鎌田大地とラツィオの物語は、ページをめくるたびに目まぐるしく状況が変わっている。

 昨年の夏、セルゲイ・ミリンコヴィッチ・サヴィッチ(アル・ヒラル)の後釜としてチームの中心になるべく移籍してきたものの、マウリツィオ・サッリのサッカーになかなかなじめず、早い段階で控えの選手になってしまった。しかしサッリの後任として監督にイゴール・トゥドールが就任すると、今度は一転、ほとんどの試合でフル出場するようになった。リーグ戦のユベントス戦を除いて、その活躍はまだ「輝く」というほどまでには至っていないが、それでも彼のラツィオでの未来に光が灯ったことは確かだ。


サレルニターナ戦にフル出場、勝利に貢献した鎌田大地(ラツィオ)photo by Insidefoto/AFLO

 現在、ラツィオはルイス・アルベルトの退団発言で揺れている。ファンタジスタで背番号10、副キャプテンを務めるルイス・アルベルトだが、トゥドールが就任してからは、鎌田が重用される一方で、絶対的な存在ではなくなった。4月12日のサレルニターナ戦では共存する可能性も感じさせたが、試合後、彼はテレビカメラに向かってはっきりとラツィオを出て行くことを表明した。

「すでにチームとは契約解消の話を進めている。チームの金は他の選手に使ってもらいたい。今後は1ユーロもラツィオからは受け取らない。旅立つ時が来た」

 チームが彼の決心を知ったのは、この発言においてだった。ラツィオのクラウディオ・ロティート会長はこう言っている。

「ルイス・アルベルトは移籍金なしで出て行きたいと言っているが、彼とは4年の契約をしている。まずは金を払ってくれるチームを連れてくることだ」

 現在のラツィオは決して順風満帆とはいえない。2年半にわたりチームを率いていたサッリが監督を辞め、キャプテン、チーロ・インモービレにはすでにかつての輝きはなく、フェリペ・アンデルソンはユベントスにタダで奪われそうだ。昨シーズン、ベストディフェスラインと言われていたマッティア・ザッカーニ、アレッシオ・ロマニョーリ、ニコロ・カサーレは、去年とは比べものにならない悲惨な1年を過ごしている。

【トゥドールの脳裏にある光景】

 鎌田には、そんな困難に面したチームの手綱を握り、ゴールを決める役割が求められたが、彼もまたラツィオの負の空気に巻き込まれてしまった。サッリの最後の一カ月、鎌田に出番はほとんどまわってこなかった。ただロティート会長はそんなサッリのやり方には反対で、何度も鎌田を使うようにと言っていたが、もちろんサッリはそんな指示に従う男ではない。そして最終的にサッリは去り、鎌田の復活のシナリオが開かれた。

 トゥドールは鎌田を高く評価しており、新たなシステム、3−4−2−1を支える重要な存在であると認識している。トゥドールの頭からはある光景が離れない。2022年10月26日のチャンピオンズリーグ、開始たった3分にゴールを決めたフランクフルト時代の鎌田の姿だ。この日、対戦相手のマルセイユを率いていたのが、他でもないトゥドールだった。彼が敗れてスタジアムをあとにしなければならなかったのは、すべて鎌田のせいだった。

 だからこそトゥドールは、鎌田と味方として再会したことを喜び、オリンピコでの最初の試合、3月30日のユベントス戦ですぐに彼をスタメンに入れたのだ。その期待に鎌田は今シーズン最高のパフォーマンスで応えた。ペドロとフェリペ・アンデルソンの後方にダニーロ・カタルディと入り、ユベントスの中盤を相手に持ち味を発揮した。9月のナポリ戦と並ぶようなすばらしいプレーだった。
 
 トゥドールは次節のローマとのダービーマッチ、そしてサレルニターナ戦でも引き続き鎌田をスタメンとして起用している。スタートの11人から外れたのはコッパ・イタリアのユベントス戦だけだ。

 これまでの鎌田のパフォーマンスには波があった。だがそんな彼にトゥドールは無条件の信頼を寄せている。

 サッリは鎌田に特に目をかけることはなかった。それはプレーのリズムの問題でもある。サッリのサッカーは非常に図式的で、方法論的で、緊張感が高い。そのなかでサッリは鎌田を受け入れることはなかった。一方、トゥドールは鎌田を、自身が描くサッカーの重要な駒であると考えている。監督就任の会見で彼は鎌田についてこう言っている。

【今季終了後に激変するラツィオ】

「鎌田はすべてを兼ね備えた選手だ。スピード、そして特にプレーの質はすばらしく高い。フランクフルトではトレクァルティスタ(トップ下)としても中盤としてもプレーしている。これまでのラツィオのプレースタイルより、私の目指すサッカーにより適しているだろう。彼は私が好むような高い資質を多く持っている」

 トゥドールのラツィオでのデビュー戦であったユベントスとの試合での、『ガゼッタ・デル・スポルト』紙の鎌田の評価は7。次のローマ・ダービーでは輝くところはなく、オフサイドでゴールが取り消されたりもしたが、サレルニターナ戦ではまたいいところを見せ、90分フル出場、6.5という高評価を得ている。

 ラツィオでの鎌田の評価が最終的に固まるのはこれからの1カ月にかかっているだろう。その間にはコッパ・イタリアのセカンドレグの対ユベントス戦もある。ファーストレグはアウェーで0−2と敗れている。鎌田は20分プレーしただけで、ボールにもほとんど触らなかった。4月23日にオリンピコで行なわれる次の試合では、鎌田はスタメンとしてスタートするはずだ。

 とにかくトゥドールは鎌田を気に入っている。それを疑う余地はない。昨年のリーグ準優勝からの大幅な成績ダウン(現在は7位)を受け、来シーズン、トゥドールはすべてのポジションを改革しなければならないが、その時、鎌田が自分のもとにいてくれたら嬉しいと心から思っている。

 今後、ラツィオには少なくとも新しいストライカーと、数人のサイドバック、センターバックひとり、ミッドフィルダーひとり、そしてサイドハーフふたりがやってくるはずである。つまり、今のラツィオは新たに生まれ変わるための"待ち"の状態といったところだ。シーズン末には多くの別れがあるということでもある。

 サレルニターナ戦のあと、ラツィオのスポーツディレクターのアンジェロ・ファビアーニは、鎌田や他の選手の去就についてこう述べた。

「鎌田との契約は1年だが、我々だけで決められるのだったら、もう少し長い契約をしていた。しかし彼は1年試してみて、その後、更新するかどうかを決めたいと希望した。我々も彼を獲得するためにその条件を認めた。つまり今後、彼の去就についてのニュースが流れたら、それはすべて鎌田自身の決定ということだ。彼が今後どうしたいか、それはシーズン末にわかるだろう。すべての選手は有能だが、アンタッチャブルな選手はいない」

 この最後のフレーズ、「有益だが必要不可欠ではない」は、イタリアではよく使われる言い回しなのだが、つまりは「何が起こってもおかしくない」ということだ。

 鎌田が契約を更新するか否かは、5月10日くらいまでにチームに伝えることになっている。ラツィオによると、鎌田はこれまで更新について一度もチームと話し合ってはおらず、同時に、出て行くという明確な意思表示もしていないという。退団を告げたという噂も出ているが、今のところチームはそれを否定している。ただ、今シーズンのような1年を過ごした後、鎌田が周囲を見渡すのは当然だろう。ドイツではブンデスリーガでの実績を買われ、ボルシアMGから声がかかっているという。

 鎌田とラツィオの物語はまさに大詰めを迎えている。しかし、結末はまだ書かれていない。