「空飛ぶ絨毯」の活用提案を募集! ベッコフ「XPlanar アイデアソン」発表会
ドイツの大手制御機器メーカーであるベッコフオートメーション株式会社
による「XPlanar アイデアソン発表会」が2024年2月2日に、オートメーションと計測機器の総合展示会「IIFES2024」のセミナー会場内で行われた。実機の実装を必要としない「アイデアソン」のため、参加者は高校生から社会人まで、柔軟な発想から幅広い提案が寄せられ、ノミネートされた6作品のプレゼンテーションが行われた。レポートする。
●■磁気を使った浮遊型搬送システム「XPlanar(エックスプラナー)」
「XPlanar(エックスプラナー)
」とは磁気を使ったリニア搬送システムの一種。平面タイルの中にはコイルが内蔵されており、コイルに電流を流すとタイル上部に磁界が発生して、可動子であるマグネット内蔵のプレートを浮遊させて、対象物を搬送することができる。「XPlanar」とは「eXtended planar motor system」の略称である。
平面上の電磁場を制御することで、可動子に対して6自由度の位置・姿勢制御ができる。最大速度は2m/s。360度回転もできる。可動子のサイズは7種類ある。単体で対応可能な最大荷重は4.2kg。機械的に複数を結合することもできる。表面加工はステンレス、プラスチックフィルムから選択可能。
制御はベッコフのリアルタイム制御ソフトウェア「TwinCAT」をインストールした産業用PCで行う。浮いているので完全非接触であり、そのため摩耗や劣化がなく、音も静かだ。異物混入を嫌う現場や、人によるメンテナンスが難しい現場、一つ一つが独立しているので小ロット多品種生産向けの現場などに向いているとされている。今年2024年で日本での発売から3年経った。
「IIFES2024」のベッコフオートメーションのブースでは、「XPlanar」とガイド式リニア搬送システム「XTS(eXtended Transport System)」の同期デモが行われていた。二つの可動子が同期してモノを運ぶ。
「XTS」の可動子につけられたグリッパーにはベッコフが2021年に発表した「NCT(No Cable Technology)」モジュールが使われており、非接触給電・リアルタイムデータ伝送を行なっている。ベッコフが提唱する、高精度な同期制御や二重化を特徴とする産業用フィールドネットワークの「EtherCAT」と連携して、システム全体のイベントをμs精度で同期すできるので、ハンドリングや加工、搬送と並行した測定などが可能になるというデモだ。
ベッコフ本社の生産システムでは、100枚のタイルを使って33台のプレートが浮遊する「XPlanar」が使われており、生産工程を終えた端末を個別の検査機器に運んで自動検査を行なっている。
ベッコフでは「XPlanar」を「空飛ぶ絨毯」とも呼んでおり、まだまだ色々な活用方法があると考えているという。そこで、自由な発想で使い方を考えてもらいたいというコンセプトで「XPlanar アイデアソン」が実施された。
●■高校生から社会人まで幅広いアイデアが寄せられた「XPlanar アイデアソン」
「XPlanar アイデアソン」は、ベッコフオートメーションと次世代ロボットエンジニア支援機構(Scramble)とが協働で実施したアイデアソン。2023年8月22日に東京都大田区に新設した「ベッコフ 共創ラボ」開設記念として開催された(リリース:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000032.000027362.html
)。
開会に先立ち、ベッコフオートメーション代表取締役社長の川野俊充氏は「新技術の用途を検討する機会を恵まれないという顧客の声に応えるために企画した。みなさんと作品発表に立ちあえることを嬉しく思う」と挨拶した。
次世代ロボットエンジニア支援機構(Scramble) 代表理事で、大阪大学大学院助教の川節拓実氏は「高校生から会社で働いている方々まで、本当に幅広い方からアイデアを出してもらった」とコメントした。
同じくScramble理事でトヨタ自動車 モノづくりエンジニアリング部 システム制御開発室主任の高橋智也氏は「本当にみなさん既存のアイデアに囚われず自由なアイデアを出してくれた」と述べた。
