強烈な右ストレートを叩き込む井上尚弥【写真:荒川祐史】

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井上尚弥が2階級4団体統一を全KOで達成

 ボクシングの世界スーパーバンタム級(55.3キロ以下)4団体統一戦12回戦が26日、東京・有明アリーナで行われ、WBC&WBO王者・井上尚弥(大橋)がWBA&IBF王者マーロン・タパレス(フィリピン)に10回1分2秒KO勝ちした。男子では世界2人目、アジア人初の「2階級4団体統一」の歴史的偉業を史上最速の5か月で達成。しかも、2階級8本のベルトを全てKOで奪う異次元の結果を残した。

 高い期待を受けるのはスーパースターの常だが、それを歓迎し、超えていくモンスター。「どう倒すか」に焦点が当たるのはやりづらさもある。だが、期待に応えるため、観客を沸かせるため、ボクシングの面白さを伝えるためにKO勝利を掴み取った。戦績は30歳の井上が26勝(23KO)、31歳のタパレスが37勝(19KO)4敗。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 何度でも壁をぶち破る。それが国民的ヒーローのボクシングだ。

 防御重視の相手をどう倒すのか。井上は4回、自慢の左ボディーで着実に削っていった。4回後半に左フックを着弾。ふらつかせ、ラッシュでダウンを奪った。試合中盤に顔が真っ赤に腫れ上がったタパレス。後ろ重心で井上から顔を遠ざけ、L字ガードでさらに守勢を強めた。

 想定以上のディフェンス技術。「当てづらい」。井上はセコンドの父・真吾トレーナーに漏らした。加えてタフさも兼ね備える。「判定もよぎった」。また一つ、目の前に高い壁が立ちはだかった。

「やっぱり勝ち方を問われるから苦しくなる。結果を出すだけ、勝つだけなら楽しくボクシングができるんですよね。『勝ちは確定。あとはどう倒すか』という試合はやりにくい」

 昨年12月、バンタム級4団体統一を達成した後に漏らしていた。

 いまや世界的ボクサーとなり、タパレス戦の下馬評は勝利予想が多数。楽勝ムードまで流れ、「どう倒すか」に焦点が当てられた。かつてWBC世界バンタム級王座を12戦連続防衛した山中慎介氏も「勝つか、負けるかではなく、勝ち方に注目されるようになるとしんどいんです」と、長い防衛ロードの過程で味わった苦しみを明かしていた。試合へのマインドセットも試される。

 相手が防御重視ではない場合、中盤に突入すると流れる「あれ?」という会場の空気。井上はリングでそれを感じてしまうという。勝ち方へのこだわりを問われ、「あまり勝ち方、勝ち方って言わないでください」と笑ったこともあった。

 攻めるのには理由があった。「ディフェンスが一番得意」と話す通り、防御に徹すれば一発ももらわない自信がある。でも、格下相手にタラタラした試合は見せられない。「プロとして見せるべきものがある」。倒すために多少の被弾覚悟で攻め、一流選手と拳を交えれば至高の技術戦を見せる。「期待を超える試合をする」。毎回そう言ってハードルを上げ、自分に重圧をかけてきた。

プロボクサーとしての強烈な責任感「自分が最高の結果を出して…」

「周りのムードが一番怖い」。今回は楽観視を拭い去るため、これまで80ラウンド前後だったスパーリングは過去最多の116ラウンドを消化して追い込んだ。1万5000枚のチケットは即完売。遠くから足を運んでくれるファンに応えたい。プロボクサーとして強烈な責任感がある。

「期待を感じるし、そうじゃないと(期待に応えないと)いけないと思う。自分もキャリアの後半。これからの後輩ボクサーがこの波に乗れて、ボクシング界が盛り上がって、また人気が10年、20年と続いていければいい。自分が最高の結果を出して、そういうものをつくっていかないといけない責任がある」

 だから、ボクシングを極め続け、相手をなぎ倒す。視線の先にいるのは、しぶといタパレス。手を変え品を変え、大小さまざまなパンチで揺さぶった。攻め急がずに、じっくりと。フィナーレは10回だ。

 ガードの間をこじ開けるように強烈なワンツーを発射。右拳が顔面を貫き、10カウントを突きつけた。コーナーに上り、勝利をアピール。「非常にタフで気持ちの強い選手。その選手に勝つことができて、自分がやってきたことが証明できた」。宿命づけられたKO勝利を今夜も完遂。観客は総立ちだ。

 並の世界王者なら判定にもつれた相手。井上だから倒し切れた。傷だらけのタパレスの顔が被弾数とパンチの衝撃度を物語る。日本人最多タイの世界戦通算21勝目、そのうちKOが19回。2階級4団体統一でも凄いのに、8本のベルトを全てKOで奪うなんて異次元。世界レベルの選手を圧倒してきた証拠だ。

 試合後、10ラウンドを戦ったとは思えない綺麗な顔でリングから客席を見渡す。歓喜の波が広がっていた。

「自分が4本のベルトを肩にかけて、会場の雰囲気を見るのは感動的なものです。それを見せてくれたファンにも感謝を伝えたい。この4本のベルトがどうなっても、また熱い試合を見せたいです。ファンが喜ぶ、見たい試合を実現していきたい」

 5月が想定される次戦の相手は誰なのか。WBAはムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)が、WBCはルイス・ネリ(メキシコ)が指名挑戦権を持つ。誰とやっても壮観な試合を演じてくれるだろう。

 今興行のキャッチコピーは『井上尚弥に夢を見る』だった。いたるところに告知ポスターが貼られた大橋ジムお膝元の横浜駅。そこに記されたワンフレーズが実にしっくりきた。

 誰もが一度はぶつかるその壁を、井上尚弥はいつだってぶち破る。逞しく。完璧に。想像を超えて――。

(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)