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飲酒運転をめぐる刑事裁判で無罪が確定した福岡市の男性が、福岡県に対し、運転免許を取り消した処分の取り消しなどを求めた訴訟で、福岡地裁は5月29日、男性の酒気帯び運転を認定し、請求を棄却した。

報道によると、男性は2020年1月、同県内の道路で酒気帯び運転をしたとして道交法違反などで起訴され、同年8月に同じ飲酒運転を理由に免許取り消しの処分を受けた。

一審・福岡地裁は2020年12月、男性を有罪としたが、2審・福岡高裁は2021年10月、現場から車のキーがなくなっていたこと等から「第三者が運転していた可能性が認められる」として、一審判決を破棄し逆転無罪を言い渡した。その後検察側が上告せず判決は確定したものの、福岡県公安委員会が免許取り消しの処分を取り消さなかった。

処分取り消しを求めた今回の民事訴訟では、男性側が主張する第三者が運転していた可能性について、防犯カメラ映像で確認できないことや、第三者が特定していないことから、「不自然、不合理であるといわざるを得ない」と判断。「男性が酒気帯び運転した」と刑事裁判とは真逆の認定をおこない、処分は適法とした。男性側は控訴する方針だという。

刑事裁判で無罪となったにもかかわらず、同じ事実について争う民事裁判で「いいえ、あなたの仕業です」と言われて納得しろというのは難しいだろう。どうしてこのようなことが起こるのか。「刑事・民事で真逆の判断」で紛争の解決がかなうのだろうか。神尾尊礼弁護士に解説してもらった。

●なぜ刑事・民事で判断に違いが生じるのか?

今回のケースでは刑事事件と行政事件が問題になっていますが、行政事件は民事事件を基礎としていますので、まずは「刑事と民事」の違いを述べつつ、行政事件特有の点にも触れていきます。

刑事と民事で、判断が異なることはまれにあります。違いが生じる理由を分析すると、以下のような理由があるように思います。

物を壊した場合を一例に考えてみましょう。

刑事であれば、器物損壊罪が成立するには、以下のような事実を立証する必要があります。

(A)「他人の物」であること
(B)「損壊または傷害」すること
(C)行為と結果の間に因果関係があること
(D)故意があること
(E)その他(違法性阻却事由がないこと、責任能力があることなど)

他方、民事であれば、以下のような事実を立証することで不法行為に基づく損害賠償請求が認められます。

(a)侵害行為があること
(b)結果が生じたこと
(c)行為と結果の間に因果関係があること
(d)故意または過失があること
(e)その他(権利消滅事実がないこと、権利障害事実がないことなど)

この中で特に大きな違いは、主観的要素((D)と(d))です。過失犯では大きな違いはないのですが、故意犯で大きな違いが出ます。器物損壊罪は故意犯であり、過失では器物損壊罪は成立しない一方、過失でも不法行為は成立します。

その他の要件についても、似てはいるものの刑事と民事で微妙に考えが異なります。

たとえば、因果関係において、民事では損害の公平な分担という要素が加味される結果、複数の人が起こした交通事故で有罪になるのは1人だとしても、損害賠償責任を負うのは全員であることもあり得ます。原発事故で予測可能性の判断が異なった結果、旧経営陣に民事上の責任が認められた一方、刑事裁判は無罪判決が出たのは記憶に新しいところです。

このように、刑事と民事では立証対象が異なりますから、その判決も異なることがあり得るということになります。

なお、行政事件の場合には、原告適格や公定力といった他の要件・要素も絡んでくるのでさらに立証対象が異なることになり、より判決が異なることがあり得ます。

●「どの程度まで立証すればよいか」も異なる

前述のように刑事と民事では立証の対象が異なるほか、立証の程度、つまり「どの程度まで立証すればよいか」も異なります。

刑事事件は、無実の人を処罰してはならないという理由から、合理的疑いを入れない程度にまで立証する必要があります。他方で民事事件では、証拠の優越、要は相手より少しばかり証明できていればよいことになります。