ベッコフオートメーション ソリューション・セールス・エンジニアの小平克己氏は「どんなところに使えるのという声をよく聞いている。今回、『なるほどこんな使い方もあるんだ』と感心させてもらった」と挨拶した。ベッコフオートメーション ソリューション・アプリケーション・エンジニアの福田昌了氏は「私は日本で『XPlanar』一番使い倒していると思うが、一方そのためアイデアが固まっている。今回のみなさんのアイデアを拝見させてもらった」と語った。
今回は50名以上が登録、16作品が実際に応募され、そのうち以下の6作品の発表が行われた。
・時短賞・省スペース賞・コストパフォーマンス賞・省エネ賞・芸術賞・技術の無駄遣いで賞
なお繰り返しになるが、各装置はあくまでアイデアベースであり、実機があるわけではない。
●■時短賞「自動分注装置 ラボ・アラジン」
トップバッターは「時短賞」。株式会社椿本チエイン埼玉工場 制御技術推進チームから伊藤治夫氏、大志茂純氏、水田浩司氏が「自動分注装置 ラボ・アラジン」について発表を行なった。
この装置の目的は、PCR検査前の検体チューブに生理用食塩水を定量分注し、攪拌・延伸分離後、試料チューブに定量分注を自動で行うこと。
理想の分注装置は、高精度と高効率、柔軟性、安全性・環境、データ管理ができることが望ましい。各工程は、投入・取り出し工程と分注工程に分けられる。
搬送キャリアは検体チューブキャリア、生理食塩水キャリア、ダスターボックスキャリア、試料チューブキャリア、マイクロチューブキャリアの5種類。
検体チューブの開栓・閉栓はXPlanarの旋回機能を利用して行う。攪拌・遠心分離もXPlanarのチルト機構で攪拌し、旋回にて遠心分離処理を行おうというものだ。
XPlanarを使うことで、埃が出ない、床面がフラットになって清掃しやすくなる、高精度停止ができるところ、静音性も魅力だと語った。
いっぽう、搬送キャリアの上に電源がおけない、垂直搬送ができるとミニ工場ができるのではないかといった要望も挙げられた。
●■省スペース賞「次世代型フードコート提案」
「省スペース賞」は「次世代型フードコート提案」。大森機械工業株式会社イノベーション推進本部 ロボリューションg 早川恭平氏がプレゼンした。
現代のフードコートには「席の稼働率の低さ」という課題がある。かばんを使った席取りなどが行われているため、席が食事以外の用途で長く使われている。そのためフードコートの席数を余分に増やさなければならない。二つ目の問題は混雑時の危険な運搬作業。混雑した状況下での人を避けながらのラーメン運びなどは極めて危険な状況になる。
そこで「XPlanarを使った次世代フードコート」を提案した。XPlanarは各店舗の料理を効率的にテーブルまで運搬するために使われる。図の白い部分がタイルで、料理を載せた可動子が動く。
運搬する可動子には最大サイズのものを連結で使用する。具体的にはラーメン餃子セット(3kg想定)が積載できる最大サイズだと考えた。ユニットの運搬可能重量は最大で7.4kg、最高移動速度は時速7km(秒速約2m)となる。料理はカメラで自動認識し、重量測定はXlanarで行う。
この仕組みを使うことで、食事にかかる時間が、およそ64分から49分程度に短縮され、23.4%削減できる見込みとなるという。その結果、1500席のフードコートに導入したら、客席面積がテニスコート2面分に相当する366平米削減できると概算した。
b●■コストパフォーマンス賞「Xplanarとロボットアームによる研究開発の自動化」
「コストパフォーマンス賞」は「Xplanarとロボットアームによる研究開発の自動化 モジュール型自動化システムの提案」。トーチ株式会社の黒田悦成氏がプレゼンした。トーチはラボオートメーション専門インテグレーター。黒田氏はロボットシステムインテグレートを手がけている。
トーチでは「デジタルラボ」と呼んでいるモジュールの組み合わせによって開発を効率化する独自システムを用意している。研究開発現場で利用する多種多様な機能部品を組み合わせて、実験環境を用意し、ロボットアームがモジュール間のワークの搬送を担当する。
たとえば、複数の原料ビンからして指定量の液体を分注する様子や、モジュール化を進め、ARマーカを使って位置合わせするデモモデルなどを紹介した。このように、研究者が日々、人でで行なっている作業を自動化している。
