昨今多く聞かれるようになった「○○ハラ」の一つに、「逆ハラスメント(逆ハラ)」と呼ばれるものがある。本来、上司から部下への威圧的な行為が「パワハラ」だ。

 逆に部下から上司へのハラスメントのことを「逆ハラ」と呼ぶ。増加する「逆ハラ」だが、すでにいくつもの判例があるという。ハラスメント問題に詳しい佐藤みのり弁護士が、事例とともにポイントを解説する。

【ケース1】上司を怒らせて録音「パワハラ捏造」部下

 Aの部下Bは、「同僚が不正を働いている」などと嘘のうわさをしたり、取締役に「人事担当者が不正をしている」などと嘘の申告をしたりしていた。このことが発覚し、上司から「Bに話を聞いて注意しておくように」と言われたAは、Bを呼び出し、面談した。

 面談中、Bはボイスレコーダーを忍ばせ録音しながら、横を向くなど、終始ふてくされた態度を示していた。Aは、Bの態度に腹を立て、感情的になり、大きな声を出して「大変な迷惑だ!」「訴訟も辞さない。お前がやっていることは犯罪だぞ!」などと叱責した。Bは、パワハラを受けたとして、慰謝料などを求め、提訴した。

【佐藤みのり弁護士の解説】

「わざと相手のパワハラを誘うような部下に出くわしてしまった例です。高裁は、Aさんの面談自体は『適切な注意・指導のため』として、目的は正当であると判断を下しました。

 Aさんの発言内容は脅迫的な内容も含まれ、不法行為(違法なパワハラ)に当たりますが、Bさんの態度のために発言内容がエスカレートしてしまったとみられ、慰謝料額は10万円と判断されました。

 比較的低額の慰謝料とはいえ、ハラスメントが認められた点で、Aさんにとってこの件が “損失” であることは間違いありません。こうした、部下に大きな問題がある場合でも、感情的にならず、淡々と対応することが重要です。どこに罠が潜んでいるか、わからないのです」

【ケース2】部下が業務拒否「私に命令するな!」

 中途で入社したCは、自分より年次が上の部下Dを受け持つことになった。DはCに対し、「私に命令するな!」などと言い、仕事を拒否することが多かった。そのことが原因で、CとDとは次第に口論が増えたが、周囲はただ傍観するだけ……。

 Cは会社に、Dを異動させることや、体制の変更を何度も申し出たが、聞き入れてもらえなかった。度重なるトラブルで、ついにCは会社を退職し、「職場の改善要求を1年以上訴え続けたにもかかわらず、まったく改善されなかった」などとして、会社を相手に訴訟を起こした。

【佐藤みのり弁護士の解説】

「年次や年齢が上の部下を持つ場合、こうしたトラブルは起こりやすい。また、上司の指示を無視するのは、よくある『逆ハラ』の事例です。

 このケースでは、『逆ハラ』を受けたCさんが、会社を提訴しました。裁判所は、『労働者が、業務をおこなう際に疲労や心理的負荷などを過度に蓄積させ、心身の健康を損なうことがないように注意する義務』(安全配慮義務)を欠いたと、会社に50万円の慰謝料の支払いを命じています。

 このケース以外にも、会社が自分の味方になってくれない、という事態は想定されます。実際、Cさんが改善要求しても、会社は取り合ってくれませんでした。そうした場合は、外部の弁護士などに相談することもひとつの手です」

【ケース3】中傷ビラを撒かれ…潔白なのに “左遷”

 人員整理で、Eの部下であるFも退職勧告を受けた。Fは応じず、給与を減額したうえで雇用が維持されることになった。ところがFは、交渉後、Eを中傷するビラを作成して、取引先に持ち込むという行動に出た。ビラには、「Eが売り上げを着服している」「Eが部下の女を尾行して口説いた」など、事実無根の内容が書かれていた。

 会社の調査で、ビラの内容が間違いだと明らかになったが、取引先からの信用回復のため、Eは始末書を書かされ、就いていたポストから外されることになった。Fには懲戒処分が下ったものの、雇用は続くことが決定した。翌日、Eは遺書を残し、自殺した。

【佐藤みのり弁護士の解説】

「『逆ハラ』によって自殺者が出てしまった例です。

 労働基準監督署はこの件に関し、『業務に起因した死亡ではない』と、遺族補償給付金を支給しない旨の処分を下しましたが、のちに遺族が裁判を起こした結果、この処分は取り消され、『業務に起因する死亡』とみなされました。

 部下から事実無根の情報を流されるというのも『逆ハラ』の典型的な事例です。【ケース2】のように、会社には『安全配慮義務』があります。こうした法的な情報を少しでも知っておくことが、自分の身を守るために重要なんです」

 パワハラを恐れるだけでなく、「これ、パワハラじゃないから!」と部下に言い返せる知識が、50代には必要だ。

●すでに起きている! 令和の「逆ハラ」事件簿