長期に及ぶ問題に直面しながら、先進的な企業が現れない日本。その背景には前例踏襲癖が抜けないことがあるといいます(写真:Graphs/PIXTA)

地球温暖化など長期に及ぶ問題に直面しながらも、こうした分野で先進的な企業が現れない日本企業。その背景には1980年代以降のサラリーマンの前例踏襲癖が抜けないことがあり、その典型例が、今になっても「3年中計」を作っている思考にあると、武庫川女子大教授で、『グローバル メガトレンド10―社会課題にビジネスチャンスを探る105の視点』著者である岸本義之氏は指摘する。

成功体験=前例踏襲の癖が抜けない

近年、社会課題という言葉が多く使われるようになってきた。「地球温暖化が進んでいる」「天然資源の奪い合いが熾烈化している」「少子化・高齢化がさらに進行している」「移民が多くなって問題が広がっている」「所得格差がより広がっている」「海外企業との競争がどんどん熾烈になっている」「AIに仕事を奪われる可能性が高まっている」などが例として挙げられる。

こうやって社会課題をみると気が重くなるという人は、「サラリーマン病」の患者である危険性が極めて高い。なぜかというと、サラリーマンとして数十年を費やしてきた人の多くは、「前例踏襲」の能力だけを高めてきたため、前例のないような課題に直面しても、解決策を考えることができなくなっているからだ。

かつての高度成長時代のサラリーマンは、欧米企業という手本に「追いつき、追い越せ」と頑張ってきたのだが、1980年代以降に欧米企業を打ち負かした(ような気になった)後は、自分たちの過去の前例を手本とするようになってしまった。

1960年代のサラリーマンは、戦争の焼け跡からの復興を知る世代であったが、1980年代以降にサラリーマンとなった世代は、そうした原体験もないままに、ただ前例踏襲だけをする人生を送ってきた。

本書はあえて若い人向けにと、記して書いたのだが、それは、サラリーマン病にかかっていない世代であれば、「社会課題こそがビジネスチャンス」ということを理解してくれると考えたからだ。もちろんそれ以外にも理解してくれる人はたくさんいるだろう。

地球温暖化や天然資源の問題は、技術革新によって解決できる可能性のある課題であり、高齢化や格差問題なども、前例にとらわれない発想からビジネスモデルを構築することで解決策を編み出すことができ、ビジネスにすることができる可能性があることを。

「社会起業家」をどう思うかで世代がわかる

古い世代の中には「社会起業家」という言葉自体に胡散臭さを感じている人も少なくないかもしれない。社会課題を問題視するということは、産業化そのものを否定する思想であるに違いなく、そうしたアンチ・ビジネスの活動を行うことなのだと、解釈してしまうのであろう。しかし、社会起業家の多くは、そうしたアンチ・ビジネスの思想ではなく、むしろ社会課題を解決するビジネスを成功させれば、自分たちも儲けることができると考えている。

例えば、糖尿病の患者は、食事制限を受けているゆえの「困りごと」を抱えている。材料からすべて自分で調達して調理できる人であれば、自力で「困りごと」を解決できるかもしれないが、1人暮らしの老人が毎食自炊することは、料理のできる人であっても負担であり、ましてや料理のできない人にとっては解決困難な課題である。

糖尿病患者はスーパーやコンビニに売っているような食材をそのまま買って食べるわけにはいかない。一方、スーパーやコンビニの側は、どれだけ需要があるかわからない糖尿病食材は廃棄リスクがあるため、仕入れようとはしない。

そこで、病気持ちの人向けに「おいしい総菜」を宅配するビジネスを起業すれば、社会課題も解決し、そのサービスに対価を払ってくれるリピート顧客を確保することで利益を生むこともできるのではないか。糖尿病患者だけではなく、アトピーやアレルギーを持つ子どもの親もこうした食に関する「困りごと」を抱えている。

こうした人々は安心できる食材の宅配サービスがあれば、ずっとリピート顧客となってくれるだろう。つまり、社会課題の解決と、ビジネスとしての成功は、矛盾せずに両立しうるのである。

若者の強みは、前例にとらわれずに、素朴に「なぜ、世の中に○○なサービスはないのだろう」と考えられる点にある。「それは、たぶん××だからだ」という理由がわかったとして、「では、その××はどうしたら解決できるだろうか」、と考えることができる。そうした人々であれば、大きな社会課題であればあるほど、大きなビジネスチャンスだと考えることができる。

それに対して「サラリーマン病」患者の多くは、自分の頭で「なぜ」を考えることを何十年も前から一切していない。前例踏襲するうえで、「なぜ」を考える必要はないからである。そうした人は、前例の通用しないような社会課題を前にした場合、「そんなことが起きているはずがない」「まだまだ先のことだから関係ない」という反応をしてしまう。

「3年中計」では未来はない

「サラリーマン病」患者の多い企業では、「3年中計」が最重要視される。3年先の未来なら予測できそうな気がするからなのだろうが、実は3年先の未来を当てることは非常に難しい。

3年先の為替レート予測は当たらないし、突発的な事態(戦争、疫病、天災)も予測できない。3年もたつと予想外の技術が突然登場してきたりもする。ライバル企業がM&Aで巨大化してしまうかもしれない。自社の儲け頭の事業をファンドに売却せざるをえなくなってしまうかもしれない。

当たらない「3年中計」をなぜ毎回作るのだろうか。それはまさに前例を尊重しているからであろう。3年中計の2年目には、もう前提が覆っているのに、次の1年を無駄に過ごして、次期の3年中計の検討作業にいそしむのである。そのために残業もいとわないというのは、滑稽ですらある。

一方、大きな社会課題というのは、30年後も継続している可能性が高い。例えば地球温暖化という課題は、30年たっても課題であり続けるだろう。つまり、30年たっても、ビジネスチャンスであり続ける。さまざまな技術革新が起こり、課題が少しずつ解決に向かっていくとしても、完全に解決することはない。

30年間も追い風が吹くビジネス分野があるのであれば、数年の投資期間を経てでも、その分野に陣取ることを考えたほうがいい。自社の持つ何らかの経営資源がその課題の解決に役立つのであるならば、今いるビジネスから脱却して、追い風の吹く分野に転身していくべきではないか。

30年先の課題をビジネスと捉えるヨーロッパ企業

地球環境問題をいち早くビジネスチャンスとしてとらえて転身を図った企業には、ヨーロッパの企業が多いように感じられるのだが、それはヨーロッパ企業が長期のスパンで事業構造を変えることを考えてきたからだと言える。


実際、大きな社会課題の中にビジネスチャンスを見つけようという考え方は、10年以上前のヨーロッパのコンサルタントたちの着想によるものである。10年前に、30年続く社会課題を将来のビジネスチャンスだと捉え、数年かけて事業構造を転換してきたのが、今のヨーロッパの先進的企業と言える。もちろん、そうした企業には前例踏襲志向はない。

30年後の未来予測を当てることはできないが、30年後も存在し続ける社会課題を当てることはできる。未来予測が当たらないのは予想外の技術革新が起こるからであり、それがなぜ起こるのかというと、社会課題を解決することがビジネスチャンスになると信じて、投資を行う気質の企業が多く存在するからである。日本企業に蔓延る「サラリーマン病」すなわち、前例踏襲気質が変わらなければ、こうした企業は日本からは生まれないだろう。

(岸本 義之 : 武庫川女子大学経営学部 教授)