だがデジタルラボにはいくつかの課題がある。多数のモジュールを使用する複雑な実験自動化の場合は、ロボットアームのリーチ範囲でしか使用できないことがネックとなる。リーチを伸ばしたり、スライダーを使ったり、ロボットを新たに追加するとコストが高くなってしまう。また、ロボット単体ではシングルタスクしか実行できないため、プロセス中において何も働いてないモジュールが発生してしまう。
そこで、Xplanarと安価な小型ロボットを使ったシステムを提案。計量モジュールや分光測定モジュールを組み合わせたシステムに、安価な小型卓上ロボットを用いる。そのモジュール間でワーク搬送をXplanarが行う。複数のワークを効率よく 届ける。モジュール間のリーチ不足問題は、Xplanarのタイルの追加のみで解消できることになる。
モジュールごとに専用ロボットを用意していることで、各モジュールでマルチタスクが実行できる。設置面積は大きくなってしまうが、処理数はモジュールの数だけ増えていくのでコストパフォーマンス的にはかなりのメリットが得られると考えられるという。
Xplanar導入のメリットは、モジュールの独立性の向上、非接触なので交差汚染を防げる、液体攪拌は単体でも可能、消耗品の補給・廃棄も同一ルートで可能など、様々なメリットが期待できるという。このシステムを使って研究開発分野の人手不足解消を行いたいと語った。審査員からも「Xplanarの機能を活かし切っている」というコメントがあった。
●■省エネ賞「Xplanar Shoes」
「省エネ賞」は「Xplanar Shoes」。現役の高校生二人が「Xplanarを用いた靴形モジュール」についてプレゼンした。発表者は東京都立小石川中等教育学校 FRCロボットチーム「HIBANA Technology」の長谷川真緒氏と鈴木里奈氏。
宇宙のメリットは重力がほぼないこと。いっぽう宇宙での長期居住活動には色々な課題がある。回転による遠心力を用いた人工重力の発生にはエネルギーが必要だ。大きな機構を回転させるには大きなエネルギーがいるが、最大辺30cmのXplanarを回転させるので済むのであれば、かなりの省エネになる。そのようなことから、磁力を用いるXlanarを活用できる場所としては宇宙が最適ではないのかと考えた。宇宙であれば、積載重量にも制限がなくなる。
そこで考案したアイデアが「Xplanar Shoes」。Xplanarのパネルを多数敷き詰めた上を動く可動子に人が装着できるクツを載せることで、人が動きやすくなるのではないかというアイデアだ。
要するに動く靴である。靴のなかには重心をはかるセンサーがあり、前後左右に動いた人間の重心を感知して靴も動く。
靴を実際に国際宇宙ステーションなどに導入したら、どんなメリットがあるのか。活用先の一つ目はトイレ。無重量空間のなかではトイレが不便だが人の足をゆるくホールドする靴として使うことでストレスフリーにトイレができるのではないかというアイデアだ。
そのほか、宇宙でも踊りやすいダンスシューズ、宇宙でも快適な睡眠環境を実現する電動ベッドなど、無重量の宇宙を住みやすくするアイデアが紹介された。
●■芸術賞「Moving Letter Lights」
芸術賞は「Moving Letter Lights」。個々のXplanarにライトを搭載し、文字、模様、サインなどを表示する壁形パブリックアートのアイデアだ。デザイン会社の株式会社GK京都の谷本吏氏、高橋直希氏二人がプレゼンした。Xplanarの同時制御技術がもたらす統制された人工的な動きと、光のゆらぎやにじみの対比を用いて、コミュニケーション手段とする。
特徴はXplanarを垂直配置して、垂直面で光のパーツが動く壁面型パブリックアートであるところ。LED搭載の可動子が動いて集まることで、多様な表現を可能にする。アルファベットや数字を表現するだけでなく、サインや時計などの機能をもたせることもできる。
文字表現のデモ動画も紹介された。バラバラのパーツがスライドインして集まって、文字や数字を形成するモーションタイポグラフィ表現が行える。
垂直配置しているため、始動時や作業終了時には、何もしないと落下してしまう。そこであらかじめ可動子がとどまるアドレスを決めておくことで、スムーズな始動・作業終了が行えるようにする。
