、と理解しましたね。

働くうえでの大きな考え方として、自分の「人材価値」を育て、守り、活かすことを中心にするといい。(中略)人材価値は、仕事の「能力」と、能力を実際に仕事に使った「実績」とで評価されて、これに、今後の「持ち時間」が加味される。数式にすると次のようになる。

人材価値=(能力+実績)×持ち時間

(出所:『経済評論家の父から息子への手紙 お金と人生と幸せについて』)

あと、父からのアドバイスでいちばん有用だったと実感しているのは「あいさつ」ですね。

――あいさつ、ですか?

自分から人に話しかけるのって、けっこうエネルギーがいりますよね。でも、あいさつなら他人にも気軽にすることができるし、あいさつすることで相手側から話しかけられる可能性も高まります。

あいさつによって得られるものはとても大きいと思います。小学生のころ、中学受験で通っていた塾の用務員さんに毎日あいさつをしていたので、そのうち名前を覚えてもらって「山崎君なら絶対に第一志望に合格するよ」と応援してもらえました。

今でも、サークルの先輩にご飯をごちそうになったときはその場で「ありがとうございました」と言うだけでなくLINEでもお礼のメッセージを送るようにしています。

大学生のうちに積極的に「リスク」を取りたい

――大学生活を送る中で、父のアドバイスから実践してみようと思っていることはありますか。

「勉強会の幹事を引き受けよう」というアドバイスは実践しようと思っています。東大のような優秀な人が集まる環境では自分の能力に自信がなくて、それまでは「僕が勉強会に人を誘ってもいいんだろうか」と遠慮していたのですが、本を読んで、むしろ積極的に幹事を引き受けようと。

――お父さんはお金にしても生き方にしても、「リスクを取る」ことの重要性についてたびたび指摘していました。

世の中は、リスクを取りたくない人が、リスクを取ってもいいと思う人に利益を提供するようにできている。(出所:『経済評論家の父から息子への手紙 お金と人生と幸せについて』)

中学入試や大学入試もそうですが、これまでの人生では「いかにミスをしないか」という訓練を受けてきました。でも、これからはむしろ「ミスしたときにどう立ち回るか」のほうが重要だと思っています。その点で、リスクに対する父の考え方には同意できるところが多いと感じます。

例えば今、英語でディスカッションする授業を受講しているんです。自分のような教養のない人が、仮にテレビの前で国際問題について発言すると、地雷を踏んで大炎上しかねませんよね。でも、大学という安全が確保された環境なら、いくら的外れな発言をしても、ヘタな英語で喋っても致命傷を負うことはありません。

大学生が負うリスクってたかが知れていますよね。多少時間のムダになったとしても、お金や信頼まで失うわけではない。だから、今の大学生のうちにどんどん新しいことにチャレンジして、たとえ失敗してもその経験から多くのことを学ぼうと思っています。

――Kさんは今、大学2年生。大学での専攻や研究分野についてもそろそろ考える時期では?

まだ漠然としか考えていないのですが、ビジネス・金融、データサイエンス、情報セキュリティなどの分野には興味を持っています。

ただ、父と同じことをやっても面白くないので、理系で学んだことを活かせるような別のアプローチをしてみたいですね。

――将来のキャリアとして、お父さんは起業も選択肢の1つとして薦めていますね。興味はありますか?

一般に、「社長」という種族はわがままだが、ベンチャーの社長はさらに輪をかけてわがままだ。わがままな社長に振り回されて動くか、自分自身が他人を振り回す側に回るか、と考えた時、「自分が振り回す方がずっといい!」と考えることはそう悪いことではない。今や、普通の若者が自分で起業することを考えることに不自然さはない。(出所:『経済評論家の父から息子への手紙 お金と人生と幸せについて』)

今のところは選択肢にないですね。何もやりたいことがないのに起業することこそ特大のリスクだと思うので。ただ、この先本気でやりたいな、と思えるテーマが見つかれば、可能性はあると思います。

そういえば父は、スティーブ・ジョブズや堀江貴文を引き合いに出して「本気でやりたいことがあるのなら大学なんてほっぽり出してもいいんだよ」みたいなことは言っていましたね。

父の「モテ論」に説得力はない?

――あと、お父さんが本の中で語っている「モテる男」について。このテーマも、大学生のKさんにぜひ聞いてみたいのですが。

幸せについて、いくつかの「基準」の組み合わせを試して考えてみた。すると、一点「モテ具合」という項目が異質で、どうやら妙に重要らしいことがわかった。

各種の経験や豪邸の所有のような自由はお金で買える。名声も買えないことはない。ある種の人間関係までもお金で買えないことはない。しかし、ナチュラルにモテるという状態をお金で買うことは、難しい。そして、「ナチュラルに」モテているのでないと、本人はかえって精神的に屈折してしまう。(出所:『経済評論家の父から息子への手紙 お金と人生と幸せについて』)

いや……それ、かなり耳が痛いですね(笑)。中高一貫の男子校だったし、大学も理系は女子が少ないので、圧倒的な場数の足りなさを自覚しています。


でも、先ほどの「リスクを取る」話ではありませんが、失敗を恐れるあまり同世代の女の子に話しかけずにいたらそのまま30代を迎えてしまいそうなので、今はアルバイト先などで同僚の女の子と積極的に話すようにしています。

でも、本を読むかぎり父もモテない側の人間だったみたいなので、内心「どの口が言ってるんだ!」という釈然としない気持ちはありますよ。……と、たまには息子からも毒舌を吐かせてください。

――もうすぐ20歳を迎えますね。もしお父さんが生きていたら、お酒を飲みながらどんな会話をしていると思いますか。

そうですね……とりあえずお酒を飲みながら、一緒に将棋を指しているでしょうね。

あとは父の「モテ論」をぜひ聞きたいところですが、モテなかった父の口をお酒で滑らかにしたところで、有益な話は得られないかな? でも、シラフだったら絶対言えないような失敗談はいろいろ話してくれるかもしれませんね。

(堀尾 大悟 : ライター)