ドラッグストア業界首位のウエルシアHD。突然のトップ辞任はどう影響するのか(記者撮影)

「私生活において不適正な行為があり弊社の信用を傷つけるものであると判断した」――。

4月17日、ドラッグストア首位のウエルシアホールディングス(HD)は、松本忠久氏が同日付で社長を辞任すると発表した。「週刊新潮」が報道した松本氏の不倫騒動を理由として、会社側が辞任を勧告した。

「家庭のある身でありながら不倫関係を持つことは不適正であり、何もしないわけにはいかないと判断した」(ウエルシアHD広報)。会社の金銭を不当に使った可能性も調査中だが、4月17日時点では確認できていない。

松本氏はウエルシアHDの親会社であるイオンでも執行役ヘルス&ウエルネス担当を兼任していたが、同17日に解任。4月18日以降、当面は池野隆光会長が社長を兼務するが、後任を検討し、決定次第発表するという。

M&Aで業界初の1兆円企業に

ウエルシアHDはドラッグ業界首位。調剤併設型の店舗を多く展開するのが特徴だ。1990年以降は、他社と合併を進めながら規模を拡大してきた。


松本氏は店舗戦略においても、経営統合でもキーマンだった(写真:尾形文繁)

2002年に池野会長が創業した池野ドラッグを合併。松本氏が社長を務めていた「いいの」も2006年に合併している。

松本氏は介護事業を展開する寺島薬局の社長、ウエルシア薬局副社長などを経て、2019年にウエルシアHD社長に就任。2019年2月に1284店だった調剤店舗数を、5年後の2024年2月には2155店まで急拡大させた。

2021年には調剤薬局を展開する愛媛地盤のネオファルマーを買収するなど店舗網を広げ、2022年にはドラッグストア業界で初めて売上高1兆円を達成。

松本氏はウエルシアHDを業界トップに成長させた人物だが、今回の不倫騒動を機に、舵取り役を離れることとなった。

松本氏の辞任でまず懸念されるのは、現在進めている経営統合への影響だ。

ウエルシアHDは今年2月末、業界2位のツルハHDと経営統合の協議を開始すると発表した。ウエルシアHDがツルハHDの子会社になるいびつなスキームではあるものの、松本氏はウエルシアHDの代表として議論を進めてきた。2兆円規模のドラッグ連合実現を目指し、足元では独占禁止法上の問題点の解消を試みている最中だった。


松本氏は長らくツルハHDやイオンの経営陣と関わってきたキーパーソンだ。イオン、ウエルシアHDやツルハHDなどが医薬品のPB(プライベートブランド)を共有するハピコムグループのメンバー各社で3カ月に1度集まり、商品や薬剤師の教育について情報交換をしてきた。松本氏もその場でツルハHDの鶴羽順社長などと意見を交わしてきた。

そんな松本氏の辞任で、経営統合の協議に混乱が生じないか懸念される。「今のところは社長職を兼任する池野(会長)が中心となり、影響がないように進めていきたい」(ウエルシアHD広報)。

店舗の差別化策を進めてきたが…

もう1つの懸念が、店舗戦略の行方だ。ウエルシアHDが主戦場とする郊外は現在、人口減少とオーバーストア状態に悩まされている。1店舗当たりの採算性が低下し、打開策を求められている状況だ。

そこで松本氏が掲げてきたのが「健康ステーション」構想。ウエルシアHDが抱える8000人超の薬剤師を核として、健康や美容に関する悩みを何でも相談できる店舗をつくるという。薬剤師が調剤薬局の業務だけでなく、OTC(一般用)医薬品やサプリメントなどのカウンセリング販売を行える体制を目指している。

業界の枠を超えて、医療や介護の領域を巻き込んだビジョンも描いてきた。例えば、ドラッグストア店内で医療機関の遠隔診療を受けられるようにしたり、在宅医療を受ける患者向けの調剤業務を担当したりと、他の医療法人との連携を深めていく方針だ。

自社で展開する介護事業は採算性の低さに悩まされてきたが、同業のM&Aや、イオングループ内での統合も視野に挽回すると打ち出した。ドラッグストアを軸に介護や医療のサービスも提供することで、競合と差別化するというわけだ。

さらに、2023年3月にはたばこの販売中止を発表。前期は400店舗で取り扱いを中止し、残りの店舗でも順次販売を取りやめるという。

昨年12月に実施した東洋経済のインタビューで、松本氏は「ドラッグストアはどこでも同じで、欲しいものが安ければよいというのでは不十分。健康に対するサポート、アドバイスをあらゆる面から行える存在になりたい」と語っていた。

キーパーソンが退場、店作りは道半ば

オーバーストア状態が指摘される中でも、業界の出店競争は激化している。業界4位のコスモス薬品は2023年5月期に114店純増となったが、ウエルシアHDは2024年2月期に62店純増と見劣りする。

出店数に加えて、既存店の売上高伸長率も、食品の安売りを軸に客数を伸ばすコスモス薬品に軍配が上がる。競合に対抗できる店舗づくりはウエルシアHDが直面する重要課題だ。

多様な店舗戦略を進め、クリーンな企業イメージの形成にも努めてきた中、今回の不倫騒動が明るみになってしまった。競合幹部からは「1兆円企業の社長として脇が甘かったのではないか」と冷ややかな声が上がる。

理想の店づくりは道半ばだ。松本氏の辞任で会社の経営方針は揺らぎかねない。ウエルシアHDは早急に後任を決定し、経営統合や店舗改革に臨む必要がある。

(伊藤 退助 : 東洋経済 記者)