商業施設のショウウインドウや、デジタル アート、エンタメ演出などが可能ではないかと考えているとのことだった。「磁力なら水平面ではなくてもいけるんじゃないか」と考えたことがアイデアのきっかけだったとのこと。なおベッコフでは推奨はしていないが、垂直面でも実際に動かせるそうだ。
●■技術の無駄遣いで賞「Never Dropping」
「技術の無駄遣いで賞」は「空飛ぶじゅうたんというかっこいい名前に惹かれて」今回のアイデアソンに参加したという「HUNDOSHI WORKS」の加藤朗人氏、杉浦まんえもん氏による「Never Dropping」。インクをつけるガラスペン、羽ペン、Gペンなどインクを補充するタイプの筆記具からの「インク垂れ」を減らそうというアイデアだ。
ふとした瞬間、インクが垂れて作品を台無しにしてしまうことがあるが、それはインク瓶と筆記具のあいだの距離が遠い体という仮説のもと、Xplanarにインク瓶を載せることで、手元近くまでXplanarで運べばインク垂れのリスクは減らことができるという。
しかし採算性はあるのか? 「HUNDOSHI WORKS」が想定したユーザーのペルソナは、週刊連載を持ち、5名のアシスタントを抱える有名漫画家。しかも原稿にちょっとでもミスがあると描き直さずにはいられない性格。そういう人物向けならば、インク垂れがもとで原稿を落とす損失リスクを上回るのではないかと紹介した。
●■最優秀賞はGK Kyoto「Moving Letter Lights」に
このあと最終審査が行われ、若手技術者育成の観点を評価するScramble賞は東京都立小石川中等教育学校 FRCロボットチーム「HIBANA Technology」と「HUNDOSHI WORKS」。最優秀賞はGK Kyotoの「Moving Letter Lights」となった。それぞれ賞金20万円が贈られた。
賞金の使いみちについては、高校生チームの「HIBANA Technology」は現在、世界最大のロボット大会「FIRST Robotics Competition(FRC)」渡航費用の調達を目指してクラウドファンディングを行なっている
とのことで、その費用にするとのこと。「HUNDOSHI WORKS」では良いガラスペンを買う」とのことだった。
●■次世代のエンジニアを育てる「次世代ロボットエンジニア支援機構(Scramble)」
今回のイベントをベッコフオートメーションと協働で実施した、「次世代ロボットエンジニア支援機構(Scramble)
」は「挑戦的共創人材」を育てることを目指す団体。「挑戦的共創人材」とは、「技術を常に学び続け、周囲と力を合わせながら困難に挑み、技術でより良い未来を共創できる人材」。
いまは、ロボット競技を核としてエンジニア選手権の「CoRE
」と、小中学生向け地域ロボット活動の「ジュニアロボットチーム」の二つを主要事業としている。
「ジュニアロボットチーム」は「地域のロボットクラブ」をイメージした活動で、地域のエンジニアが、子供たちにものづくりの基礎を学べる環境を提供する。現在、京都、大阪、愛知の3地域で活動しており、2024年には東京、福岡でもクラブを立ち上げる予定だという。
Scramble代表理事の川節氏は「さらに活動を拡大予定で、指導者を募集中。若い世代を育てる営みにご協力いただければ」と来場者たちに呼びかけた。
●■アイデア現実化までベッコフがサポート予定
生産ラインの生産性と柔軟性を高めることから注目が集まるリニア搬送。「XPlanar」はユニークな搬送装置だが、まだまだ、新たな可能性が考えられると筆者も思う。「IIFES20224」でも出展されていたが、磁気浮遊式リニア搬送システムはB&Rなど他社からも展開されており、他のリニア搬送システム同様、今後の進化と、新たな用途の開拓が期待されている。
発表会の最後にベッコフオートメーション社長の川野氏は「今後もイベントは継続していきたい。このご縁やアイデア実現を含めて、実現していくところも共同してやっていきたい。今回、みなさんにお会いできたことも何かのきっかけとなると思う。今後もゆるいコミュニティとしてお付き合い頂きたい」と語った。
による「XPlanar アイデアソン発表会」が2024年2月2日に、オートメーションと計測機器の総合展示会「IIFES2024」のセミナー会場内で行われた。実機の実装を必要としない「アイデアソン」のため、参加者は高校生から社会人まで、柔軟な発想から幅広い提案が寄せられ、ノミネートされた6作品のプレゼンテーションが行われた。レポートする。