理論上の話ではありますが、まったく同じ立証対象に対しまったく同じ証拠が提出されたとすると、刑事では立証が足りず認められない場合であっても、民事では立証が足りて認められることがあるということになります。

なお、行政事件の場合は、行政のしたことは原則適法であると考えているかのような立証の高い壁を感じることが多く、この意味では刑事と行政事件はそこまで差がない(どちらも立証の程度は高く設定されている)と思います。

●刑事で「有罪」でも民事は認められないケースも

以上の「立証の対象が異なる」「どの程度まで立証すればよいのかが異なる」というのが刑事・民事の違いとしてよく言われることであり、結論として「民事が認められやすく、刑事は認められにくい」となるようにも思われます。

ただ、立証の対象が異なることなどから、まれに刑事では有罪だが民事は認められないという逆のことが起きることもあります(日興インサイダー事件1審判決など)。

この刑事と民事の逆転現象ですが、「有罪だが民事では一部の事実が認められない」場合も含めると、実はかなりの件数があると経験するところです。

自分の経験からすると、証拠資料(文書の内容や証言内容)の扱いが刑事と民事で違うからではないかと思います。以下の2点からです。

(1)被害者の供述/証言の扱いの違い

刑事では、「虚偽供述をする動機がない」という理由で、被害者証言は信用性が認められることが多いといえます。他方、民事では、「対応する証拠がない」という理由で被害者供述が(一部)排斥されることがあり得ます。

刑事では排斥されず、民事では(一部)排斥された結果、有罪だが民事では一部の事実が認められないことになります。

(2)供述/証言の一部の扱いの違い

刑事では、供述/証言は、全体として信用できるかという判断をすることが多いです。他方で、民事では、供述/証言の一部のみ信用できるという判断もあり得ます。

この結果、有罪だが民事では一部の事実が認められないことが起こり得ます。

このように、立証対象の違い、立証の程度の違い、さらには証拠資料(特に供述など)の扱いに違いがあることなどから、刑事と民事で結論が変わることがあり得ることになります。

●民事と刑事の違いによる不都合は何か

こうした民事と刑事の判断の違いで、不都合が生じそうな類型は以下のようにまとめられると思います。

・犯罪被害者からの請求

刑事で有罪になっても、民事ではまた立証しなければなりません。立証対象の違いなどから、犯罪被害者の主張が一部認められない事態も起こり得ます。

・行政処分への派生

今回の事件のように、刑事と行政は判断が分かれることがあります。立証の程度がそれほど変わらない(下手したら行政の方が高いと思われるときさえある)ので、無罪になっても行政処分が直ちに取り消されないことがあり得ます。

この2つの類型のほか、不起訴にはなったが損害賠償は認められるケースも問題になり得ますが、訴訟間の判断の違いとはズレてきますので、ここでは割愛します。

このうち、犯罪被害者の場合は一部法律で手当されており、「刑事裁判中に和解できる制度(刑事和解)」、「有罪判決が出た場合すぐにその判決を用いて損害賠償請求ができる制度(損害賠償命令)」などがあります。

これにより、刑事と民事の判断が食い違うケースは減りますが、一部の犯罪に限定されているなど、すべての事案で使えるわけではありません。

●「有罪にできなかった者に行政処分を課すのは許されない」

疑われた人からみると、刑事訴訟において有罪になってしまうかもしれないという危険、行政訴訟において処分が取り消されないかもしれないという危険を、ある種二重に負うことになります。

審理の対象が異なるので無罪即取消しとはできないでしょうが、少なくとも共通する事実認定の部分は流用できるようにすべきでしょう。

特に刑事訴訟は、税金を使って十分に捜査をし証拠収集しているわけで、その結果有罪にできなかった者に行政処分を課すのは許されないと整理されるべきでしょう。

【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。一般民事事件、刑事事件から家事事件、企業法務まで幅広く担当。企業法務は特に医療分野と教育分野に力を入れている。
事務所名:東京スタートアップ法律事務所
事務所URL:https://tokyo-startup-law.or.jp/