病気の「がん」はなぜ英語で「cancer(かに座)」と言うのか?
学校の授業で英単語を覚えるとき、病気の「がん」は「cancer(キャンサー)」であると学びます。しかし同時に、「cancer」とは十二星座のひとつである「かに座」という意味であるということも学んだはず。ギリシャ・ローマ時代までさかのぼる「がん」と「かに座」の関連について、メルボルン大学で歴史および哲学研究を専門とする研究員のコンスタンティン・パネギレス氏が解説しています。
https://theconversation.com/why-is-cancer-called-cancer-we-need-to-go-back-to-greco-roman-times-for-the-answer-228288
パネギレス氏によると、がんにかかった人に関する最も古い記述のひとつは、紀元前4世紀のものだと考えられているそうです。古代ギリシアの黒海付近にある都市の僭主(せんしゅ)であったサテュロスは、股間と陰のうの間にがんを発症しました。その部位の進行したがんは手術不可能とみなされ、苦痛を和らげるのに十分な薬もなかったため、サテュロスはがんの影響で65歳ごろに亡くなりました。
他の記述を鑑みても、がん自体は紀元前4世紀ごろにはすでによく知られたものでした。紀元前5世紀後半または紀元前4世紀初頭に書かれた「女性の病気」というタイトルの書物には、乳がんがどのように発症するか説明されていました。また、古代ギリシアの医者であるヒポクラテスが当時の医学論文を集めた書籍には、さまざまな種類のがんについての記述が見られます。
がんという言葉の由来も、同じ時代の記述にあるとパネギレス氏は指摘しています。紀元前5世紀後半から4世紀初頭にかけて、医師たちはがんを説明するのに、古代ギリシャ語でカニを意味する「karkinos(カルキノス)」という言葉を使っていました。その後、ラテン語を話す医師たちが同じ病気を説明するときに、カニを意味するラテン語である「cancer」が用いられるようになって、この名称が定着したとのこと。星座の英語名はラテン語由来の名前で呼ばれるものが多いため、「cancer=がん、かに座」という関係が成立したというわけ。
一方で、そもそも古代ギリシャの医師がなぜがんをカニで例えたのかは定かではありません。一説には、がんが攻撃的な病気であるのと同じように、カニが好戦的な生き物であったからと考えられています。また別の説では、カニが人の体を爪で挟んだ場合に取り外すのが難しいほど力強いことを、一度発症すると除去が困難ながんに例えたのだと考えています。
その他、よく知られた説では、がんの外観がカニの形状に似ていることが指摘されています。西暦129年から216年ごろを生きたローマ帝国時代のギリシャの医学者であるガレノスは、著書「医術の構成について グラウコンへの医術」の中で、「私たちは、乳房にカニのような腫瘍ができているのをよく見かけます。カニが体の両側に足を持つのと同じように、この病気でも不自然に腫れた血管が両側に伸び、カニのような形になります」とがんの形状をカニに例えています。
ギリシャ・ローマ時代には、がんの原因についてさまざまな意見がありました。原因は定かになっていないほか、治療法も確立されておらず、神に祈るほか治療のすべはないと考えていた記述も残っています。2400年ほどたった現代では、がんの原因や予防法、治療法に関する知識は大きく変わり、がんには200種類以上あることもわかっていますが、いまだに完全な治療法はありません。パネギレス氏は「紀元前4世紀のサテュロスから始まった『cancer』という呼び名の病気は、現代ではうまくコントロールされ、発症してから長生きする人もいます。しかし、2022年だけでも、世界中で約2000万人が新たにがんを発症し、970万人ががんで亡くなっています。まだまだ道のりは長いことは明らかです」と語りました。