<目次>:
■磁気を使った浮遊型搬送システム「XPlanar(エックスプラナー)」
■高校生から社会人まで幅広いアイデアが寄せられた「XPlanar アイデアソン」
■時短賞「自動分注装置 ラボ・アラジン」
■省スペース賞「次世代型フードコート提案」
■コストパフォーマンス賞「Xplanarとロボットアームによる研究開発の自動化」
■省エネ賞「Xplanar Shoes」
■芸術賞「Moving Letter Lights」
■技術の無駄遣いで賞「Never Dropping」
■最優秀賞はGK Kyoto「Moving Letter Lights」に
■次世代のエンジニアを育てる「次世代ロボットエンジニア支援機構(Scramble)」
■アイデア現実化までベッコフがサポート予定
●■磁気を使った浮遊型搬送システム「XPlanar(エックスプラナー)」
「XPlanar(エックスプラナー)
」とは磁気を使ったリニア搬送システムの一種。平面タイルの中にはコイルが内蔵されており、コイルに電流を流すとタイル上部に磁界が発生して、可動子であるマグネット内蔵のプレートを浮遊させて、対象物を搬送することができる。「XPlanar」とは「eXtended planar motor system」の略称である。
平面上の電磁場を制御することで、可動子に対して6自由度の位置・姿勢制御ができる。最大速度は2m/s。360度回転もできる。可動子のサイズは7種類ある。単体で対応可能な最大荷重は4.2kg。機械的に複数を結合することもできる。表面加工はステンレス、プラスチックフィルムから選択可能。
制御はベッコフのリアルタイム制御ソフトウェア「TwinCAT」をインストールした産業用PCで行う。浮いているので完全非接触であり、そのため摩耗や劣化がなく、音も静かだ。異物混入を嫌う現場や、人によるメンテナンスが難しい現場、一つ一つが独立しているので小ロット多品種生産向けの現場などに向いているとされている。今年2024年で日本での発売から3年経った。
「IIFES2024」のベッコフオートメーションのブースでは、「XPlanar」とガイド式リニア搬送システム「XTS(eXtended Transport System)」の同期デモが行われていた。二つの可動子が同期してモノを運ぶ。
「XTS」の可動子につけられたグリッパーにはベッコフが2021年に発表した「NCT(No Cable Technology)」モジュールが使われており、非接触給電・リアルタイムデータ伝送を行なっている。ベッコフが提唱する、高精度な同期制御や二重化を特徴とする産業用フィールドネットワークの「EtherCAT」と連携して、システム全体のイベントをμs精度で同期すできるので、ハンドリングや加工、搬送と並行した測定などが可能になるというデモだ。
ベッコフ本社の生産システムでは、100枚のタイルを使って33台のプレートが浮遊する「XPlanar」が使われており、生産工程を終えた端末を個別の検査機器に運んで自動検査を行なっている。
ベッコフでは「XPlanar」を「空飛ぶ絨毯」とも呼んでおり、まだまだ色々な活用方法があると考えているという。そこで、自由な発想で使い方を考えてもらいたいというコンセプトで「XPlanar アイデアソン」が実施された。
●■高校生から社会人まで幅広いアイデアが寄せられた「XPlanar アイデアソン」
「XPlanar アイデアソン」は、ベッコフオートメーションと次世代ロボットエンジニア支援機構(Scramble)とが協働で実施したアイデアソン。2023年8月22日に東京都大田区に新設した「ベッコフ 共創ラボ」開設記念として開催された(リリース:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000032.000027362.html
)。
開会に先立ち、ベッコフオートメーション代表取締役社長の川野俊充氏は「新技術の用途を検討する機会を恵まれないという顧客の声に応えるために企画した。みなさんと作品発表に立ちあえることを嬉しく思う」と挨拶した。
次世代ロボットエンジニア支援機構(Scramble) 代表理事で、大阪大学大学院助教の川節拓実氏は「高校生から会社で働いている方々まで、本当に幅広い方からアイデアを出してもらった」とコメントした。
同じくScramble理事でトヨタ自動車 モノづくりエンジニアリング部 システム制御開発室主任の高橋智也氏は「本当にみなさん既存のアイデアに囚われず自由なアイデアを出してくれた」と述べた。
ベッコフオートメーション ソリューション・セールス・エンジニアの小平克己氏は「どんなところに使えるのという声をよく聞いている。今回、『なるほどこんな使い方もあるんだ』と感心させてもらった」と挨拶した。ベッコフオートメーション ソリューション・アプリケーション・エンジニアの福田昌了氏は「私は日本で『XPlanar』一番使い倒していると思うが、一方そのためアイデアが固まっている。今回のみなさんのアイデアを拝見させてもらった」と語った。
今回は50名以上が登録、16作品が実際に応募され、そのうち以下の6作品の発表が行われた。
・時短賞・省スペース賞・コストパフォーマンス賞・省エネ賞・芸術賞・技術の無駄遣いで賞
なお繰り返しになるが、各装置はあくまでアイデアベースであり、実機があるわけではない。
●■時短賞「自動分注装置 ラボ・アラジン」
トップバッターは「時短賞」。株式会社椿本チエイン埼玉工場 制御技術推進チームから伊藤治夫氏、大志茂純氏、水田浩司氏が「自動分注装置 ラボ・アラジン」について発表を行なった。
この装置の目的は、PCR検査前の検体チューブに生理用食塩水を定量分注し、攪拌・延伸分離後、試料チューブに定量分注を自動で行うこと。
理想の分注装置は、高精度と高効率、柔軟性、安全性・環境、データ管理ができることが望ましい。各工程は、投入・取り出し工程と分注工程に分けられる。
搬送キャリアは検体チューブキャリア、生理食塩水キャリア、ダスターボックスキャリア、試料チューブキャリア、マイクロチューブキャリアの5種類。
検体チューブの開栓・閉栓はXPlanarの旋回機能を利用して行う。攪拌・遠心分離もXPlanarのチルト機構で攪拌し、旋回にて遠心分離処理を行おうというものだ。
XPlanarを使うことで、埃が出ない、床面がフラットになって清掃しやすくなる、高精度停止ができるところ、静音性も魅力だと語った。
いっぽう、搬送キャリアの上に電源がおけない、垂直搬送ができるとミニ工場ができるのではないかといった要望も挙げられた。
●■省スペース賞「次世代型フードコート提案」
「省スペース賞」は「次世代型フードコート提案」。大森機械工業株式会社イノベーション推進本部 ロボリューションg 早川恭平氏がプレゼンした。
現代のフードコートには「席の稼働率の低さ」という課題がある。かばんを使った席取りなどが行われているため、席が食事以外の用途で長く使われている。そのためフードコートの席数を余分に増やさなければならない。二つ目の問題は混雑時の危険な運搬作業。混雑した状況下での人を避けながらのラーメン運びなどは極めて危険な状況になる。
そこで「XPlanarを使った次世代フードコート」を提案した。XPlanarは各店舗の料理を効率的にテーブルまで運搬するために使われる。図の白い部分がタイルで、料理を載せた可動子が動く。
運搬する可動子には最大サイズのものを連結で使用する。具体的にはラーメン餃子セット(3kg想定)が積載できる最大サイズだと考えた。ユニットの運搬可能重量は最大で7.4kg、最高移動速度は時速7km(秒速約2m)となる。料理はカメラで自動認識し、重量測定はXlanarで行う。
この仕組みを使うことで、食事にかかる時間が、およそ64分から49分程度に短縮され、23.4%削減できる見込みとなるという。その結果、1500席のフードコートに導入したら、客席面積がテニスコート2面分に相当する366平米削減できると概算した。
b●■コストパフォーマンス賞「Xplanarとロボットアームによる研究開発の自動化」
「コストパフォーマンス賞」は「Xplanarとロボットアームによる研究開発の自動化 モジュール型自動化システムの提案」。トーチ株式会社の黒田悦成氏がプレゼンした。トーチはラボオートメーション専門インテグレーター。黒田氏はロボットシステムインテグレートを手がけている。
トーチでは「デジタルラボ」と呼んでいるモジュールの組み合わせによって開発を効率化する独自システムを用意している。研究開発現場で利用する多種多様な機能部品を組み合わせて、実験環境を用意し、ロボットアームがモジュール間のワークの搬送を担当する。
たとえば、複数の原料ビンからして指定量の液体を分注する様子や、モジュール化を進め、ARマーカを使って位置合わせするデモモデルなどを紹介した。このように、研究者が日々、人でで行なっている作業を自動化している。
だがデジタルラボにはいくつかの課題がある。多数のモジュールを使用する複雑な実験自動化の場合は、ロボットアームのリーチ範囲でしか使用できないことがネックとなる。リーチを伸ばしたり、スライダーを使ったり、ロボットを新たに追加するとコストが高くなってしまう。また、ロボット単体ではシングルタスクしか実行できないため、プロセス中において何も働いてないモジュールが発生してしまう。
そこで、Xplanarと安価な小型ロボットを使ったシステムを提案。計量モジュールや分光測定モジュールを組み合わせたシステムに、安価な小型卓上ロボットを用いる。そのモジュール間でワーク搬送をXplanarが行う。複数のワークを効率よく 届ける。モジュール間のリーチ不足問題は、Xplanarのタイルの追加のみで解消できることになる。
モジュールごとに専用ロボットを用意していることで、各モジュールでマルチタスクが実行できる。設置面積は大きくなってしまうが、処理数はモジュールの数だけ増えていくのでコストパフォーマンス的にはかなりのメリットが得られると考えられるという。
Xplanar導入のメリットは、モジュールの独立性の向上、非接触なので交差汚染を防げる、液体攪拌は単体でも可能、消耗品の補給・廃棄も同一ルートで可能など、様々なメリットが期待できるという。このシステムを使って研究開発分野の人手不足解消を行いたいと語った。審査員からも「Xplanarの機能を活かし切っている」というコメントがあった。
●■省エネ賞「Xplanar Shoes」
「省エネ賞」は「Xplanar Shoes」。現役の高校生二人が「Xplanarを用いた靴形モジュール」についてプレゼンした。発表者は東京都立小石川中等教育学校 FRCロボットチーム「HIBANA Technology」の長谷川真緒氏と鈴木里奈氏。
宇宙のメリットは重力がほぼないこと。いっぽう宇宙での長期居住活動には色々な課題がある。回転による遠心力を用いた人工重力の発生にはエネルギーが必要だ。大きな機構を回転させるには大きなエネルギーがいるが、最大辺30cmのXplanarを回転させるので済むのであれば、かなりの省エネになる。そのようなことから、磁力を用いるXlanarを活用できる場所としては宇宙が最適ではないのかと考えた。宇宙であれば、積載重量にも制限がなくなる。
そこで考案したアイデアが「Xplanar Shoes」。Xplanarのパネルを多数敷き詰めた上を動く可動子に人が装着できるクツを載せることで、人が動きやすくなるのではないかというアイデアだ。
要するに動く靴である。靴のなかには重心をはかるセンサーがあり、前後左右に動いた人間の重心を感知して靴も動く。
靴を実際に国際宇宙ステーションなどに導入したら、どんなメリットがあるのか。活用先の一つ目はトイレ。無重量空間のなかではトイレが不便だが人の足をゆるくホールドする靴として使うことでストレスフリーにトイレができるのではないかというアイデアだ。
そのほか、宇宙でも踊りやすいダンスシューズ、宇宙でも快適な睡眠環境を実現する電動ベッドなど、無重量の宇宙を住みやすくするアイデアが紹介された。
●■芸術賞「Moving Letter Lights」
芸術賞は「Moving Letter Lights」。個々のXplanarにライトを搭載し、文字、模様、サインなどを表示する壁形パブリックアートのアイデアだ。デザイン会社の株式会社GK京都の谷本吏氏、高橋直希氏二人がプレゼンした。Xplanarの同時制御技術がもたらす統制された人工的な動きと、光のゆらぎやにじみの対比を用いて、コミュニケーション手段とする。
特徴はXplanarを垂直配置して、垂直面で光のパーツが動く壁面型パブリックアートであるところ。LED搭載の可動子が動いて集まることで、多様な表現を可能にする。アルファベットや数字を表現するだけでなく、サインや時計などの機能をもたせることもできる。
文字表現のデモ動画も紹介された。バラバラのパーツがスライドインして集まって、文字や数字を形成するモーションタイポグラフィ表現が行える。
垂直配置しているため、始動時や作業終了時には、何もしないと落下してしまう。そこであらかじめ可動子がとどまるアドレスを決めておくことで、スムーズな始動・作業終了が行えるようにする。
商業施設のショウウインドウや、デジタル アート、エンタメ演出などが可能ではないかと考えているとのことだった。「磁力なら水平面ではなくてもいけるんじゃないか」と考えたことがアイデアのきっかけだったとのこと。なおベッコフでは推奨はしていないが、垂直面でも実際に動かせるそうだ。
●■技術の無駄遣いで賞「Never Dropping」
「技術の無駄遣いで賞」は「空飛ぶじゅうたんというかっこいい名前に惹かれて」今回のアイデアソンに参加したという「HUNDOSHI WORKS」の加藤朗人氏、杉浦まんえもん氏による「Never Dropping」。インクをつけるガラスペン、羽ペン、Gペンなどインクを補充するタイプの筆記具からの「インク垂れ」を減らそうというアイデアだ。
ふとした瞬間、インクが垂れて作品を台無しにしてしまうことがあるが、それはインク瓶と筆記具のあいだの距離が遠い体という仮説のもと、Xplanarにインク瓶を載せることで、手元近くまでXplanarで運べばインク垂れのリスクは減らことができるという。
しかし採算性はあるのか? 「HUNDOSHI WORKS」が想定したユーザーのペルソナは、週刊連載を持ち、5名のアシスタントを抱える有名漫画家。しかも原稿にちょっとでもミスがあると描き直さずにはいられない性格。そういう人物向けならば、インク垂れがもとで原稿を落とす損失リスクを上回るのではないかと紹介した。
●■最優秀賞はGK Kyoto「Moving Letter Lights」に
このあと最終審査が行われ、若手技術者育成の観点を評価するScramble賞は東京都立小石川中等教育学校 FRCロボットチーム「HIBANA Technology」と「HUNDOSHI WORKS」。最優秀賞はGK Kyotoの「Moving Letter Lights」となった。それぞれ賞金20万円が贈られた。
賞金の使いみちについては、高校生チームの「HIBANA Technology」は現在、世界最大のロボット大会「FIRST Robotics Competition(FRC)」渡航費用の調達を目指してクラウドファンディングを行なっている
とのことで、その費用にするとのこと。「HUNDOSHI WORKS」では良いガラスペンを買う」とのことだった。
●■次世代のエンジニアを育てる「次世代ロボットエンジニア支援機構(Scramble)」
今回のイベントをベッコフオートメーションと協働で実施した、「次世代ロボットエンジニア支援機構(Scramble)
」は「挑戦的共創人材」を育てることを目指す団体。「挑戦的共創人材」とは、「技術を常に学び続け、周囲と力を合わせながら困難に挑み、技術でより良い未来を共創できる人材」。
いまは、ロボット競技を核としてエンジニア選手権の「CoRE
」と、小中学生向け地域ロボット活動の「ジュニアロボットチーム」の二つを主要事業としている。
「ジュニアロボットチーム」は「地域のロボットクラブ」をイメージした活動で、地域のエンジニアが、子供たちにものづくりの基礎を学べる環境を提供する。現在、京都、大阪、愛知の3地域で活動しており、2024年には東京、福岡でもクラブを立ち上げる予定だという。
Scramble代表理事の川節氏は「さらに活動を拡大予定で、指導者を募集中。若い世代を育てる営みにご協力いただければ」と来場者たちに呼びかけた。
●■アイデア現実化までベッコフがサポート予定
生産ラインの生産性と柔軟性を高めることから注目が集まるリニア搬送。「XPlanar」はユニークな搬送装置だが、まだまだ、新たな可能性が考えられると筆者も思う。「IIFES20224」でも出展されていたが、磁気浮遊式リニア搬送システムはB&Rなど他社からも展開されており、他のリニア搬送システム同様、今後の進化と、新たな用途の開拓が期待されている。
発表会の最後にベッコフオートメーション社長の川野氏は「今後もイベントは継続していきたい。このご縁やアイデア実現を含めて、実現していくところも共同してやっていきたい。今回、みなさんにお会いできたことも何かのきっかけとなると思う。今後もゆるいコミュニティとしてお付き合い頂きたい」と語った。